第23話 魔王城撤退作戦 その参
サブナックとの戦いは、決して楽なものではない。分かっていたつもりだったが、スケるんとサブナックの戦いは熾烈を極めた。
スケるんがこの場所を迎撃場所として選んだのは、この周辺に木々が密集していたからである。木々の密度が高ければ、自然とその間に罠を仕掛けるだけで、その罠にかかる確率が上がる。逆に木々がない開けた場所なら、罠の横を平然と通り抜けられる公算が高かったからだ。
もう一つは……
「ほ!」
「ちぃっ!」
サブナックは舌打ちした。スケるんはなんとその体躯の割に異様に軽く(骨だけなのだし、体高も人間と大差ないのだから当然だが)、身軽であることを活かして、木々の枝にぶら下がったりすることで、立体的に動き回ってサブナックを撹乱していた。
一方のサブナックとて、別に木々の枝をつかむことは難しくない。というか、体重を含めてなお瞬発力と最高速度はサブナックが上なのだ。だが、サブナックはそもそも人間より体高も大きく、筋骨も隆々としているのだから当然体重はスケるんの比ではない。
枝はつかめても、その枝がすぐに折れてしまいかねないため、ぶら下がるので精一杯なのだ。ぶら下がれても、その状態で素早く動こうとすれば枝の方が耐えられない。木の幹を蹴って移動することも考えたし実行してもいるが、身軽なスケるんを捉えることが出来ない。
サブナックの方は、幹を蹴ったところで直線的にしか動けないのだから、空中での移動手段が豊富なスケるんの方に分がある。
しかも、スケるんは単に逃げ回っていたわけでは決してない。
「どうぞ」
「……!」
木の幹を蹴り、サブナックが今度こそスケるんを捉えたと思った瞬間のことだった。スケるんの手から放たれた石が、サブナックの身体に当たる。その瞬間、サブナックの身体が爆発に包まれた。
(ただの石だろう!? どうやって、爆発させている!?)
サブナックが終始疑問に思っていることだった。スケるんが放っている石を、最初は火薬が入った特殊な道具だと思っていた。魔術を使って爆発するようにしているのなら、通常は魔力を込めているためにそれが見えるのだが、それが見えなかったからだ。
だが違う。初見はともかく、二度目に受けたときにはもう、それがただの石だということに、サブナックは気付いていた。
(これを即席で造っているのだというのなら、そう簡単に備蓄が切れるとは思えんが……!)
爆発の衝撃によって、サブナックはスケるんを見失う。爆発そのものは決してサブナックにとって大きなダメージとはならないが、無視できるほど軽微な代物でもない。なにより問題なのは、こちらが勢いにのった瞬間を狙って投擲されているということだ。
サブナックは無我夢中で、勢いをつけた自分の身体を守ることに集中する。受け身に失敗すれば、更にダメージが蓄積されてしまう。今回は、木の幹が眼前に迫っていた。
「ぬん!」
決して華麗とはほど遠い姿勢で、それでもかろうじて受け身に近いことは出来た。スケるんはこうして、こちらのダメージを周到かつ丹念に蓄積していくつもりらしい。
地上にも罠があり、それに引っかかって動けなくなった一瞬の隙にも、爆発する石は投擲される。
サブナックとスケるんの戦闘力なら、サブナックが近距離戦に持ち込めば圧倒できるだけの実力差がある。それを理解した上で、スケるんは決してこちらを接近させきることなく、ダメージをひたすら蓄積していく。
「小細工を……!」
「それだけが取り柄ですので」
スケるんは非常に冷静だった。それもサブナックを
「猪突猛進が過ぎるように思いますが?」
「何をぬかすかと思えば……それを嫌っているのはむしろ貴様の方だろうに」
たしかに、一見するとサブナックの方策は考えなしであり、愚行を繰り返しているだけのようにも感じられる。だが、それは間違いだ。
「貴様……先ほどから私の隙に対して、決定打を打ち込もうとする様子がまるでない。いや、打ち込めないというべきだろうな」
「……ふむ」
「動揺せんのは流石だな。だが、お前が望んでいるのは長期に渡る消耗戦だ。小細工で勝るお前には、逆にそれ以外の勝機がないのだろう? 私がそれに付き合う義理はないな」
バレていたか。スケるんは胸中で
「大体、貴様の罠は設置場所もそこへの誘導さえも、実に見事ではある。だが私にとっては、致命傷にはほど遠い。この程度の罠で尻込みして、私が消極的に攻める機会を伺うとでも? それはむしろ貴様の得意分野で勝負をする、愚行でしかない」
「手腕をお褒めいただき、光栄ですな。読みもお見事。ただ……」
そう、サブナックには見えないこの識別式の魔術罠は、しかし自身が設置を行ったスケるんや、この識別士気罠の基本構造を完全に把握しているフレイヤには、即座に認識可能なのだ。スケるんの方は、他人が作製したものを把握出来るかは、まだ分からないのだが。
そしてスケるんは、それを利用して立ち位置を巧みに変更し、サブナックをその罠に触れるように誘導しつづけていた。木々を利用し立体的に動くことさえ、実はその一環である。
上を見上げれば、足元が多少は疎かになる。周囲の把握も難しくなる。地面に罠を設置する場合には向かないだろう、樹のすぐ
スケるんはそれらを駆使し、常に優位を維持し続けている。さながら、綱渡りをするような感覚ではあったが。
「それがバレていようが、ワタシが貴方の思い通りになるとでも?」
「ふん……!」
小賢しい……とでも
二体の戦いはまだ終わらない。この戦いが終わるには、もう一つ
フレイヤは森を突き進んでいた。案内役のスケルトン族は、最初の方こそ人間のフレイヤにペースを合わせようとしていたようだが、フレイヤの尋常ならざる身体能力強化を知って、考えを改めたようだ。
今は全速力で、ひたすら前だけを見て進んでいる。自分の速度ではフレイヤを置き去りにすることは有り得ない、と既に理解してのことだ。
その案内役が、突然動きを変更する。段々速度を落とし、フレイヤに対して、一点を指差した。
「今度はそちらか。敵は何体だい?」
「サンタイデス」
「分かった。行ってくる」
もう案内役のスケルトン族は慣れているため、フレイヤに同行しようとしない。それよりも味方へこれからフレイヤが向かう、という連絡を優先した。
自分が同行すれば、かえって邪魔になるだけだと理解しているのだ。始めの方は強引に同行して、フレイヤに逆に護って貰う羽目になり、その教訓をしっかり活かしている。さらにいえば、彼が連絡を優先しなかったせいで、味方も突然の
(こっちも大分手際が良くなってきた……後はどのくらい先にスケるん君がいるか次第か……)
ベリアル軍の迎撃部隊は、大体五~六体で隊を組んでオリアスの追撃部隊の一~二体を相手取っている。追撃部隊は指揮をとるはずのサブナックがスケるんと交戦中な上、スケるんの罠による心理的効果で分散してしまっており、整然と進んでいない。
そこまでしてもなお、個体の戦力比でいえば決して楽な戦いでは無かった。
(スケるん君の準備自体は、かなりの手際なんだ。ここまでお膳立てして、しかも数で勝っているこちら側が必ずしも優位とは限らないとは……向こうが精鋭なのが、苦戦している大きな要因か)
最も、スケるんはその場合も想定している。数でも圧倒できない場合も想定して、部隊に対応策を用意しているのだ。
各隊には連絡役のスケルトン族が必ず配属されており、迎撃が終了した部隊は他の苦戦している部隊の応援に向かうか、敢えて戦力が足りない部隊に敵を何体か抜けさせ、その抜けた敵を待ち構えて迎撃を行う。
大体の場所はうまく機能しているが、例外はある。全部の部隊が戦力が足りないからといって、敵を何体か抜けさせるわけにはいかない場所もあるのだ。敵を抜けさせた場合、そこに苦戦している部隊があるような場所だと、下手をすればその部隊が一気に
フレイヤが向かうのは、大体はそのように他の部隊に任せようがない場所だ。
(尾が蛇の獅子が三体……オリアスなどよりは小柄だけど、戦闘力はなかなかだな。本領を発揮するのが難しい場所での戦闘で、良く戦う)
本来、彼らの本分は機動力を活かした攻撃なのだ。木々が邪魔をするこのような地形では、その機動力を活かしきれていない。人狼族よりは筋力にも優れているため、不利な地形だろうにかなり奮闘しているが。
「邪魔するよ」
そういった時には、
その様子にベリアル軍の迎撃部隊すら呆気に囚われるが、彼らは援軍が来ることは知っていたので、瞬時に我に返った。とはいえ、自分たちが被害を抑えながら足止めすることを優先していた相手を、実に容易く倒してしまった存在に対して、多少動揺もしたようだったが。
「足止めだけしておいてくれるかな、流石に二体同時は相手に出来ない」
その指示にも、素直に従ってくれる。オリアスの追撃部隊の方は、なめられたと思ったようだが。
「ちゃっちゃと済ませようか。まだ本命が残っているんだ」
そう。なんとなくだが、ベリアル軍の迎撃部隊の動きが優秀止まりのままだと感じる。スケるんなら、もう少し上手く指揮するのではないか。
おそらく、強敵と遭遇して全体を指揮する余裕がないのだろう。代理の者は的確に指揮出来ているとは思う。単純に、スケるんと比べるのが酷なだけだが。
だが、まだあのスケるんが戦っているということは、かなりの強敵なのだろう。スケるんは戦闘力も決して低くはない。それがここまで戦闘が長引いている時点で、かなりの難敵と見るべきだ。
(負けることはないだろうが……多分、決め手に欠けて膠着状態なんだろうな)
その状況を打破しなくてはならない。スケるんの指揮が復帰すれば、おそらくその時点での戦力差ならば、追撃部隊を敗走させられる。
こうしてフレイヤが戦力を削っているのも、追撃部隊の数がそれほど多くはないだろうこともあって、地味に効いてはいるはずなのだ。
フレイヤは、最後の詰めを行うべく、まず眼前の敵を掃討することに専念した。彼女は正確に把握できていなかったが、ここはスケるんがいる場所までは、もうそれほど遠くはない場所まできていた。
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