第14話 それは国王の依頼で。
そうして城に招かれてからの五日ほどの間は、まさに至れり尽くせりであった。どこへ行くにも何をするにも常に使用人が付いて回り、身の回りのお世話をほとんどすべてこなしてくれるという、面倒くさがりにとっては楽園のような生活だった。
だが勿論、それが長く続かない事は俺も朝妃も分かっていた。
そもそも俺としては、そんな優雅な暮らしに興味は無いのでさっさと修行を始めたかったのだが、シェーラから『あくまで仕方なくという立場を保つべき。自分から申し出ると足元を見られる』と釘を刺されていたので、俺から申し出ることは控えた。
そして五日経った朝のこと。
ついに俺と朝妃は国王に呼びつけられたのだった。
そこは、それまでに朝昼晩と食事を取っていたダイニングホールなどより、よほど荘厳な雰囲気が漂っていた。
当然だ。
なにせ、王の間なのだから。
めっちゃ衛兵が立ってて、あと煌びやかなシャンデリアがいっぱい。柱、壁には、しつこいほど華麗な彫刻やレリーフが施され、壮大な絵画に彩られた天蓋からは、何のためにあるのか分からん赤い長布が垂れ下がっている。無論、足元にはレッドカーペットが玉座まで一直線。
俺と朝妃は、その玉座の前に片膝立ちで
そんな俺たちを見下ろすように、壇上の玉座には国王様がどっかりと腰かけている。先日の食事の時とは異なって、これまた豪華なロングマントに身を包み、神々しい金の王冠を頭に乗せ、より威厳ある姿だった。
最初に王様から、国の現状についての詳細な説明がなされた。
――燃料資源が枯渇しかけているという事だ。
エネルギー資源である《魔石》は、大体こぶし大のサイズのもので、城下町に存在するおよそ五千世帯の一日分を賄(まかな)えるという。その産出場所はダンジョンに限られており、それも不思議なことに、収集方法は採掘ではなくダンジョンで時折見つかる木箱から。
つまるところ、その《魔石》の貯蓄が残り3ヶ月を切ったというものだった。
先日六十一層を開放したことにより、若干の延命は為されたもののそれでも危機に変わりはないらしい。
「そしてここからが本題なのだが、今日そなたらを呼んだのは、ある頼みごとがあってのことなのだ」
「はぁ」
無論その内容は知っているものの、わざと素知らぬふりを装って相槌を打つ。
「単刀直入に申すとな、そなたらに《王立攻略組》のメンバーとなってもらいたいのだ。この組織については、恐らく既にシェーラなどから聞いておることだろう」
その言葉に、俺はこくりと一度首肯してから答える。
「はい。確か、騎士団や王宮勤めの魔法使いの中でも特に魔剣技・魔法の扱いに長けた者を集め構成された、ダンジョン攻略の専門集団であるとか……」
「その通りだ。どうだ、やってはくれぬか?」
「ええ、そういう事でしたら快くお引き受け致しましょう」
と、俺が二つ返事をしたことに、王様は幾らか驚いていたようだった。それもそうだ。もし断られたとき俺達を捕える為に、これだけ多くの衛兵を待機させているのだから。他にも、ある程度の圧力をかける用意をしていたのかもしれない。
王様にとってはかなり拍子抜けしたことだろう。しかし俺とて無償で手を貸すほど思いやりのある性格はしていない。
「その代わり、一つ条件があります」
その一言に、王様は再び表情を引き締めた。
「……申してみよ」
「はい。俺たちは確かに、この王国に存在全ての人間より強くなる資質を備えているでしょう。ですがそれはあくまで資質であり、現在の戦闘力は恐らく一衛兵と同等かそれ以下。隣の朝妃に至っては一般人レベルです」
「ひどいっ!?」
くわっ! と朝妃が目を見開いてすっごい心外そうに嘆いたが、事実なので仕方がない。日本というぬるま湯で育ってきた俺たちには、その程度の評価が妥当だろう。朝妃なんて、ちょっと魔法が使えるだけのただの少女だ。まだレベル1だしこいつ。
と、朝妃の言葉をシカトして俺は更に続ける。
「もしも陛下が、《窓の使徒》が最初から戦力になると考えてらっしゃるのであれば、それは大きな誤りです。俺たちとて修行をしなければ強者たり得ません。故にいきなりダンジョン最深部へ潜ることはせず、比較的上層の方から順に下りて行く……という形を取らせていただきたいのです」
そんな俺の申し出を聞いた王様は、ふむぅ……と顎に手を当てて思考するような仕草を取った。
「そういうことならば仕方がない……か」
「ありがとうございます。ところで陛下、一つ質問をしても構いませんか?」
「何だ?」
「陛下は過去に、別の《窓の使徒》と会ったことがあると聞きました。それならば《窓の使徒》が初めは無力だと分かっていたはずでは?」
俺が問うと、国王はすこし意外そうに目をぱちくりさせたのち、唐突にワッハッハッハ! と声を上げて盛大に笑い飛ばしたのだった。
「なに、簡単なことだ。あの頃は攻略者など有り余っておったからな。わざわざ《窓の使徒》をダンジョンへ駆り立てる必要など無かったのだよ。ゆえに彼らには《倉庫》になってもらった」
「倉庫とは……?」
その響きに何やら不穏な色を感じ取りながら、俺は言葉の意味を問うた。
「あの時代は今とは反対に、魔石で溢れておってな。それはもう隣国に輸出するほどで、保管する場所にさえ困っておった。そこで《窓の使徒》を城に軟禁し、倉庫代わりに利用していたのだ。どれだけ物を持たせてもすべて《窓》の中に吸い込まれるゆえ、場所を取らぬからな」
などと王様が妙に得意げに語ってくれた内容に、俺は密かに身震いをしていた。おいおい、なんつー恐ろしいことを……。前のリアルワールド人、可哀想すぎるだろ。わー良かった。この時代にトリップして良かったー。
しかし王様は微笑を引っ込めると、今度は一転して苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「まぁその所為で現状があるわけだがな……。あやつら、およそ四割もの魔石を持ったまま忽然と消えてしまいおった」
フリーザ様も驚くレベルの自業自得さだった。
心の底から呆れ果ててしまったものの、それを本当に声に出すわけにもいかず、俺は愛想笑いを浮かべて応答。
「先に忠告しておきますが、俺達も一年後には恐らく姿を消すでしょう。ですから、今日までのような良待遇はあまりお薦めしません。それに、俺たち如きには過ぎる扱いです。正直気が休まらないというか……」
「ワッハッハッハッ! なんと謙虚なことよ! ふむ、了解した。そなたらがそう申すのであればその通りにしよう」
いや、別に謙虚って訳じゃないんだけどな……。好き勝手、マイペース、他人に迷惑かけない程度に自己中。これが俺のモットーなのだ。
王様はオホンッと一つ、仰々しい咳払いを挿んだ。
「それでは話を戻すとしよう。……してトーマよ。そなたの申す修行とは、いつから始めるつもりなのだ?」
愚問である。
こうして国王から声がかかるのを待ち詫びていたのだ。だから俺は精一杯のドヤ顔を突き付けて、こう答えてやったのさ。
「今からでも」
こうして異世界転移より六日目の朝。俺たちの戦闘訓練が始まった。
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