第12話 明らかになる事実。
「あーえっと、俺は
「ええ、初めましてトーマ。アサヒには先ほど自己紹介をしたのですけれど、改めて……。私の名はシェーラ=イシュガンド・ロー・アストルヴィア。シェーラで結構です」
俺と彼女は座ったまま向き合って、互いに名を述べながらぺこりとお辞儀をした。
おおう……名前めっちゃ長ぇな……。どうせなら俺も『じゅげむじゅげむごこうのすりきれ(以下略)』とかって名乗っとけば良かったぜ。でもその場合、俺の呼び名ってジュゲムになっちゃうの? なんだよその、雲に乗ってトゲトゲでも落としそうな名前。
そんな、まったく場に似つかわしくない事を考えていると、朝妃が突然俺の肩を左右に揺らしてきた。
「ねね、冬馬! シェーラちゃんってば、本物のお姫様なんだって!」
と随分興奮した様子で捲し立てる彼女を見て、シェーラはどこか困ったように微笑みながら小さく頷いた。
「……ええ、アトラール王国第五王女という肩書を持しています。そうは言っても名ばかりのものですが」
どこか寂しげに答えた彼女の言葉に、恐らく嘘はない。しかし、だとすると不可解な点が一つある。
「別に疑ってるわけじゃねぇんだけどさ。ただ、何でその王女様がこんな危険な場所に一人でいたんだ? 本当に王族の人間なら、もっと多くの部下に警護されててもおかしくないだろ」
色々な事を尋ねたいという逸る気持ちから、心なしか語調が強くなってしまったが、幸いシェーラは特に気にするふうもなく答えてくれた。
「もともとは私の他に三人の部下――いえ、仲間がいたのですが、彼らには転移結晶で先にダンジョンを脱出してもらいました。確かにトーマの言うように、父である国王からもっと多くの部下を連れて行くよう命じられてはいたのですが、残念ながらここ六〇層にて《水竜アクアドロス》と渡り合えるだけの実力を備えた者が、私を含めたその四人しかおらず……。
しかし私が最後に全てを懸けて放った魔剣技も、《水竜アクアドロス》を倒すには僅かに及びませんでした。それゆえ、お前たちがトドメを刺していなければ、今ごろ私の命はとうに無かったでしょう。お前たちには感謝してもしきれません。命を救われた身として、そして国を治める王族の一人として、今一度礼を申し上げます」
「そ、そんな畏まらないで! あたしたちだって良く分かんないうちに落っこちてきたんだから」
額を地面へ付かせるほど深々頭を下げたシェーラに、朝妃が慌てた様子で、胸の前でブンブン手を振りながら謙遜した。いや、だからお前何もしてねぇだろって。
しかしなるほど。今の話から、やはり俺の推測は間違っていなかったらしい。ここが六〇層だというのはなかなか驚きだが、とにかくこれで大体の疑問が解消された。
不意に、シェーラがお尻をはたきながらすくっと立ち上がる。そして俺と朝妃にも、それぞれ手を差し出して起立を促した。
「それでは一度ダンジョンを出ましょう。私が戻らぬことで上は大変な騒ぎなっているでしょうし、最悪の場合、先に戻った者たちが罰せられている可能性が無いとも言い切れません」
「……それは全然良いんだけどよ、でもさっきの話を聞いた分だと、転移結晶ってので脱出できるのはせいぜい一人なんじゃねぇの? じゃなかったら仲間があんたを置いて行くはずがない」
俺は腰を上げながら呈した疑問に、シェーラは動きを止め、驚いたようにぴくりと眉を浮かせた。
「……意外に鋭いですね。まさにその通りですが、しかし六十一層への道が開かれた今、他の方法が存在するゆえ心配は無用です」
「ああそう……」
意外って何だよ意外って。俺ってばそんなにのほほーんとして見えるの? ええ、確かによく言われますよ? それどころか、『お前って雰囲気コダックだよな』とネタにされたまである。流石にそんなじゃねぇよ。
若干抗議する意味も込めてシェーラに目をやったものの、彼女がそれを意に介することはなく、王族然とした堂々たる所作で、陸地中心の縦穴へと入って行ってしまった。
そういえば今気付いたが、この陸の内部は螺旋階段になっているらしい。やはり壁面には小さな篝火が並び、中の暗闇を橙に照らしていた。
俺たちがシェーラに追い付くと、彼女が足元へ視線を向けたまま再び口を開いた。
「……次は私から質問です。先ほどトーマが寝ている間に、アサヒからここへ来るに至ったその経緯を聞きました。しかしどうやら、王国の人間でなければ隣国からの旅人でもない様子……。お前たちは、いったい何者なのですか?」
「悪いけど、それは分からん。ただ――」
俺たちの存在を定義づける要素ならある。
無言で宙に指で《十字とそれを囲む円》を描いた。すると俺の眼前に、もはや見慣れてしまった薄青く色づいた半透明の矩形が、どこからともなく現れる。
シェーラが足を止めて振り返り、そして唖然とそれを凝視し、何度も瞬きを繰り返した。のちに、わななく唇から一つの単語を漏らした。
「窓の使徒……」
「知らんけど、多分それだと思う。で、その《窓の使徒》ってなんなの」
向き直ったシェーラが階段を下り始め、再び三人分の靴底が石段を叩くコツコツという音が響く。シェーラは少しの間を置いて、歩きながら答えた。
「……《窓の使徒》とは、王国の歴史に度々登場する、不思議な能力を持った者たちの呼称です。この不思議な能力というのが、それ――《窓》に関するものですが……。以前に《窓の使徒》がこの国に現れたのは父上がまだお若かった頃ですから……恐らく三十年ほど前のことでしょう。しかし話によると、現れてから一年ほど経ったある日、その者は忽然と姿を消したそうです」
つまるところ、アナザーワールドに送り込まれたリアルワールド人は俺たちが初めてではないのだ。それが明らかになっただけでも、かなりの情報的収穫だろう。
しかし尋ねたいことならまだ山ほどある。俺は続けて質問を重ねようと口を開きかけたものの、その前にシェーラの声に遮られてしまった。
「お前たち――いえ《窓の使徒》とは何なのですか? 私は思うのです、お前たちはこの世界の存在ではないのだと。使徒――つまり、神が寄越した遣いであるとするなら、お前たちは何処からやって来たのですか?」
「何って……ただの人間以外の何者でもねぇよ。ここじゃない別の世界から神様によって送り込まれた、普通の人……」
しかし俺の回答に、シェーラは前を向いたまま、緩くウェーブのかかった金髪を揺らして小さく首を振った。
「――いいえ。まだ自覚は無いようですが、《窓の使徒》は何の変哲もない人間ではありません。詳しくは存じていませんが、父上より、《窓の使徒》は私たちよりもむしろモンスターに近しい存在である、と聞き及んでいます」
「……それは、前の《窓の使徒》の内的評価が、か? それとも世界の理(ことわり)的な意味でか」
「無論、後者です」
すなわち、アナザーワールド人に無くて俺たちにあるもの、或いはその逆を見つければ良い。その代表がまさに《ウィンドウ》であるのだが、しかしそれの他に何が違うというのか。
俺は謎の答えについて思いを馳せながら、朝妃の意見も求めようと背後へ首を巡らせた。すると、なんか知らんが朝妃は不機嫌そうに口を尖らせていた。
「どしたのお前」
「だって二人が難しい言い方ばっかするから、何話してるか全然分かんないんだもん……」
「そんなことねぇだろ、国語力無さすぎかよお前……」
「別に国語力とか無くたって生きてけるし」
なんなのその小学校低学年みたいな発想……。でも微分積分は出来なくても生きていけるけど、ある程度の国語力は無いとダメです。
「……今話してたのは、俺らとアナザーワールド人の違いについてだよ。何か思いつかないですかね」
「うーん違いかぁ……。あ、名前がない!」
いやあるよ? 何言ってんのこの子。と一瞬思ってしまったが、朝妃が俺とシェーラの頭上を交互に指差しているのを見て、俺はようやくその意味を理解した。
「……ああ、HP表示のことか。分かりづらい言い方すんなよ」
自分のは見えないが、確かに朝妃の頭上にはHPゲージと、【Lv1:
言うまでもなく、俺もかなり早い段階で気が付いていた。しかし俺たちと会話をした人間がこちらの頭上を見て驚いていた様子はなく、それはつまり、向こうからは見えていないということ。ならばこちらから見えないのも当然だろう。
互いにそれを視認できるのは、きっとクラスメートの人間に限られているのだと思う。
そんな俺の見解を述べると、朝妃はほえ~っと感心を滲ませた吐息を零した。シェーラも、納得しているのか顎に手を添えて繰り返し首肯している。
そりゃあ、流石にそこまで根本的な部分が違うはずないしねっ! はっはっは! どうだ俺の完璧な理論は――。
「なるほど、相違点はまさしくそれですね」
「へ?」
シェーラによるまさかの否定に、俺は思わず朝妃みたいなアホ声を漏らしてしまった。シェーラがすっと小さく深呼吸をして説明を添える。
「今のトーマの話だと、《窓の使徒》にはモンスター同様、HPの概念が存在するようですが、私たち人間にはそれがありません。つまり――」
そこで一度言葉を切ったシェーラは、足を止めると、おもむろに懐から一丁のナイフを取り出した。戦闘ではほとんど役には立たなさそうな、本当に小ぶりのものだ。
そして何の前ぶれもなく、シェーラはその切っ先を自身の手の甲に押し付けたのだった。突然の行動に、俺たちは硬直してしまった。
――当然、ナイフの刃は彼女の綺麗な肌を僅かに裂き、浅い傷を刻む。そこからぷくっと赤い球が膨らんだかと思うと、数秒後には皮膚を伝って地面に滴った。血だった。
「こういうことです」
シェーラは冷静な口調を保ったまま言うと、痛む様子を欠片も見せずにナイフを元のように懐へしまった。
「マジかよ……」
「これではっきりしましたね。私たちには血液が流れていますが、モンスターは違います。そして奴らと同様ならお前たちも――」
「ああ、傷を受けても血は出ないし痛みもない」
「おそらくそれが、この国の人間がお前たちを重要視する理由でしょうね。怪我をせず痛みも感じず、更には、本来なら長きに渡る鍛錬を必要とする《魔法及び魔剣技の使用》も、既に会得している……。これほど兵士として適した人材は他にありませんから。閉所ゆえ送り込める兵士の数が限られたダンジョンにおいて、一騎当千とまではいかぬも容易に強者たり得るであろうお前たちの価値は、計り知れません」
言いながら、シェーラはどこからか取り出した布切れを、口を使って傷口に器用に巻きつけていた。
嘘だろおい。じゃああの衛兵らから逃げる必要なかったじゃん。完全に俺の早とちりじゃん。うわぁ、しばらく朝妃に頭が上がらんぞこれ……。と心の中で頭を抱えながらその朝妃に目をやったが、どうやら彼女がその事実に気付いている様子はなかった。
それどころか、慌ててシェーラに駆け寄って傷の心配をし始める。
「シェーラちゃん……痛くないの?」
「この程度なら、上へ戻ればいくらでも魔法で治せます」
「そっか、じゃあ急いで上に戻ろ!」
言うと、朝妃はシェーラの傷付いていない方の手を取って、有無も言わさずにトタタッと階段を下りて行った。すげぇな。会話と行動だけ見てたら、麦わら海賊団の三刀流剣士かと思っちゃうぞ……。
「っていうか、何であいつらあんな仲好いんだよ……」
誰にともなく独りごちた呟きは、下から反響してきた女子らの楽しげな笑い声に掻き消されてしまった。ぐすん……僕も美少女とお近づきになりたいよぉ。あ、アホな幼馴染はノーカンで。
その後、階段を下るところまで下るとちょっとした広間が待ち構えており、正面には石造りの巨大な二枚扉が聳えていた。うねった波のような華麗な装飾を施し、そこはかとなく禍々しい雰囲気を漂わせている。
「ここから先が第六十一層ですが、しかし今はまだ開放の時ではありません」
などと解説を添えながら、シェーラは広間の端の方へ歩いていった。
ならば一体何をするのかと俺と朝妃が見守る中、彼女はベルトに括り付けていた小袋から釘のようなものを数本取り出した。腰を屈めて手ごろな石を手に取ると、おもむろに釘の一本を石畳の隙間に打ち込む。続いて、最終形が正方となるよう残りの釘も床に打ち込んでいく。
最後の一本を打ち込み終わった途端、ブォンという低いサウンドを伴って、正方形の内側に同心円状の奇妙な光る紋様が浮かび上がった。直径3メートル程のそれは、穏やかに明滅しながらぼんやりと辺りを照らし出す。
それがワープフロアであることは、説明されずとも理解した。
「……上に戻ったら俺たちはどうなる?」
流石のシェーラも、その問いにはやや答えあぐねたようだった。迷うように視線を僅かに泳がせたあと、伏し目がちに小さく答える。
「……最初はかなりの良待遇で迎えられるはずです。しかしその後はおそらく……おそらくですが、王国のために半強制的にダンジョンへ駆り立てられる事になるでしょう。勿論、私は出来る限りお前たちの意思を尊重するよう尽力しますが、仮にそうなった場合、逆らえばどうなるかは――」
「なら問題ねぇよ。戦って強くなることが俺たちの目的だし、むしろありがたい。研究のために監禁、みたいなのより百倍マシだわ」
という俺の言葉に安心したのか、シェーラがほっと息を吐いた。命の恩人だと思っている人間に無理強いをすることになったら、確かに心苦しいだろう。俺でもそうだ。
「……ありがとう。それでは手を繋いで下さい」
唐突にシェーラから差し伸べられた手と、彼女の顔を、思わず交互に見比べてしまった。おい、ビビらせんなよ。脈絡が無さ過ぎて、Aボタン連打で会話を飛ばしちゃったのかと思うだろ。
「……なにゆえ」
「一人ずつよりも、三人同時に転移した方が手間が掛からないからです」
「ああそう……」
イエスともノーとも取れない返事をした俺の手を、シェーラは何の気負いもなく掴んだ。すると背後にいた朝妃も、何やら慌てた様子で俺のもう片方の手をきゅっと握る。
ふえぇぇ……女子と手を繋いだのって中学の林間学校で踊らされたフォークダンス以来だよぉ。だいたい三年ぶりだよぉ。そういえば女子の手って異常に軟らかくない? 一瞬、新手の綿菓子か何かかと思っちゃったぜ。
などという余計な思考で、込み上げる恥ずかしさを押し殺しつつ、俺はシェーラに手を引かれるがまま魔法陣へと足を踏み入れた。その中心に差し掛かったあたりで、床の輝きが強くなる。そして瞬く間にそれと同色の光の柱が俺たちを包み、一際強く脈打つと同時、視界を奪った。
次に風景が戻ったとき――。
そこは先程までの岩肌が剥き出しの広間ではなく、人の手によって綺麗に整備された小部屋――攻略者ギルド本部《第十二ワープフロア》の中だった。
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