第13話 ダンジョンを後にして。
「シェーラ!!」
部屋を出ると、いきなり見知らぬ少女に出迎えられた。まぁこの世界の人間はだいたい見知らないんだけど……。
どうやら部屋の前に座り込んで待ち構えていたようで、俺たちを見た途端、勢い良く起立しシェーラに駆け寄っていった。一方のシェーラはそんな展開を予想していなかったらしく、首元に飛び付いてきたその人物に目を丸くしている。
へそ出しスタイルの上にショートマントを羽織り、フードを深く被った少女だった。それでも僅かに垣間見えるブルーの頭髪と、同様に
「よかった……っ!」
「お前……何故私がここから現れると?」
シェーラが問うと、仲間と思しき少女はぱっと顔を上げて、シェーラから距離を取った。
「私、実はこっそりシェーラに生体反応魔法をかけてたの。対象者の命の危機を知らせてくれる魔法なんだけど……それがいつまでも発動しないから、もしかしたらあの後シェーラは水竜を倒したんじゃないかって。だとしたらきっとシェーラのことだから、転移結晶を使わずに一旦下まで降りてワープフロアを設置して、それで帰って来るかなって思って待ってたのよ。あと、ゴルゾフ騎士長とエレクシオンさんは一応城に救援を要請しに行ってる」
青髪の少女は早口に説明した。無論、俺には内容の半分ぐらいが理解できなかったが、それを驚き交じりに聞いていたシェーラは、申し訳なさそうに苦笑を滲ませた。
「そうですか……。ごめんなさい、エイル。随分と心配をかけてしまったようですね」
「もー、ホントよ。っていうか今気づいたんだけど、その人たちは?」
エイルと呼ばれた少女が、こちらへ目をやり尋ねる。するとシェーラも肩越しに俺たちを一瞥してから受け答えた。
「その話は後でしましょう。騎士長らが城へ向かったというのなら、私も一刻も早く城へ戻り、父上に己が身の無事と作戦の成功を報告せねばなりません」
「分かった。そんなこともあろうかと《魔動四輪》を外に待たせてあるよ」
エイルが得意げに微笑んで、ギルド本部の出入口の方向を指差した。シェーラもそちらへ向いて小さく頷いたあと、俺たちに視線を移した。
「トーマ、アサヒ、二人も付いて来て下さい」
「はいよ」
「おっけー!」
早足に歩き出したエイルとシェーラの後を、俺たちも同様に小走りで追った。回廊を抜けエントランスホールを通る際、建物内を往来していた人々の注目を嫌というほど浴びつつ、出口をくぐった。
どうやら予想以上に長い時間をダンジョンで過ごしてしまったらしい。屋内にいるときから窓からの入光量で気付いてはいたものの、やはり陽が沈みかけた町は綺麗な茜色に染まっていた。
そんな、建物の影が伸びた正面の路上に、一台の四輪車が見受けられた。
とは言え、現代日本に多く見られる流線形のかっちょいいフォルムには程遠く、馬のいない馬車のような、時代を感じさせる外観だった。構造もそれに近く、一人分の運転席と向き合った四人用の後部座席がある。
「乗って」
とエイルに促され、俺たちは魔動四輪に乗り込んだ。全員が乗車完了したタイミングで、予め待機していた運転手にエイルが合図を出すと、魔動四輪はガタゴトと細かく揺れながら走り出す。
エイルがふぅと小さく息を吐いて、そこで初めてフードを下ろし、
そして、それまでフードに押さえられたものが頭の上でぴょこんと跳ねた。
耳だった。
しかし言わずもがな、肌がむき出しの丸みを帯びた人間のそれではない。外側は髪と同じく綺麗なライトブルーの細毛に、内側はほわほわの白毛に覆われていて、尖った先端がぴんと張っている。
「キツネ耳……」
我知らず、しばし身動きを忘れて彼女の耳を凝視してしまった。もう今更この程度の事で驚きはしないが、でもやっぱり二次元だけだと諦めていたものだけに見惚れてしまう。
するとエイルが訝しそうに眉を
「キツネ……? 耳……? あ、これのこと?」
依然小首を傾げながら、頭上の耳に手を添える。
「私、獣人族だから。この国では結構珍しいし、驚くのも無理はないかもね」
エイルはくすっと愉快そうに微笑んで、垂れた前髪を《耳》に掛けた。…………耳?
「あ、耳が二つ……」
と、まったく同じタイミングでそれに気づいたらしい朝妃が、驚愕の呟きを零す。あーうん。言いたいことは分かるけど、耳が二つなのは普通じゃないかな幼馴染よ。
しかし朝妃の言葉を聞いたエイルは、きょとんと目を丸くしたかと思うと、次の瞬間にはさも可笑しげに肩を震わせた。
「あははっ、確かに見た目は獣の耳に似てるけど、この頭の上のは耳とは別の感覚器官なの。獣人族を初めて見る人はみんな同じ反応をするよ」
「……ちょっと触ってみても?」
俺が眼差しに期待を込めて思わず身を乗り出すと、エイルは笑みを浮かべたまま微妙に眉根を寄せ、軽く肩を竦めてみせた。
「うーん、別に触られること自体は嫌じゃないんだけど……やっぱり名前も知らない人に、っていうのはちょっとねー」
「そりゃそうか、気を悪くしたならすまん。俺たちにとっては見慣れないもんだったから、ついな……」
「ううん。それに名乗って欲しいならまずは自分からだよね、私こそごめん。えっと……私はエイルっていいます。呼び捨てで大丈夫です」
「ああ、よろしく。俺は
「エイルちゃんよろしくー!」
俺の隣で元気よく挨拶した朝妃が、向かいに腰かけたエイルの手を取ってブンブン上下に振った。俺だったら『なんやこのフレンドリーな奴……』などと思ってしまうところだが、嫌な顔一つしないエイルはなかなか人間が出来ているらしい。
朝妃が彼女の手を離すと、彼女は俺と朝妃を交互に見比べながら疑問を口にした。
「それで……君たちはどこから来たの? さっきシェーラと一緒にダンジョンから出てきてたけど……」
「それは私から話しましょう」
と俺たちに確認するように一言断りを入れてから、シェーラが語り出したのだった。まぁ自分で説明するのも面倒くさかったし、俺としては結構ありがたかったけど。
そうしてシェーラの話――時折俺が補足した――を、エイルはふんふんと頷きながら静かに聞いていた。流石に、俺たちが《窓の使徒》であることを明かしたときは息を呑んだものの、それでも激しく取り乱すような事はなかった。
シェーラが口を閉じると同時に、エイルは途中から乗り出していた身を再び背もたれに預けて、ほうっと息を吐いた。
「なんだか信じられないような話だけど、でもさっき実際に《窓》を見せてもらったし、信じないわけにもいかないよね……」
「ええ。そういう訳ですから、遠からぬうちに二人は私たちと共にダンジョンへ潜ることになるでしょう。その事は双方とも、予め認識しておいて下さい」
まぁ俺も流石に、いきなり六〇層とかで修行するつもりはない。
俺には別に、リアルワールドで剣道をやっていたとか、喧嘩が強かったとか、そんな都合のいい設定はなく、言うなればマジの初心者。奇跡の連続によってレベルは25に上がっているが、それはあくまで数値的な話で、技術的なレベルで言ったら余裕で1だ。
そのとき、それまで常に俺の尻に伝わっていた振動が徐々に弱まり始め、数秒ののち完全に止まった。シェーラが窓にかかったカーテンの隙間から、外の様子を覗う。
「どうやら到着したようですね」
という言葉の通り、次の瞬間には、最初に降車した運転手によってドアが開け放たれたのだった。
「到着いたしました。足元をお気をつけ下さい」
魔動四輪を降りると、外の予想以上の暗さに驚愕した。
しかし陽が沈みきってしまったわけではない。その証拠に、頭上の空はまだ赤く、眼下に広がる街には橙色の日光が降り注いでいる。それなのに俺たちの周囲だけ闇に飲まれ、実際は青々しているだろう植木なども黒に近い深緑に染まっているのだ。
――影だ。途轍も無く大きな。
ゆっくりと振り向いた俺の視界は、天高く屹立する白亜の巨城に支配された。
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