第24話 作戦を完遂させし骨と勇者と
サブナックとスケるんの戦いは、終焉に向かいつつあった。サブナックの読み通り、スケるんの方は決め手に欠けている。
(これは思った以上に……キツイ相手でしたかな)
それでもサブナックを消耗させれば勝機が生まれると信じて、地道に罠でサブナックを消耗させていた。並の相手なら逆に、とっくにスケるんが勝利していただろう。
だが、サブナックはスケるんが設置した罠のほとんどを消費しても、まだまだ動ける状態である。無論、最初よりは遥かに消耗しているが、今スケるんが接近戦を挑んでもサブナック相手には有利とはいえない状態だった。
「どうした! 最初の威勢は!」
「いやはや……たしかに、貴方の実力を侮っていたようですな」
スケるんはそれを認めた。実力を計りそこねたのは、スケるんの方だった。それは、間違いないだろう。ここにある罠の全てを駆使し、自身の技術による即席の爆弾を併用しさえすれば、サブナック相手でも消耗させきれると思っていたが、残念ながらそれは計算違いだった。
「とはいえ……今の貴方相手なら、正攻法でも別に負けるとは限りませんが」
「ふん! 負け惜しみを……!」
サブナックは自身の優位を確信している。スケるんも、サブナックほどではないが徐々に消耗しており、最初の頃ほど軽々とサブナックの攻撃を
今の状態で二体だけで戦えば、どちらが有利かは両者ともに分かっていた。
だが、スケるんは
「最後に、なにか言い残すことはないか?」
サブナックのその言葉は、情けからでなく貴様が弱者なのだと宣言したいがために出たものだろう。
これに対し、意外にもスケるんはしばし悩んでいた。彼はどういうべきなのか迷っていたようだが、結局口にだしたのは忠告だった。
スケるんが、木の枝から地上へ降りた。
「味方への連絡を遅らせたのは、失態だと思いますよ? おかげ様で、我々は無事撤退出来るのですがね」
「ぬかせ……!」
サブナックは、この期に及んでもなお自分たちの作戦の成功を疑わないスケるんに対し、自身を侮辱されたように感じた。そして、スケるんへトドメの一撃を放つべく、大地を
違和感を感じたのは、その直後である。自分たちの作戦が成功するのを疑っていないのはいい。だが、なぜそれを断定した?
虚言であることは十分考えられるはずだ。なのに、優位なはずだというのに嫌な予感が意識を支配する。
なにか、自分は致命的な過ちに気付いていないのではないか? そもそも、なぜスケるんは自ら不利な地上に降りた?
それは、彼の戦士として
間一髪だった。恐るべき殺気と風圧を身体に感じたのは、その直後だったからである。ゴオッっという、おおよそ杖を振っただけとは思えないような音が聞こえたが、それから動いていたら到底間に合わなかっただろう。
「おや?」
「フレイヤ様がしくじるとは……流石にお疲れのご様子」
フレイヤ……その名は聞いたことがある。人間の、勇者に選ばれた魔導師。
(それが、なぜこんな場所にいる……!?)
紫の髪に紫の瞳。流石にただの人間に、そんな色彩の者はそうそういない。見間違いではない。そして、サブナックは自身の失敗を悟った。
スケるんは、この勇者がもう既に近くにいることを察知していたのだ。
「そりゃ、急いで駆けつけたからね……一応間に合って良かったよ。君に死なれると面倒事が増えてしょうがない」
「……ベリアル様といい、なぜこうも私の周りには優しい言葉をかけてくださる方が少ないのか……」
サブナックは、その
(今の一撃だけで分かる……この女、尋常な力量ではない。それにスケるんもいるこの状況で、両者を同時に相手するなど論外だ……)
「まあ、もう一撃加えれば十分さ。骨君が消耗させてくれてるからね。とはいえ、骨君がここまで苦戦するほどの相手とは、流石に思ってなかったけど」
そのときになって、ようやくサブナックは自分の状況が分かった。彼は完全に避けられたと思っていたのだ。だが、今になって身体に灼熱と鋭い痛みが走っていることを自覚する。興奮状態だったため、認識が遅れたのだ。
鮮血が、地面を赤く染めている。量からして、致命傷とは程遠い。だが……
「そうか……たしかに、失敗したのは私の方だったな……」
サブナックは悟っていた。この傷そのものは致命傷ではない。だが、スケるんとの戦いで消耗させられ、さらにこれだけの手傷を追っている。
いくら速度自慢の魔族たる蛇獅子とはいえ、これでは到底逃げられまい。
(せめて、背は向けまい……)
それは単なる意地だった。出世欲に駆られ、任務を果すことも出来ずに倒されるだろう者の、唯一残された意地。その覚悟を感じ取ったのだろう。フレイヤは彼を侮る態度は一切見せなかった。
女勇者は、ただ無言で彼の突撃を迎えうつ。
サブナックが倒れるのを確認した後、スケるんは素早く戦線を立て直した。
最適化された迎撃部隊は、追撃部隊を掃討していく。情報を持ち帰られると面倒なことになりかねなかったが、統率者であるサブナックが自らの武勲を優先したこともあって、後続の追撃部隊が続かなかったことが幸いした。
「我々が移動した痕跡については、消す時間はありませんでしたからな……いずれは、移動先が見つかるとは思いますが」
「その頃には、こちらは万全の状態で防衛が出来る……まず、攻撃してはこないだろう。するようなら、かえって苦労はしないんだけどね」
「魔王軍の幹部は残り三体……この状況で非戦闘員を逃し終え、有利な地形を選んで防衛も出来る我々に戦力を割くなど、愚策ですからな」
そう、魔王軍にとって敵はベリアル軍だけではない。むしろ、本当の敵であった人間との戦いもある。人間がベリアル軍に加担しようと見捨てようと、それによって戦力を消耗してしまえば、もはや魔王軍の敗退は、誰の目にも明らかだ。
「一番面倒なのは、戦力を温存されることだ。流石に新魔王城には、もう簡単には奇襲出来ない。今回の件で多少警戒もされるだろうし」
「旧魔王城が陥落しようと、新魔王城へ攻め込むには相応の戦力と、かなりの被害が想定されますからな」
そう、旧魔王城から最短で新魔王城で向かうのには、森林地帯に周りを囲まれ両端が丘となっている道しかない。流石に森の中を進むよりは楽だとはいえ、周りの森からは奇襲を受けやすく、補給線もそこ以外を確保するのが難しい。
新魔王城に到達した頃に、その補給線を叩かれて籠城されると、決着まで相当時間がかかるだろう。
最終的に勝利するのが人間の側だとしても、それで失われる兵の命や物資などは、実に膨大なものとなることが予想される。正直、割に合うとは到底思えない。
「連中が引きこもるっていうなら、しばらくは膠着状態になるだろうね……まあ、その間に晴れて私の研究が大手を振って進められるわけだ」
「子作り細胞でしたか……たしかに、平時でないと研究予算どころか、研究自体が中止させられそうな内容ですな」
「そうさ……だから、やりたくもない戦いに身を投じてまで、一応の区切りがつくまで頑張ったわけさ……ようやく、いつもの
「……なるほど」
爛れているのが、通常運転なのか。などという愚かなことは、スケるんは口にはしなかった。フレイヤがどういう性格なのかは、あまり長い付き合いではないが想像に難くない。
ましてや、これからはベリアルその日常に加わるのだろう。元々、この作戦でフレイヤが武勲に
そのために、彼女はベリアルを妻として迎える。そうなれば、フレイヤもベリアルとそれなりに関係を持たなくてはならないだろう。そうでなくても、ベリアルの方はフレイヤにぞっこんなのだ。
この後もベリアルと関係(意味深)を持たないとなれば、主君であるベリアルのご機嫌が心配である。フレイヤの方としても、流石に多少はベリアルとの関係が形式的な物に過ぎない、と言われないようにしなければならない。
ベレトには嫉妬されてしまうだろうが、その辺はフレイヤはなんとかするのだろう、きっと……
「ああ、そうそう……今のうちに骨君に聞きたいことがあったんだった」
「……なんでしょう?」
返答が遅れたのは、単に聞かれる内容に全く心あたりがないからだった。女好きなフレイヤが、男性であるスケるんのプライベートに関心を持つとは思えない。女性なら関心を持ったかは、スケルトン族なだけにどのみち微妙だが……
「魔王ゲーティアってさ……この世界の魔族じゃないんじゃないかな?」
「…………」
不意に核心をつく質問がきた。さすがにスケるんは、この質問に正直に答えるべきか迷った。だが、おそらくフレイヤはある程度根拠があって聞いているのだろう。それに、今更ゲーティアに対して特に義理立てする理由もないといえばないのだから、聞かれた以上は特に隠す理由はないだろう。そう思い直した。
相手がフレイヤでなければ、それでも答えなかっただろうが。
「真実を知っているのは、今の魔王軍ではおそらくダンタリオンとベリアル様のみですな……私の場合は、ベリアル様が漏らした言葉からの推察ですが……そうでしょうな。ゲーティアは、この世界の魔族ではない」
「だから、ベリアルは魔王軍の戦力を残すことに固執した……そりゃそうだろうね。この世界の魔族ではなければ、この世界の魔族に必要以上に肩入れする理由なぞありはしない。勝ち目がない状態で頼んだところで、一蹴されるだけだ。いや、ベリアルの態度からしてそれで済めばまだいい方かもしれないな」
「ところで、なぜそのことに気付いたのですかな? ベリアル様や私の態度だけではないのでしょう?」
「まあ、この世界の魔族の王だとするのなら、随分遠慮がちというか、まるで助けてくれる保証がどこにもない、という態度だったのは気になった」
そこでフレイヤは指を人差し指を立てる。
「それが一点。後は、前々から思っていたんだが、なんで毎回魔王を封印するのか。この世界の魔王なら、倒せばそれで終わりのはずなのにね。だが、異世界からこちらに写し身だけ来ているなら、そりゃ封印だけしか出来ないだろう。魔王の封印関連は、そう考えた方がより自然だと思った」
さらに、中指を立てる。
「これが二点目。後は、リンドヴルムの召喚過程がダメ押しだったかな。あれの召喚での現れ方といい、出て来るときのあの感覚……この世界にいる竜の写し身を、ベレトの所に寄越しているようにはとても思えなかったよ。リンドヴルムはおそらく、異世界から写し身を寄越している。そう考えたときに、魔王ゲーティアもそうなんじゃないかという、推察に至ったわけさ」
フレイヤは、最後に薬指も立てた。以上の三点が、彼女がその推理に行き着いた根拠らしい。
「それで、その結論に至るのはお流石ですな。少々根拠に欠けますが……その通りでしょう。だから、我々は魔王軍の戦力が足りなくなってきたがゆえに、ゲーティアに頼るのは止めたのです」
「自分に頼るからには、それで相手に勝てるであろう戦力を用意してからこい……ある意味正論だけれど、随分とまあ横柄な王様だよね。それでいて、いざ封印が解除されたら、いばり散らすわけだろう?」
「それについては、同意致します」
スケるんも、その点については全く遠慮がない。ハハ、とひとしきりフレイヤは笑っていたが、ふと気になったつぶやきを漏らした。
それは杞憂かもしれない。だから、そのつぶやきはスケるんには聞こえないほど、ほんのかすかなものだった。
「しかし……ならば、ダンタリオンはなぜ魔王軍の推移を放置していたんだ? 魔王ゲーティアの力が借りられなくなることくらい、分かっていたはずだろう……? まさか、とっくに自分以外の魔族を見放していたのか?」
その答えは、ダンタリオン以外には分かりようがないことだった。
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