第26話 後日談その弐 フレイ参上

 フレイヤは最近兄からの連絡が途絶えたことを気にしていた。

「兄様からの文が最近になって途絶えたんだが、どう思う?」

「兄様って……ああ、フレイ・ヴァンガルズとかいう?」

 ベリアルにとっては兄になったとはいえ、会ったこともない義理の兄だし本来は女好きで男にはまるで興味がないのだから、実はフルネームを覚えているというだけでも十分関心を持っている方なのだ。

 とはいえ、流石に最近文が途絶えた程度のことでは、あまり真剣になりようもない。それよりも、今までは人間の文化に疎かったせいで気にならなかったことの方が、今になって気になった。

「むしろ、なんで実の兄妹なのに家名が違うの?」

「両方とも、家名じゃないからだよ……こういうのは、実はベレトにも言えるんだけど。ベレトの『ディーン・リンドヴルム』は、竜の巫女につけられる尊称そんしょうなんだよ。逆にいえば、竜の巫女でなくなればこの尊称は名乗れない」

 そういってから、フレイヤは自分と兄の名前の由来を詳しく語る。

「兄様の方は、父から騎士名を継いだ。これは、代々騎士を排出してきた家系が名乗ることを許される。今は二親等内の血族に騎士がいれば名乗っていい。兄は父と同じく騎士団に入っているから、自分の騎士名を名乗ることも出来るが、普通は家族の騎士名を継ぐね。その方が、親族の武勲などがついてくるから、基本的にはメリットの方が多いんだ……親族が騎士団内でなにかしでかしたことがあるとか、そういったことでもない限りは」

 そして、今度は自分を指差す

「私は家を勘当されたから、権利はあったが意図的に騎士名は名乗らなかった。ほぼ同時期に、国家魔導師としての資格を取得出来て、特別に早期から魔導師名を名乗ることが許可されたから、自分で適当につけた魔導師名の方を名乗りだしたけどね。それが、私と兄で姓が違う理由だ。

 厳密な意味では、この国にファミリーネームはないはずだよ。豪商などが、国から爵位とともに剥奪はくだつされた貴族名を購入して名乗っている場合は、家系が完全に途絶えない限りは権利を取り上げられることもないから、ファミリーネームと呼べなくはないかもしれないけどね」

 ちなみに、豪商などが貴族名を購入して取り上げられることがないのは、名前を名乗ることに付随する義務がないから、である。

 貴族の爵位や、特別な栄誉などで爵位を得たものの場合は、爵位に伴う義務と権利を負うことが付随する。この場合には、義務を怠れば爵位を剥奪されてしまうから、名前を取り上げられるという自体が起こりえるのだ。

 豪商や富豪などは、その一方で貴族名に付随する義務がないが、付随する権利もまた存在しない。完全に名前を購入できるだけの財力がある、といった見栄以外の効力がない。ないから、国が取り上げる必要もまたない、というわけである。どちらがいいとは、一概には言えない。



 一旦話が脱線したので、フレイヤが元の話題を今度はベレトに振った。

「兄様からの文が最近来なくて、少し心配なんだ……」

「気持ちは分からんでもないが、何で私の上にのしかかってそれを言う!?」

「いや、ベレトの目が覚めたようだから、これからまた一戦(意味深)交えようかなと……」

「うるさい、こっちは夜からずっとお前にいいようにされて、もう眠たいんだよ。ちょっと目が覚めちゃっただけなんだから、寝むらせてくれよ! 大体、なんで私とベリアルとお前が同じベッド共有なんだ! 普通は流石にベッド分けて一日毎に交代だろ! 一緒くたに夜の営み(意味深)をしようとするな!」

 言われてみれば、ベレトは憔悴しているように見えなくもない。声はまだ張りがあるから、まだイケなくもない(意味深)と思うが。

 ベリアルの方はまだまだ余裕の表情である。流石に魔族の女性は体力が違うなと思わなくもない。相手をするフレイヤも少々大変である。

 まあ、確かに三人が同じベッドの上で裸身をさらしている現状は、最初の頃はフレイヤもどうかなと思ったのだが。かといってベリアルをフリーにするわけにもいかない。

 夜の営み()がどうこうとかではない。今フレイヤたちがいる家は、ベリアル軍と騎士団の中間地点にある。フレイヤはベリアルを監視する役目も負っているので、騎士団に余計な口出しをされないようにするには、あまり長い間彼女独りの時間を作ってはいけない。

 というわけで、それを解決しつつベレトともきちんと相手するには、一番マシな方法だと思ったのだ。フレイヤの趣味が入っていることは認めるが、実際これが一番合理的なはずなのだが。

「そうかなぁ? これが一番マシな方法だと思うよ?」

「お前の感性がおかしいんだよ! これは間違いなく、一般的な感覚ではおかしい状況なんだ!」

 そう言い合っていたときである。この言い合いは最近はいつものことなので、フレイヤの方はあまり真剣味がない。それが更にベレトをいらつかせているのだが、フレイヤはそのことを特に気にしていない。

 いつもの様子に、ベリアルはただ苦笑しているだけだった。


 そのとき、扉を叩く音が響いた。


 フレイヤはあまり表情を変えなかったが、明らかに緊張を帯びている。ベレトやベリアルも若干身構えた。この家は、今やベリアル軍と騎士団の緩衝地帯となっている。

 その家に用事があるのは、なにがしかの異変を告げるための連絡か、そうでなければこの家の住人に害意がある何者かの来訪か、大抵はそういったことである。

 スケるんなど、この家の住人の知り合いが訪ねてくることもあるが、基本的にデリケートな場所となっているここへは、事前に連絡してから来訪することが、暗黙の了解となっている。

 だが、今はそういった連絡を受けた者はいないようだ。それを確認して、フレイヤは身構えたまま、相手の反応を待つ。


「フレイヤー? 言い争う声が聞こえたから、いるのは分かっているよ。君をびっくりさせたくてね。本当は、事前に連絡しなければならない微妙な場所になっているのは承知の上で、黙って来てしまったよ」

「兄様! 兄様ったら、連絡がないから私……本当に心配していましたわ!」


 どちら様ですか、貴女? ベリアルとベレトは同時にそう思ったが、フレイヤは凄まじい勢いでベッドから飛び出し、もどかしげに扉を開けた。

 本心から心配していたのだろうし、実のところ会いに行けるなら会いに行きたかったのだろう。それは、誰の目から見ても分かった。フレイヤにも、そういう一面があったのかと、ベレトとベリアルは新鮮な驚きを覚えたが。

「フレイヤ……会えて私もうれしいが、今の君はあられもない姿をしているね。準備が整ったら、扉を開けてくれるかな」

 扉の外にいたのは、フレイヤの兄のフレイ・ヴァンガルズである。彼からすれば、こういったことは完全に慣れっこなのだろう。

 規格外の美女である妹の裸身に対して、全く動揺することもなく、微笑みすら浮かべながら、それでいて高速で扉を自分からそっと閉じつつ、彼は実の妹に対してそう忠告した。


 フレイヤたちが正気を取り戻し、彼を迎えるために急いで服を着た。ベレトとベリアルは。実の妹であるはずのフレイヤは、割りと服などを選ぶのに時間をかけていた。いつもなら真っ先に服を着ているのは彼女なのだが。

 そうして、彼女たちが準備を整え終わって彼を迎える瞬間まで。彼は扉の前で扉を閉じる前までの表情のまま、じっと立っていたとしか思えない、寸分たがわぬ位置と表情で、開いた扉の前に居た。

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