第10話 冷静な思考で。

 夏風なつかぜ冬馬とうまは一瞬の浮遊感を覚えた直後、僅か一秒以下のごく短い間に、三つもの思考を同時展開していた。


 まず――。

 遥か下方に、小さな光が見える。それはつまり、少なくともそこまではこの縦穴が続いているという事で、だとしたらかなりの高さがある。したがって、このまま地面に激突すれば確実に死ぬ。めっちゃ怖い。


 次に――。

 減速するために何をすべきか。パラシュート的な道具どころか、武器以外のアイテムを何も所持していない今、頼れるのはその武器だけ。ならば剣を利用するほかに方法は無い。めっちゃ怖い。


 あと――朝妃も助けないと。めっちゃ怖い。


 冬馬は、彼自身ほとんど無意識で最初に、左手で朝妃の腕を掴んだ。そして、右手を背中にまわして剣を逆手で抜き放つと、一瞬の躊躇ちゅうちょさえ無くしてそれを壁に突き立てる。

 ……がしかし剣は、ギンッ! と金属音を鳴らして呆気なく弾かれたのだった。


 もしも彼一人であったなら、或いは朝妃が彼の腰にでもしがみ付いていたなら、両手を使えるだけまだ可能性はあっただろう。だが高校生二人ともなると、その合計体重は100キロを超える。

 ゆえに、それを支えられるほど深く剣を突き入れるには、片手分の、しかもレベル1の筋力パラメータでは圧倒的に力不足だったのだ。


 ここまでの経過時間――およそ4秒。


 既にこの時点で、二人は70メートル以上の距離を落下していた。そして、降下開始直後は小さかった眼下の光も、今や二人を呑み込むほどに大きくなっていた。

 穴を抜けた先に、彼は見た。


 視界を染めた、鮮やかなライトブルーの煌き。

 その中心の円形。

 そして己の真下にそそり立つ、くすんだ青の《何か》。


 冬馬にはそれが何であるか見当も付かなかった――正確には、そんな余裕が無かった――が、唯一理解したのは、これが最後のチャンスだということ。


「う……おおおおお!!」


 雄叫びを上げて、渾身の力を込めて右側へ突き出した剣は、拍子抜けするほど容易く《青い何か》の脳天に食い込んだ。

 頭上120メートルからの落下の重みが乗った刀身――。普通に振るだけでは、本来有り得ない速度で炸裂した剣の威力は、魔剣技にすら迫るものだった。


 ざしゅぅぅ!! という烈帛れっぱくにも似た斬撃音が響き、抉られた青い鱗状の表面から深紅の光芒が散る。

 事実、二人の落下速度は確実に減衰げんすいしていた。だがそれでも、既に時速130キロを超えるスピードを無にするには至らない。二人は《青い何か》の首筋に一筋の斬痕を刻みながら、凄まじい勢いで水面に激突した。

 爆音じみた低い着水音を轟かせて、一本の水柱を屹立させた。


 刹那、冬馬は不思議な感覚に陥った。

 まるで、時間の流れが停止したように、周囲の全てが――世界そのものが止まったように感じたのだ。だが、彼がそれを知覚するや否や再び耳や鼻から大量の水が侵入し始め、激しい息苦しさが瞬く間に意識を埋め尽くす。


 その時、水中深くまで水没した二人の頭上で、巨大な影が白く輝き、そして爆散した。

 魔力の綿毛を振り撒きながら。

 一切の痕跡を残さず。

 跡形もなく。


 かくして、しばらくの後に、ぶはっ! と大きく息を吸って水面に顔を出した冬馬の眼前には、黄色の目立つフォントで、どうにも既視感のある文字列が浮かび上がっていた。


【YOU WIN!!】

【獲得EXP:100(+50000)】

【LEVEL UP!! 1→25】

【DROP:《アイシクルエスパーダ》】

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