第27話 後日談その参 オリアスを討った者

 フレイ・ヴァンガルズはリンドヴルム騎士団円卓十二隊の一番隊に所属している。隊の番号は序列とはあまり関係ない。

 ただ、一番から四番隊は主に先鋒を務めるなど、役割には大いに関係があるのだった。そして、五番から八番隊までが包囲や側面攻撃、敵陣営への工作活動などを担当する。

 九番から十二番までは補給線の維持や護衛など、後方支援や防衛部隊としての役割を担う。

 その役割の性質上、番号が増えるごとに貴族の割合が増えていく。死亡率が低いということもあるし、一番から四番隊は流石に日頃の訓練からして実戦的な物が多く、訓練内容自体が過酷な物となる。

 自然と実力至上主義にならざるを得ないし、訓練についてこれない者をコネで置く余裕は全くない。五番から八番隊ならば、多少の練度の差はコネで補うことも出来るが、さりとて実戦では重要となる詰めの部分なども担当する。

 当然、コネなどで補える範囲は限りがある。死亡率も一番から四番隊に比べれば低いが、九番から十二番隊のような後方支援が主な部隊とは雲泥の差だ。

 結局、実力に欠ける者や騎士団へ入団出来たという栄誉だけが欲しい者は、九番から十二番隊を志願するし、大半は実力を試す適性試験で強制的に九番から十二番隊へと振り分けられる。

 貴族出身の場合、読み書きなどは幼少から教わっているのが当たり前なので、市井の者より数字などの教養面では圧倒的に優位なのも大きい。補給部隊などは数字や計算による管理が当たり前なので、そういったことはかえって貴族出身の者の方が重宝するケースの方が多いのも、また事実だ。

 貴族出身の者は、乗馬も幼少から練習出来ている場合が多い。なので、騎馬隊に限ってはほとんどが貴族で構成されている。


 ここで違和感を覚えるかもしれない。馬に騎乗するから騎士なのに、なぜ騎士団にわざわざ騎馬隊という分類が存在するのか?

 実のところ、リンドヴルム王国の騎士団は、騎士団であるにも関わらず、全員が騎乗出来るほどの数の馬を確保出来ていない。初期の頃と比べ、構成員が肥大化しすぎて馬を飼育する費用がバカにならなくなった、という弊害もある。

 ただ、最大の理由は人間相手より魔族相手の戦いが主流であるが、彼らは魔族と人間の身体能力差を補える馬が活用出来る戦場を、意図的に避けていることが多いからだった。大体、開けた場所は数の差が如実に出る場所でもある。

 数で人間に劣る魔族が、自然と開けた場所より狭い場所での少数精鋭戦を好むのは、当然の帰結でもある。

 それらが原因で、騎士団員でありながら優先的に馬に乗る資格は持っていない者もいる。フレイ・ヴァンガルズもその一人だった。


 とはいえ、彼自身はむしろ乗馬の技術は決して低くはない。彼が一番隊の中隊長として、市井での者や下級貴族出身の者が大半を占める精鋭部隊を率いている関係上、馬に乗るのが下手な者や、そもそも馬に乗れない場所へ攻撃を仕掛ける任務の方が多く回ってくるのだ。ゆえに、騎乗する優先度は低くされている。

 とはいえ、流石に騎士団員として馬に乗ったことがないわけでもない。ただ、指揮官として円滑に指揮をする、そのためだけに自分だけ馬に乗った経験が、数度ほどある程度である。

 だから、フレイ・ヴァンガルズはあまり馬に乗って戦ったことがない。それで騎士を名乗るなど……と彼は思っていたりもする。




 にも関わらず、なぜか自分の妹君はことの外、彼に関する自慢話で乗馬が上手いという話をしだす。嘘ではないのだが、実戦ではほとんど乗ったことがない騎馬の腕を自慢げにされると、流石にそれはどうかと思うのだ。

 第一、馬はまだ一人が一頭に乗馬するのはとても珍しく、自慢話でだされても相手の方も難易度が分からない。難しいことくらいは噂などで耳にしているのだろうが、具体的にどの程度の難易度なのかは、実際に乗ってみようとしてからでないと分からないだろうに。

「兄様は、市井の出でありながらとても乗馬がお上手なの。騎士団でも市政の出としてはとても珍しいって」

 そういって、フレイヤは彼女の最愛の兄を見た。彼女と違い栗色の髪に碧の瞳と、一般的な人間の色彩である。中肉中背で、体格に明確な特徴はない。

 顔の造形は妹ほどではないにせよ、美貌と呼べる範疇に余裕で収まるはずだが、彼には特に浮いた話はない。女性にはあまり興味がないというか、彼はフレイヤのおかげで女性の様々な側面を見すぎたのかもしれない。

 それに、なぜか彼はあまり女性から好まれるということにも恵まれない。横にいる妹に関心がいくということもあるのだろう。とはいえ、それは騎士団に入ってからも同様だった。だからといって、男に性的な興味を持たれるということも特にないのは、彼にとっては幸いなことだった。

 もしかすると、人柄が良すぎていい人止まりになることの方が、圧倒的に多いのではないだろうか、とフレイヤは残酷な分析をしていた。

「……あ、ああ……」

 竜の巫女殿は小声で、誰こいつと口にした。貴女の結婚相手のはずでは? と言おうとしたが、冗談が通じるような状態ではなさそうなので止めた。

「フレイヤたんが……私のフレイヤたんが……!?」

 ベリアル殿の方も、凄まじいショックを受けているようだ。最も、妹君は竜の巫女殿と先に結婚しているのだから、貴女だけのものではないと思いますが……という冗談は、やはりまずいだろうと判断する。

 まあ、程度の差こそあれ大抵はこういう反応をされる。とはいえ、これは乗馬の話がどうとかではないだろうが。

 この二人は、フレイヤが自分の前でだけ口調がガラッと変わるということを、どうやら知らなかったらしい。自分の方も、妹君に対してはそれなりに変わった呼び方をするが、とはいえフレイヤほど極端な変化ではない。

「それにしても兄様ったら……私たちの様子を見ても、顔色ひとつ変えませんのね?」

「まあ、君が寝友達(意味深)の家に泊まったときとか、私が迎えに行った時は大抵乱痴気らんちき騒ぎだったじゃないか。一人ならともかく、ニから三人を一夜で相手しているのを目にすることも珍しくなかったから、もう色々慣れてしまったよ」

 あ? という殺気立った竜の巫女殿の声が聞こえたが、あえて無視する。ベリアル殿はベリアル殿で、若干嫉妬混じりだったが呆れた感の方が強い。彼女は、昔から妹君にそういう火遊びグセがあったことは察していたらしい。

 とはいえ、なぜ兄にそういった世話を頼んでいたのかは疑問に思ったらしい。妹君はそれを敏感に察して、補足をした。

「兄様は、父と違ってそういうことに寛容だったから」

「まあ、親父殿はなんにでも古風だったからね。ついでにいうと、自分の価値観が時代遅れになったことにも、気づけなかった人だった。私たちの世代では、騎士は既に貴族の栄誉職としての利用が始まっていた。父は、それでも騎士団は高潔で実力至上主義な組織だという、固定観念を捨てきれなかった。人柄は悪くは無かったと思うけれど、妹君の人生相談役には向いてなかったかな」

 そういった人物だから、才能にあふれすぎて奔放ほんぽうに生きる妹君は、理解しがたい存在だったのだろう。騎士団の価値水準を高く見がちで、妹君が幼少から既に国家魔導師をめざしていたことにも、家を出て魔導師試験に合格したという連絡がくるまで、気付いていなかったようだ。剣の才能があるものは、騎士団に入るのが最上だと信じて疑ったことさえないだろう人物だった。

 だから、自然と妹君の面倒をみるのは自分の役割になることが多かった。貴族がコネで台頭し始めた騎士団より、個人の実力のみで国家に仕える魔導師を目指す妹君は、彼が憧れた理想の生き方の体現でもあった。

 せめて、妹君にだけは自分の生き方を貫いてほしい。彼にとって、妹の魔導師を目指す生き方は、自分には無理だった家の呪縛から解放された生き方に思えたから、純粋に妹を応援していたのだった。

「家を出てからも、しばらくは兄様が援助して下さったわよね」

「君の取り巻きさんたちは、なぜか大抵料理が出来なかったりしたからね……あまり金銭的な援助はする必要がなかったのは、あの時期の私には幸いだった」

「え? なに、どういうこと? っていうか、もしかしてお義兄さんって料理得意なんですか?」

「フレイでいいですよ、竜の巫女殿。我ら騎士団員は、竜の巫女殿の護衛も任務に入っておりますので。それはともかく、妹が家を出た時期はまだ私の方は、騎士団への入団試験前でした。だというのに、妹君は既に魔導師の資格を得るのに必要な試験は、ほとんど合格済だったのですよ。最期の試験もほぼ合格確定で、試験日を待つばかり。その間に私が食事を用意したりなど……そういった面での援助でしたね」

 住居はどうしていたのか。彼は、意図的にそれは言わなかった。寝友達の家を順番に練り歩いていたなどと聞いたら、おそらくこの竜の巫女殿はなにをしでかすか分からないほど、激昂するであろうからである。

「そういえば、今日は料理を振る舞うためにここに来たのでした。妹君は、どうせいつも手軽に済む料理法ばかりで、料理を作っているでしょう?」

「ああ……私が料理出来れば良かったんだが……フレイヤはフレイヤで料理は適当に済ませたがるし」

「やはり……実は、今日は丹精込めた料理を振る舞うつもりで、ここに来たのですよ。フレイヤは簡潔な料理法を好みますから。私の趣味は手料理を振る舞うことでしてね。積もる話もありますが、それは料理の仕込みをしながらいたしましょう。フレイヤ、キッチンはどこだい?」

「あちらですわ、兄様」

 そうしてフレイヤがいつもよりやけに上品に指差した先には、黒い岩石で構成された直方体があった。かまどのように、木を入れて火を起こせるような場所がない。とてもキッチンには見えない場所だったが……

「あそこか……では、借りることにするよ」

「いや、でもあそこはフレイヤたんでないと……」

「大丈夫。基本構成式が極端に変わっていないなら、触っただけでフレイヤが作った魔術式を起動させる程度は出来ますから」

 今、フレイはかなりおそろしいことを口にした。ベリアルはそう思う。なにせ、過去に識別式魔術罠の構成式を見せて貰ったスケるんは、実際には習得まで相当の訓練を要したし、未だにフレイヤ手製の魔術式は難解で、起動方法が覚えられないと言っていた。ベリアルも同様である。

 魔術に関しては相当器用なスケるんでさえ、フレイヤ手製の魔術式は機動方法を読み解くのさえ難解なのだ。素人に出来ることではない。

 実は、フレイは魔術を相当の練度で使用可能なのではないか、という疑問が浮かぶ。少なくとも並の魔術練度では、他人の魔術式を読み取って起動方法を理解するのは、相当に難しいはずなのだが。

 単に、魔術の面でも妹の影に隠れていただけではないか。魔術は特にフレイヤが異常魔力者なのだから、練度で多少上だったとしても使用出来る魔力量が違い過ぎるため、目立つわけもないのだが。

 フレイは、おそらく今の会話でそういう疑問を持たれたことは分かったのだろう。とはいえ、ベリアルに対して苦笑して見せただけで、特に何も発言はしなかった。機密事項ということだろう。

「ふむ……火力の調整方法が変わってるね。竜の巫女殿に合わせてかな? 井戸からの水の吸い上げ構造は……こちらも、水量の調整に必要な魔力量が調整されているのか……この程度の構成式の変更なら、私でも扱える範囲か……なんとか、扱えそうだよ」

「それは良かった……でも兄様……流石に、料理を振る舞うためだけにここに来たなんて、嘘でしょう? ここには、そんな理由ではこれませんよ。ね」

 ベレトやベリアルにも、それは分かっていた。とはいえ、本人が言いたがるまで待って良かったが、フレイヤはそれを待つつもりはないらしい。

「……ふーむ。本当は料理を食べながら談笑するための話題として、とっておくつもりだったのだけど……妹君はせっかちだね。しょうがない」


「実は、オリアスという魔王軍の元軍団長を倒したんだ。私の所属する第一騎士団中隊がね」


「はぁぁ……! どうやって!?」

 その声を上げたのは、ベリアルである。彼女はオリアスのことを高く評価していたわけではない。ただ、それはあくまで総指揮官たる軍団長としてである。

 戦士としてのオリアスは、並大抵の強さではない。ベリアルやフレイヤならともかく、通常の人間の戦士で相手できるような次元の強さではないのだ。

「それはまあ、火矢を使ったり爆薬を使用したり、魔導師にも協力を仰いで攻撃魔法で消耗させたり……」

 それは定石だろう。ただ、オリアスはマルコシアスほどではないが、かなり俊敏なのだ。それでいて筋力や防御力はマルコシアスを上回る。それを波状攻撃で削るとなると、それなりに脚を止めるための手立てが必要だったはずなのだ。

「まあ、私が囮になってそういった手立てを講じました」

 お前かよ。ベリアルは思ったが、確かに相当の手練ではないかという気はしていた。妙に気配を薄くするのが上手いので、逆に怪しいとは感じていたのだ。

 気配を意図的に調整しているのではないか。そう感じたのも間違いではなかったようだ。

「で……誰がトドメをさしたの?」

「ああ……私です」

「それもお前かよ……!? つうか、それなら紛らわしい言い方せずに、素直に私が倒しましたって言え……!」

「なにせ、波状攻撃の後でしたから……実力で倒したとは言い難いですし」

 フレイヤたんとは違った意味で、面倒な輩だったらしい。オリアスが波状攻撃を受けたとしても、倒すのは決して容易くはなかったはずだ。それを倒せた以上、十分な実力を備えているはずなのである。

 なのにあまりに謙虚に過ぎて、むしろ慇懃無礼いんぎんぶれいな領域に突入している気さえしてくる。

「兄様ったら、謙虚なんですから……そこが、また好きなんですけど」

 そういってフレイヤは口に手を当てて上品に笑っている。やはり、フレイとフレイヤは兄妹なのだと思った。どこか飄々とした話し方とか、食えない面があるところとか、そういう精神的な部分がそっくりだ。

 ベリアルとベレトの両者は、今になってそう思うのだった。

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