第25話 後日談その壱 束の間かも知れぬ安寧
フレイヤはベリアルに対し、人間との間に不可侵協定の仲介役となり、その協定を結ぶ手伝いをすると約束をした。
それは、通常であれば
それは分かっていた。だが、フレイヤには既にある程度の公算があったのである。勇者としての武勲さえあれば、ある程度はベリアルの願いも叶えることが出来るという公算が。
実のところ、完全に別件で内密に兄であるフレイ・ヴァンガルズへと、宮廷内の勢力事情などを調べて貰っていた。
別件というのは、自分の実験や竜の巫女であるベレト、そしてなにより戦乱が終われば用済みとなる勇者である自分の安全を確保するためだった。強大な力と武勲を持った勇者が、王国内で政治に関する発言力を得てしまうのでは、という危機感を抱く輩は少なくない。
そこまでは正常な感覚だ。自分だとて、もし政治に疎い輩が突然宮廷内で発言力を強めて好き勝手をやらかすかもしれないとなれば、危機感を抱く。
問題は、その決め手となる人となりなどを調べもせず、取り敢えず危険かもしれないから排除しよう、などと安易に考えを巡らせる輩がいることだった。
そういうわけで、事前に手を回して安全を確保する手段を模索していたのである。そうして兄から得た有力な情報が、本来勇者に関する事柄の決定権は国王が握っているということと、国王が旗下のはずの騎士団の扱いに苦労しているという事実だった。
……実のところ、騎士団の扱いに苦労しているという点だけは、兄の話を聞くまでもなく予想できていた。ベリアルの手によって、魔王軍が一時的に攻勢を弱めたことがその要因となっている。
つまるところ、本来は騎士団が精鋭中の精鋭でなければならないのに、ほとんど戦闘が行われない時代が発生したのである。
その間に、有力貴族たちが自分たちの親族などをこぞって騎士団に入団させるようになり、騎士団の上層部は大貴族が名を連ねる名誉職となってしまった。
とはいえ、実のところ戦乱などが特にない時代において、剣術などを学べる余裕がある家など、先祖代々が騎士の家系か、貴族あるいは豪商などの裕福な家庭以外ほぼない。だから、ある程度は貴族の割合が高くなってしまうことは仕方がないといえば、仕方がないのである。
ただ、騎士団の上層部が大貴族で占められるまで危機感を感じなかった国王にも、何も責任はないとは流石に言えない。彼は気付くべきだったのである。国家の大貴族がある組織の上層部の多数を占めたとして、たとえ国王だろうと頭ごなしに命令することなど、果たして可能なのかどうかを……
結果として、国王の厳命となれば、騎士団とて完全に逆らうわけにはいかないが、さりとて国王の方も騎士団に関わる各貴族の言うことに安易に反対することも出来ない。このような、水面下での争いが続くのがこの国の現状だった。
そこでフレイヤは、国王に対して大胆な提案をする。自分を、騎士団の勢力の牽制として利用してみないか、と……
マルコシアスの打倒(ちなみに、フレイヤは本当にマルコシアスの首を魔法で保管して持ち歩いてきたため、それが嘘だとは誰にも思われなかった)によるフレイヤの武勲と、ベリアル軍の処遇に関する提案は、それをさらに後押しする材料となった。
国王としては、今すぐに魔王軍との全面戦争を望んではいない。国力が衰えることを警戒してもいたし、第一今すぐ戦う必要がないと思われる勢力との戦いで、民草に犠牲を出すのもバカらしい。彼は聡明とまでは言えなかったかもしれないが、十分に善良な君主ではあった。彼にとっても、フレイヤの提案は強硬に魔王軍との総力戦を行おうとする騎士団を牽制する材料として、有り難いものだったのだ。
「君主が善良だと、外道な策略を行う必要がないというのはありがたいね」
というわけで、国王との利害が一致した交渉の結果、ベリアル軍の監視は騎士団が担当することとなった。ただし、武力行使の決定権はフレイヤに託されることに決まった。つまり、監視は出来るが直接的な武力行使の許可には、勇者たるフレイヤの許可が必要というわけだ。
逆に、フレイヤに対する牽制も必要だとされた。それくらいは国王とて承知していた。フレイヤがベリアル軍と結託して国家に反逆することも、一応考慮する必要はあるだろう。国王からすれば、あれほど賢い者が総戦力差が圧倒的な、勝ち目のない戦いを挑むわけがないことなど想像に
ここで渋れば、騎士団に付け入る材料を与えかねない。そこで、彼はフレイヤに言われた通りに、その決定は国王たる自分が下すと宣言した。反論はない。しようがないのである。
勇者の待遇は国王が定める。そう国家法に記されている以上、勇者の生殺与奪の権限を国王が握るといって、何が悪いというのか。騎士団とて、これには流石に反論できるわけもない。
実のところ、国王としては涼しい顔で『私の生殺与奪の権限は貴方が握ればよろしいかと』と進言してきたフレイヤの、世間話か天気の話でもするかのような口調のほうに、よほど空恐ろしい物を感じていたのだった。
ただ、彼女の提案は最近暴走しがちな騎士団の勢力を抑制するのに確かに役に立つ提案だったし、竜の巫女にして国王の親族たるベレトも、フレイヤの提案自体は信用してもいいといった。
明らかに含むところがある言い方だったが、政治家として優秀な者が家人としても優秀に振る舞えるかは全くの別物だろう、ということで納得することにした。
ベリアルを人質と監視の意味も込めて、フレイヤの妻として迎えるという話も、本人は隠そうとしていたがベレトの機嫌を悪くしていたのは明らかだった。
兎にも角にも、大筋ではそういった経緯でベリアル軍は中立としてフレイヤの監視下に置かれ、騎士団はその勢力を監視または防衛せねばならず、戦力を分散させられることとなった。
この状態では、騎士団はフレイヤとベリアルの双方の協力なくして戦力を集結させられないため、
一方で、ベリアル軍が味方である限りは防衛戦力は増強された、と考えることも出来るわけである。
当然騎士団内で論争が起こったものの、結局は防衛戦力の強化と考えられなくもない、ということから強硬派の意見が多数を占めることはなく、しばらくは情勢を見守るということで落ち着いた。
というのが彼の妹君の行ったことである。一介の騎士に過ぎないフレイ・ヴァンガルズとしては、実に誇らしいことであった。
とはいうものの、それは本人の認識である。勇者の実兄であったことが判明した上に、旧魔王城から出撃する魔族たちを粘り強く牽制し続けて侵攻を阻止するなど、彼は彼で十分に目覚ましい活躍をしているのだが……本人にその自覚は一切ない。
「さて、我が妹君に久しぶりに会いに行くとするか……今までロクに会話出来なかったしね」
彼の両手は、妹君ことフレイヤへの持参品で一杯である。中身は新鮮な野菜である。背中は調理器具がギッシリと詰められている。
フレイの趣味は、料理である。親父殿からも女々しいと言われたが、妹が家を飛び出したときに吐いた親父殿の言葉ほどは女々しくはない、とフレイは思っていた。
一方、フレイヤは料理が好きではない。出来ないわけではないのが、またややこしいのだが、要するに料理の加工などで、研究に使う時間を消費したくないということなのだろう。おそらく、簡易な食事ばかりを作っているはずだ。
竜の巫女殿が料理が上手いという線も一応考えてはいるが、巫女として
ベリアル殿は論外だった。彼女は魔族である。魔族だからといって差別するわけではなく、単純に種族も違えば味覚も違うのだし、普段食する物自体が違うことも考えられる。おそらく、彼女が人間の料理に精通している線もない。
で、あるからには……
「私の振る舞う手料理が、歓迎されぬという線はまずあるまい」
そう目論見ながら、フレイヤの家へと勇んで彼は歩いて行く。
ようするに、彼は極度のシスコンなのであった。
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