第23話 届かぬ想い。
『冬馬ー、今日部活無いから一緒に帰ろー』
帰りのホームルーム終了後、あたしは真っ先に冬馬の席へ行くと、冬馬は既に帰りの支度を済ませてしまっていた。鞄を肩に掛けると、ひっくり返した椅子を机上に上げながらあたしをちらと一瞥して、小さく頷く。
『なら待ってるからはよ準備しろ』
『おけ!』
快活に返事をして自席に戻ると、あたしは机に出しっぱなしだった教科書類を素早くバッグに突っ込んでいく。最後に机の横に掛けてあった体育着袋を詰め込んだとき、あたしの正面に影が立った。
冬馬が急かしに来たのかと思って顔を上げると、クラスでも特に仲の好いリリチとさーちゃんだった。
『朝妃ー、今日駅前のクレープ屋行こうよー。なんか新作出たんだって』
『あ、ごめん! 今日冬馬と帰るんだ……。また今度は誘って!』
『あーそか、今日ナッツの日か』
さーちゃんが何かを思い出したように手を打つ。
ナッツの日とは何ぞや? と疑問に思いながらその様子を訝しげに見ていると、さーちゃんはいたずらっぽくニヤリと微笑んで説明を添えた。
『ナッツは
『は、何それ!?』
『まぁそれでも、本人は気付きゃしないんだけどねー』
かったるそうに言いながらさーちゃんがびっと親指で示した先にいるのは、教室の扉に寄り掛かってケータイを弄っている冬馬だ。三白眼気味の眠そうな目を擦りながら、こちらも釣られそうなほど大きな欠伸をかました。うわぁ、眠そうだな……。よく見たら目の下にクマも出来てるし、昨日も夜遅くまでゲームしてたのかな……。
――ってそうじゃなくて!
『え、二人ともみんなにバラしちゃったの!?』
ばっ! と振り返って問い詰めると、二人は顔を見合わせたあと、やれやれと言わんばかりに肩を竦めてみせた。
『いや……別にウチらがわざわざバラさなくたって、みんなあんたが夏風のこと好きだって分かってるから……。隠してるつもりだったの? むしろそっちの方が驚きなんですけど』
『ねぇ、みんな知ってるってどゆこと?』
『それにしても、男なら幾らでも選べそうな朝妃があんなのを好きだなんて、ほんっと意味分かんないわ。顔は悪くないしウチも嫌いじゃないけどさ、目つき悪いし、リアクション薄いし、いつも詰まんなそうにしてるしで、一緒にいても楽しくなさそうなのに。まー頑張りなよ。じゃーね』
『ちょっ……ちゃんと説明してって――』
二人を引き留めようと慌てて手を伸ばしたが、机の向こう側にいた二人はその手をさらりと
ぐぬぬ……今度絶対に質問攻めにしてやるんだから……!
などと心の中で拳を握っていると、背後から肩を叩かれた。
『おい朝妃。時間切れ。先行ってるからな』
『え、嘘!? ちょっと待ってよー!!』
やはり幼馴染というだけあって家は隣。だから帰る方向も同じだ。
校門を出てすぐ脇にあるバス停の列に並ぶと、丁度向こうの角をバスが曲がってくるところだった。バスが停車し、ぷしゅ~っという空気の抜けるような音を立ててドアが開く。そそくさと乗り込んだあたし達は、後ろの方の二人席に座った。
ふと気付くと、冬馬がそこはかとなく不満げな視線をこちらへ向けていた。
『何で隣に座んだよ……。体育があったりして今日は荷物がデカいんだから、そっち座れば良いだろ』
『荷物を座席に置くのはマナー違反なんだぞー』
『おう、何も言い返せねぇわ』
諦めたように溜め息を吐いて、冬馬は再びケータイに目を落としてしまった。横に持っていることから、大方ゲームでもしているのだろう。
そうこうしているうちにお尻の方からエンジンの重低音が伝わってきて、バスが動き出した。ゆっくりと後ろへ流れ始める景色を見ようとすると、窓際の席にいる冬馬が嫌でも目に入る。
『……ゲームしてるぐらいだったら、英単語でも覚えてれば良いのに。時間の無駄じゃん』
すると、あたしがつい零したお小言に、冬馬が聞き捨てならんとでも言いたげに食い付いてきた。
『あのな……。そりゃ客観的に見たら何だってそうなっちゃうだろ。こういうのはあくまで主観的価値観に基づいて考えるべきなんだよ。例えばだ。イスラム教徒の人らが一日五回メッカに向かって礼拝してんのだって、本人たちにとっちゃ凄い重要なことでも、俺たちからしたら時間の無駄にすぎないだろ。つまりその行いが時間の無駄かどうかの判断は主観的に下すものであって、他人が介入できる余地はねぇの』
『え、え……? どゆこと……?』
あたしがよく分かんなくて首を傾げると、冬馬は諦めたような溜め息を吐いて再び黙ってしまった。
まぁこうして冬馬に呆れられてしまうのはいつもの事なので、今更何を思うでもない。でも何をそんなに夢中になってるんだろ? と、ケータイで何のゲームをしているのかちょっとだけ気になって、気持ちぐいっと冬馬の方へ身体を寄せた。
『バカっ! バッカおま……! もうマジバカ! いきなり引っ付いてくんじゃねぇよ、ビビって変なところ押しちゃっただろうが。……ほらぁ、負けた。いい感じで勝ってたのに……』
『ご、ごめん……。っていうかバカって言い過ぎだし』
『いや三回なら妥当な数だと思うぞ、流石に四回だと多いかもしれんけど』
『えっ、そうかな……? うーん、そうかぁ』
そう言われるとそんな気がしてくる。あたしが腕を組んで呻っていると、冬馬がまたしても溜め息を吐いた。
『納得すんなよ……。やっぱバカだわお前』
『だからバカじゃないし! こないだ漢字の小テストだって冬馬は受かんなかったのに、私合格だったじゃん』
『テストの点でバカかバカじゃないかを議論しようとする時点で、もう既にバカ』
相変わらずケータイの画面を見つめたまま淡々と返してくるのは、長年一緒にいても未だに腹が立つ。さっき怒られたばかりだが、こうなったらやけだ。
あたしは冬馬の二の腕をえいっと掴んで、左右に思いっきり揺さぶってやった。するとようやく、冬馬はケータイを制服の胸ポケットにしまうと、いっそう浅く座席に腰かけ心底面倒くさそうにこちらを向いた。
『で、なに』
『別に何でもないし』
『何でもないのにいきなり揺らしてくる奴があるかよ。なに、お前サイコなの?』
『違うしっ!』
『じゃあ何だよ。お前がそうやって俺を邪魔してくるときは大抵なんかあるのは分かってんだ』
何でそこまで分かってて一人で黙々とゲームしてるかなぁ……。
『あたし、冬馬のことが好きなの』
――――あれ? あたしこんなこと訊いたっけ。
しかしその告白を聞いた冬馬は急にぴたりと動きを止めて、口を閉ざしてしまった。何を考えているのかは分からないけど、じっと前の座席を見つめたまま微動だにしない。だからあたしは更に質問を重ねる。
『冬馬は? あたしのこと好き?』
――――なんか、すごい不自然な方向に……。
すると冬馬はゆっくりとこちらへ首を向け、にっこりと微笑んでみせた。それはもう、今まで見た事無いぐらいとびっきりに明るい笑顔だった。そしてあたしが長い間ずっと言って欲しくて止まない一言を、口にしたのだった。
『俺も朝妃が好きだ』
――――ああ、なんだ…………夢か……。
瞼を開けると、部屋の中は真っ暗だった。どうやらベッドに凭れ掛かって部屋の床に蹲ったまま、眠ってしまったらしい。窓から差す青白い月光が、既に世界に夜が訪れていることを告げていた。
けれど、今はもう、そんなことはどうでも良くなってしまった。
もう冬馬は居ないんだ、と幾ら自分に言い聞かせようとしても、現実感が湧いてこない。きっとどこかでまだ生きてるんじゃないか。そんな気がするのだ。それが儚い希望に過ぎず、ただの願望でしかないことは分かってる。それでも尚、そう思わずにはいられない。
「…………会いたいよ……」
ぽっかりと穴が開いたような空虚な胸の奥から絞り出した声は、誰に受け止められることもなく、そっと暗闇に消えていった。
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