第22話 魔王城撤退作戦 その弐

 スケるんがフレイヤの到着を知ったのは、サブナックたちへの迎撃準備が、最終段階に移行してからだった。スケるんは、指揮官としての立場と責任を放棄するつもりはなく、迎撃後に本隊と再合流を考えていたので、これは吉報だった。

 とはいえ、後続の部隊に発見される危険を考慮して、大分後方からこちらに向かっているとも知って、驚いてもいたが。

(これはこれは……運が向いて来ましたかな)

 サブナックは武勲を目的として、後続部隊への連絡を遅らせることが十分考えれられた。そして、フレイヤも後続部隊へ視認されるの危険を冒すのを避けている。この状態なら、サブナックが万が一突出したとしても、フレイヤに排除してもらうことが可能だ。

 また、スケるんを執拗に狙ったと仮定しても、それならば無理にサブナックを倒す必要がなくなっている。正直サブナックの戦闘力は、正攻法ではスケるんが及ぶレベルではない。だから色々と細工を施しているのだが、フレイヤが来ているのなら、こちらは時間を稼ぐだけでいい。

 こちらが消耗させさえすれば、フレイヤが消耗しているだろうことを考えても、サブナックに負ける公算はほぼないだろう。スケるんが仮に戦闘不能になっていたとしても……だ。




 そういった背景もあったため、スケるんがサブナックの前に現れたときは、口調ほど余裕があったわけではない。ただ、連中があまり考慮していないであろう要素から、サブナックたちを倒すならともかく、足止めするのに苦労はしないだろう、とは考えていた。

「スケるんの相手は私が引き受ける。他の者は本隊の追撃を続行しろ」

「別に、全員で私にかかって来てもらって構わないのですよ?」

 スケるんのそれは、半ばは余裕があるように振る舞ったハッタリではあった。ただ、ここに戦力が一時的に集中することになれば、その分フレイヤの到着そのものは早くなる。おそらくフレイヤは、こちらの迎撃部隊で特に苦戦している部隊については、援護をしつつこちらに向かうつもりなのだろうから。

 その場合、追撃部隊を足止め出来ることが可能なほどの罠を、この周辺には既に用意してある。ただ、そうなるとサブナックを消耗させる罠の数が足りなくなるので、ここは分散して貰ったほうが有り難い。

 このさい、どちらに転ぼうがそれなりになんとか出来る準備は、既に整っているということだった。

 そしてサブナックは、こちらの言葉を無視した。一応追撃部隊の本来の仕事は、ベリアル軍の本隊を見つけることだ。スケるんを自分で討つことの他にも、本隊を効率よく探すためにそう采配するだろうとは思っていた。こちらにとっては、その方がより都合がいい。

「ああ、気をつけてくださいね。ですから」

 自分でも白々しいと思うことを、スケるんは口にする。もちろん相手は無視しようとした。無視しようとして、それが出来なかった。

「グギャァァ!」

「なにっ!」

「ほら、危ない」

 悲鳴を発したのは、サブナックの部下である。今まさにこちらに接近しようとしていたサブナックも、これには驚いた。罠のたぐいはあるだろうと思ってはいたが、のだ。

 サブナックの命で走り出した部下が突如、まるで電撃を受けたかのように苦しみ出して身体の制御が出来ず、高速で樹木へ激突してしまったのである。ただ倒れただけならともかく、さらに運が悪いことに頭からの激突だった。あの激突の仕方では、生きているかどうかがまず微妙なところだ。

「魔術の罠……だと!?」

「まあ、時間はありましたのでね」

 何食わぬ口調(スケルトン族だから顔は特に変わらない)でスケるんは言ってのけた。ちなみに声をかけたのは、罠があることをサブナックが率いてる連中に周知させるためである。

 この罠の目的は、どちらかといえば連中の足を鈍らせるためのものだ。そのためには、罠があると警戒して貰ったほうが都合がいい。連中が罠にかかった味方に気付かずに突撃されると、向こうが疑心暗鬼になることや追撃速度が鈍ることが期待できない。罠自体で負傷させる被害より、その心理的な効果の方がよほど有効なのだ。

 一方、サブナックが驚いているのはその効果と比例しない隠蔽率の高さだ。普通は効果が高い魔術の罠ほど、魔力の含有量が多いのだ。だが、今辺りを見回しても、特に魔力量が多い場所や物など見つからない。とはいえ、さすがに罠があれだけのはずはない。それでは、確率から言って素通りされてしまうことの方がずっと高かったはずだ。スケるんも、特にこちらを誘導するようなことはしていない。

「どういうことだ!?」

「無論、タネも仕掛もございますよ。教えませんがね」

 これはフレイヤから託された、識別式の罠の応用だ。スケるんには、スケルトン族とそれ以外の魔族、という区分でしか魔力の波長の違いを識別させられなかったものの、おかげで自分は罠を全く気にせず動ける。

 しかも、あの罠は魔術式でありながら相手の魔力を利用するため、発動のための最低限の魔力しかいらず、他の者には発見が難しいという利点もある。

 これでもフレイヤの識別式と比べると、かなり効果対象や効果そのものに制限があるのだが、それでも十分に有効活用出来る代物だ。ここまでアレンジしてなお、スケるんでさえ相当習得には苦労したがそれだけの価値はある。

 とはいえ……

「……全員、急いで追撃しろ! 罠にかかった者はおいていけ! これほどまでに隠蔽率が高い魔術の罠だ。相当高度な魔術な分、数自体はそれほど多くはあるまい。警戒しながらでは、到底追撃は敵わんぞ!」

(やはり……サブナックはそこまで無能ではありませんな)

 サブナックはともすれば非情とも取れる指揮をした。だが、サブナックの指示はむしろ正しい。発見が難しい罠を気にして追撃を鈍らせれば、下手をすればベリアル軍に振り切られてしまう。しかも、この罠は発見しようと意識したところで、そうそう見つかるものではない。

(しかも、私以外は仕掛けられないと見抜かれていますかな、これは……)

 半分は尻込みする部下への発破だろうが、同時にスケるんのように魔術の技量が突出して高い一部の者以外には、仕掛けること自体が困難な罠だという判断も半ばあるだろう。そして、それは当たっているし妥当な判断でもある。

 改めて、サブナックの部下たちが追撃に向かう。途中でやはり何体か罠に引っかかったようだが、それでも追撃そのものはやめずに、ある程度の速度は保っている。とはいえ、やはり罠を完全に無視できる剛の者は少ない。無意識な警戒心によって、若干速度は鈍っている。

「やってくれたな……!」

「いやいや。まだまだ本番はこれからですよ?」

 サブナックとスケるんの駆け引きは、まだ終わってはいない。ここでサブナックに早々にスケるんが討たれれば、サブナックによって迎撃部隊に大きな被害が出る。ここでサブナックを抑える必要が、スケるんにはあるのだ。

(まあ、まだタネはありますからな。なんとかなるでしょうが)

 とはいえ、時間稼ぎもなかなかに大変な相手だ。油断は出来ない。今度こそ、スケるんはサブナックへの戦いに集中し始めた。




 一方で、フレイヤはスケルトン族の出迎えを受けていた。

「ワタシ、スコシシャベレマス。フレイヤサマ、コチラへドウゾ」

「ああ、ありがとう。助かる」

 スケるんと比べると、明らかに発音や抑揚が拙いとはいえ、肉声をある程度再現させる魔術が使えるのだから、スケルトン族としては魔術の技量は決して低くない部類に入るだろう。

(ベリアルが、それなりの力量を持つ者をわざわざ寄越してくれたのか)

 道案内なら、別に喋ることが可能な者で無くてもいいと思っていたが。とはいえ、なにか想定外の事態があったときには、会話が成立しないと困ることは事実だった。

「それじゃあ、迎撃部隊で特に苦戦している、もしくは苦戦するであろう場所、そこを手伝いながら、私たちはスケるん君のところを目指そう。それでいいかな?」

「オマチヲ…………スケルンサマカラ、ウカイノヒツヨウガナイハンイデ、ソノルートノセンベツヲマカサレタモノガオリマス。ソノモノノシジドオリデ、イイデショウカ?」

「……スケるん君は手が早くて助かる。ああ、ぜひそうしてくれ。道案内、よろく頼んだよ」

 フレイヤは感心していた。おそらく、あらかじめこちらがそう申し出た場合とそうでない場合、両方のケースでどう動くかを部下に指示していたのだろう。そして、こちらから申し出ない場合には、出来るだけ最短でスケるんの元へ向かうルートを案内させる気でいたようだ。こちらの消耗具合など、不確定要素で援護を最低限しか行えないケースも忘れていない上に、礼儀にも適っている。

 その上で、こちらがある程度迎撃部隊を助けながら動くと言えば、遠回りにならない範囲で迎撃部隊を支援しながらスケるんの元へ迎えるルートを、戦況から逆算する専任の者を用意していたらしい。いやはや、ここまで気がきくとは。

 ベリアルはつくづく良い部下に恵まれている。これは、是が非でもスケるんを助けたいものだ。個人的にも、こういう配慮が出来るスケるんのことは好ましく思っているのだ。

「オマカセアレ」

 追撃部隊はまだ小規模だ。今迎撃部隊を援護し、素早く追撃を中断させられれば、ベリアル軍の被害は格段に小さくなるだろう。

 フレイヤはそう思いながら、案内役のスケルトンと一緒に走りだした。

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