第28話 後日談・終幕 そして盤上は膠着し
ベリアルは、サブナックと戦った後のスケるんから、戦いに関する詳細を聞き出していた。フレイと会話していて、ふとその時のことを思い出す。
「結局、フレイヤ様が援護にこられるまで、私自身ではサブナック相手に近接戦闘は挑めませんでした」
「お前ならもしやと思ったが……やはり、さすがに軍団長に準ずる実力者とでは、正攻法では戦いようがないのか……とはいえ、私の代わりに任せた軍の総指揮、よくやり遂げてくれた。被害も少なかったと聞く……それはお前の功績だ。引き続き、私の補佐を頼んだぞ」
「お褒め頂き、光栄です。ベリアル様」
対してフレイはどうか。聞くところによると、どうやら囮を引き受けたという辺りの話から推測するに、少なくとも何合かはあのオリアスとまともに打ち合った、と考えるのが妥当だろう。
つまりは、純粋な戦闘力においてはスケるん以上の実力者というわけだ。オリアスは総指揮官としては無能もいいところなので、オリアスを戦術的に孤立させること自体は、決して難しくはなかったのだろうが。
だが、フレイはやんわりと賞賛や賛辞を拒否した。
「ただ、褒めていただくのは有り難いのですが、本当に運が良かったのも、また事実なのですよ」
「運……? 奴が運で倒せるような輩ではないのは、私自身よく知っている」
ベリアルは、若干
「それが、貴女の軍団長としての顔……というわけですか」
一方、フレイは料理を作る手を止めることもなく、むしろ楽しげにそのベリアルの言葉を受け止めていた。直接怒りを向けられているわけではないとはいえ、胆力もかなりの物らしい。
「しかし彼の者は実際、軍団を率いて襲来してきた訳ではなかったんですよ。大変少数で、無謀とも言える強襲を行ってきた。その上、精神状態も大変不安定だった。私が彼を、元軍団長と言ったのは覚えていますか?」
「そういえばそうだな……元軍団長……奴が自分から辞めるとも思えん。強制的に解任されたということか? その根拠は?」
「私の推測になります……しかし、彼が討たれるまでの間、他の場所が襲撃されたわけでもなく、その混乱に乗じて別働隊が動いた形跡も全くなかった。私の中隊以外はそれに備えるために様子見していたのですが、結果的にはそれは杞憂に終わったわけです」
ちなみに、彼のいうリンドヴルム王国の騎士団の中隊だけは、他の部隊などで使われる中隊とは規模が違う。
騎士団に関しては指揮官を含めて小隊長、中隊長、大隊長、そしてそれら全てを統括する総隊長。この四つしか分類がないからである。他の部隊では旅団や師団などの単位も存在するので、騎士団の場合小隊から一般的な軍隊などの小隊と比べると、人数が多めになっている。
しかし……それでも中隊長一人で指揮する人数で十分対応可能だと判断された数だけで、魔王軍の軍団長自らが戦いに出向く……しかも、別働隊や後続は結局こなかった。
「彼が軍団長のままだったとすれば、騎士団の中隊一つで相手が可能な数で襲来し、しかも他の部隊が全く援護も連携もなしに、一兵残らず殲滅されるまで戦い続ける……これらは、まずあり得ないのではないかと」
「まあ……ないな。奴がいくら無能だろうと、本当に殲滅されるまで戦うなど、流石に部下の方が放っておかないだろうからな……部下がいればの話だが。たしかに、部下がもういない立場となった。つまり、
その場合、どういった理由が考えられるのか。ベリアルには、多少心当たりがあった。
「オリアスの部下のサブナック……でしたか。彼がアシュタロスという軍団長と繋がりがあったのですから、他のオリアスの部下にも事前に根回ししていてもおかしくはない。そして、マルコシアスが総指揮を担当していた軍団が、軍団長の死によって指揮系統を再編する必要が生じてもいた。それらを総合すれば……」
「アシュタロスとダンタリオンが、それぞれを引き継ぐための工作として、オリアスを共同で放逐した……か?」
「ええ。その方が、より円滑に機動力がない部隊と機動力に重きをおいた軍団、その二つを連携させつつ互いの弱点を補い合える。仮に、もしオリアスが軍団長のままだったなら、彼の顔を立てて援護を頼まなければならない。直接指揮も出来ないので、連携が出来たとしても始動が遅れる。それに、オリアスは指揮官としては決して優秀ではない……ならば、オリアスには居なくなって貰ったほうが都合がいい。それらの集大成が、彼が無謀な攻撃で討ち死にするまで戦い続けた、その理由だと思います。彼には、もう率いる軍団がない。ならせめて、友を倒した人間たちと、自分だけでも戦いたかったのでしょう」
ベリアルとしても、その推測は正しいと思える。というより、オリアスが軍団長から降格させられたとしたら、それ以外の理由はまず思いつかない。
表向きは、マルコシアスの死の責任を負わされたのかもしれない。ただ、オリアスが降格させられた理由だけは、もしかすると他にもあるかもしれない。
軍団長が三体まで減った以上、アシュタロスもダンタリオンも考えを改めざるを得なかったのではないか? つまり、防衛重視へと戦略を切り替えなければならなくなったが、その場合問題となるのはオリアスである。
元々徹底好戦を望んでいたオリアスである。さらに、友であるマルコシアスも勇者に討たれた。その状態で、元々好戦的なオリアスが自分を抑えて防衛重視に移行できるのか? 無理だとベリアルも思うし、おそらくアシュタロスとダンタリオンもそう考えただろう。
そうなると、戦力を極力温存して新魔王城を防衛拠点とするためには、オリアスが軍団長のままではマズイ。オリアスの能力や新体制の方が戦いやすいと判断もされたのだろう。だが、おそらく最大の理由は奴が人間との全面戦争を避けるという判断を拒否したからだ。
「……ともかく、その件で今回ここにこれたわけですか、兄様?」
フレイヤが
「それとも、私たちの監視をそれとなくしてこい……とでも騎士団の上からの命でも受けましたか?」
フレイヤは微笑している。ただし、その目は笑っていない。一方のフレイは、その威圧に対して微苦笑しただけだった。
「ところで、これは独り言なのだけれど……勇者の肉親である私なら、騎士団に所属する者でも比較的ベリアル殿たちを刺激せず、この場に赴けるのではないか、という意図があったらしいが……妹君がその意図に感づかないとは思えなくてね。困ったものだよ」
これには、思わずベレトも微苦笑せざるを得ない。本当に妹には甘いのだなと、改めてそう思うのだった。フレイヤがフレイを慕うのも、こういう妹に甘いところがその要因の一つなのではないか、と思わなくもない。
フレイの手料理が完成したのは、それから一時間ほど経過してからだった。これでもかなり簡易に済ませたと言っていたから、本当は仕込みから徹底的にしたかったのだろう。この男の趣味が料理だというのが決してブラフではないのは、誰の目にも明らかだった。
「この地方で今が旬の野菜を中心に、煮込みスープを作りました。パンは、私がスープをつけて食べるために調整して製作したものを、ここで温め直しました。こちらにはおそらく、オーブンがないと思いましたので。パン単品で食べることは想定して作っていませんで、その点はご注意を」
「……パンから手作り……? パン生地から、自分でこねてオーブンで火を通したのか、これ?」
ベレトが驚く。流石にパンは自分ではなく、他の人間が作った物を購入してきたと思ったのだ。オーブンは騎士団の権威を利用して用意したのだろうから、趣味としてはおそろしく手の込んだ代物だ。
「やはり、兄様の手料理は美味しいですわ」
フレイヤも笑顔を浮かべて賛辞を口にする。確かにベレトも、簡単な料理は教養の一貫として作れるが、これほど手が込んだ料理は到底作れない。
「だが、お前は明らかに手間を惜しんでいるだけだろうが!」
フレイヤの方はフレイヤの方で、意図的に食べられれば問題ないだろう程度の手間しかかけていないのが、ハッキリと分かる作り方だった。
なにせ、包丁などの調理器具の扱いは妙に手慣れているからだ。魚などの
「妹君は昔からそうで……とはいえ、ここでは流石に料理の手間を惜しむな、とは少々言い
たしかに、フレイは食材から持参して来訪してきた。ベレトでは分からないが、ようするに人里とは若干離れているこの辺りの食材では、あまり時間をかけてもそれに見合う味には仕上がらない、ということなのだろうか。
「それを誤魔化すのも、料理の腕……と言いたいところですが、この辺りは特に調味料の類は貴重でしょうし」
ここは、騎士団とベリアル軍の緩衝地帯に設定されている。万が一ベリアル軍がその気になろうと、簡単に重要な拠点を襲えないように、都からは離れた場所にこの家はある。騎士団が駐留している以上、その辺りには食材があるにはあるのだが、騎士団の食糧備蓄などを優先している関係で、大量に生産出来る物が自然と優先されているのだ。
厄介なことに、この辺りは土地自体がさほど
「まあ、これからは定期的に私がここに、料理を振る舞いに参ります」
「……? どうやってですか?」
フレイヤは嬉しそうであったが、同時に懐疑的でもあった。今回は騎士団の使者としてオリアス討伐の報告に来る、という口実があったからこれたのだ。騎士団所属の者が過度に来訪するのは、ベリアル軍を刺激する恐れがあるから、禁止されているはずである。
「ああ、言ってなかったっけ……オリアス討伐の
「……兄様……? 本当は、全く別の報奨が提示されていませんでしたか?」
どうやら、フレイヤはフレイの報奨について怒っているようだ。ベレトには理由が分からなかったが、続けられたフレイの言葉でようやく気付いた。
「確かに大隊長になれと言われたが……とはいえ、大隊長はもう大半が上級貴族で占められている。当然、大隊長同士で功績争いなどの
フレイヤの目がさらに鋭さを増した。流石にもうベレトも気付いていた。フレイは頭脳も明晰だろう。権謀術数が苦手? 確かに嫌気はしているのだろうが、フレイもフレイヤと同じく、そう言った類はむしろ得意分野なのではないだろうか? 多分、単純に嫌だっただけだろう。使者の件も、実は自分から言い出したとも考えられる。上にそういえば、自分が適任だと判断されると分かっていて、実行したのではないか。
そうなると、自動的に昇進の件もナシになるだろう。あまりにも騎士団としての地位が高いと、ベリアル軍を刺激しかねない。地位としては中隊長あたりが丁度いい
「そんなことで、市井の者が手にするのはもはや困難である、大隊長の位を捨てるなんて……」
フレイヤは嘆いたが、とはいえどことなく嬉しそうでもある、複雑な表情になった。
「私には、現場の方が似合っているのさ。大隊長になれば、自然と現場から遠ざかる仕事が増えるしね。それに、私にとっては、妹君に会えることの方がよほど重要なのさ」
「兄様ったら……」
確かに、フレイにとってはフレイヤと合う機会の方が、出世などより大切なのかもしれない。フレイヤもなんだかんだで兄に会える機会が増えることを喜んでいた。
それではまた。そう言い残して、フレイは去っていた。彼の話では、オリアスの死後も旧魔王城といい、魔王軍に特に目立った様子は見られないらしい。
「当然といえば当然かな……戦力的には、もはや魔王軍に勝ち目などないのだから。とはいえ、人間側とて新魔王城への遠征は人の足では時間がかかる。通れる道も限られ、強襲するには魔王軍に有利な点も多い……攻めるに難く、守るに易しというわけだね」
フレイが居なくなって、ようやくフレイヤの口調が元に戻る。新鮮ではあったが、ベレトとベリアルにとってはコチラのほうがやはり馴染み深い。
「この状態……長く続くのか?」
「むしろ、そうなるように騎士団の戦力を分断したわけだし……今のところはうまくいっている。このまま、ずっと現状維持でいてほしいね」
「そうなのか?」
ベレトとしては、
「この状態の方が、むしろ後々問題が起きにくいのさ。まず、私の処遇……魔王軍の脅威が無くなったと判断されたら、勇者としての地位はどうなるのか分からなくなる。国王はベリアル軍との軋轢を避けたいだろうから、勇者とのしての地位は保証しようとするだろうけどね……むしろ、他の者にとってはベリアル軍の方が後顧の憂いになるんじゃないかな」
「それは……そうかもしれない、な」
魔族にも、それぞれの個性や思想がある。ベリアル軍は、種族自体が比較的温厚な者たちも多い。第一、総指揮官のベリアル自体が、無益な戦いをするようなタイプではない。だが、そんなことは近くで接したものにしか分からないことなのだろう。
「今のこの状況……今のところは、先に仕掛けた者が一番損をする状態なんだ。出来れば、この状況を維持していきたいね」
「勇者は、世間では魔王を倒すための存在らしいがな」
ベレトが皮肉って、そんな風にいう。明確な敵意を持った魔王軍も魔王も意に介していない勇者など、相当珍しいはずだ。
「私は魔王の首に興味がない。第一、そんなことより、私には重要な使命があるんだ」
「一体どんな?」
ベリアルも、微笑を浮かべながらフレイヤの言葉を受け止めている。彼女にとっても、魔王軍との決着なぞ取り敢えず棚上げしておいて問題ないことらしい。
「決っている。女同士での、子作りだよ! むしろ、私たちの本当の戦いは、これからベッドの上で始まるんだ!!」
フレイヤは、自慢げに宣言した。ベレトは完全に呆れ、ベリアルはなぜか歓喜の眼差しをフレイヤに向けている。
まあ、この膠着仕切った情勢は、闇雲に混乱を起こそうとせず、穏便にことを収めたともいえる。一応は、勇者としてやるべきことは既に成し遂げられた、と解釈出来なくもない。
かくして、勇者フレイヤと魔王軍の戦いは取り敢えず、膠着した戦況という形で一旦幕を閉じることとなる……
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