第21話 魔王城撤退作戦 その壱
スケるんが立てた撤退計画は、魔王城の陽動作戦開始と同時にベリアルの軍勢総員が隊列を組み、森林地帯へと速やかに侵入。これにより、隊列を他の軍に見られないようにする。
森林地帯は、念話が使えるスケルトン族が案内を引き受ける。そうでないと、行軍についていけずに
本当は、足跡の痕跡を消せればベストなのだが、残念ながらそのような時間はない。魔王城から森林地帯までの距離が、それなりにあるからだ。その痕跡を消そうとしていると、混乱が収束すれば森林地帯へ侵入するまでを見られてしまう。本末転倒というものだ。
痕跡を辿って森林地帯への侵入経路を探るのは、それなりに時間をともなう。追撃部隊はそれで若干行軍が遅れるのだから、森林地帯へ速やかに姿を隠すことを優先したのだった。
ここまでの作戦は、うまくいっていた。
追撃をしている部隊の指揮官については、スケるんがしんがりを務める前の段階で、配下に調査を任せていた。こちらは木々で身を隠しつつ遠距離から目視しさせたので、相手に気付かれてはいないだろう。
「しかし、指揮官があのサブナックとは……」
指揮官自体は意外ではない。問題はそれを選んだ早さだ。
オリアスはおそらくマルコシアスの死にショックを受けているだろうし、そうでなくてもマルコシアスの配下は総指揮官の死で混乱しているだろうから、その場にいるオリアスがそれらを速やかに落ち着かせる必要が生じるのは、必然となるだろう。
だが、アシュタロスとダンタリオンは今回の出兵では兵を動かす計画が無かったし、それ以前に軍の特性が追撃速度に劣る者ばかりだ。
その点、機動力に長けたオリアスの配下から、動ける者を編成して追撃に出すのは順当なことである。だが、あまりにその判断が早い。オリアスが直接命令を下したとするなら、だが。
(サブナックの性格からいって……誰ぞに
サブナックが野心家なのは、周りで機微に敏いものなら誰でも見当がついていた。オリアスさえ、そのことが原因で能力の割に使い所に迷っていた感がある。
(これは……しかし場合によっては吉と出るやも知れませんな)
武勲を求めてサブナックがオリアスの指示を待たずに出撃したことは、ほぼ確定事項と思っていいだろう。そのサブナックが武勲を求めているということは、もしかすると後続への連絡を遅らせる可能性があるということだ。
あまりに早く後続へ連絡を行えば、追撃を一時中止させられる場合も考えられる。サブナックが独断で動かせる兵の数は、当たり前だがベリアル軍の総数から比べれば、少ないに決まっているからだ。ベリアル軍が何処に向かったか分かれば、後から兵を送り込むことも出来る。本格的な追撃は、後続を待ってからでも良いし、あるいは後日に本隊を編成して送り込むつもりだろうか。
とはいえ、追撃が中断させられれば、サブナックの武勲稼ぎはそこで一旦終了だ。後続への連絡を遅らせてでも、ベリアル軍の動向を把握しつつ戦闘でも手柄を得る。
これが、サブナック自身にはベストな状況だろう。
(元から私自身がしんがりにまわるつもりでしたが……サブナックは私に食いつくやもしれませぬな……好都合なことに)
スケるんは、ベリアルの腹心であると同時にこの撤退作戦の指揮官でもある。無論後任は念のために決めてあるが、とはいえスケるんを倒せた場合の武勲は、それなりに評価されるだろう。サブナックには、さぞ魅力的に映るのではないか。
「ま、期待するだけしておきますか」
どのみち、やることには変わりはない。地道にトラップを組み続けながら、そう思考を巡らせるスケるんだった。このトラップがあれば、サブナックが調子に乗ろうが乗るまいが、多少はサブナック以降の後続の行軍速度にも、少なからず影響が出るはずだった。
どう転んでも、向こうの思い通りにはさせるつもりは、スケるんには毛頭なかった。
サブナックは、追撃部隊を難なく統制していた。少数だからということもあるが、魔王城からベリアル軍の痕跡を辿って森林地帯に突入した後は、流石に行軍中に落伍する者が出ないように注意せねばならない。
それを、サブナックは行軍速度の遅延を最小限に抑えながらも、整然と部隊を進めさせていた。流石にその辺りはそつなくこなせるだけの能力が、サブナックにはある。
「そろそろか……各自、周囲への警戒を怠るなよ」
サブナックの最初の予想では、森林地帯に侵入したあたりで、追撃部隊を迎撃するベリアル軍の部隊が出てくると思っていた。だが、そういった気配はなかった。
(被害を、出来る限り抑えたいのか? 統制が取れず、その作戦が取れなかったとは、流石に思えんが)
そう、迎撃部隊を捨て駒にする形でそれなりの数を配置していれば、サブナックたちの追撃を足止めすることは容易だったはずなのだ。もっとも、その場合迎撃部隊に選ばれた者たちは、まず間違いなく相応の被害を受ける。場合によっては全滅するだろう。生き残れたとしても、ベリアル軍の本隊への合流は困難になる。
甘い連中だ。サブナックはそう思った。もっとも、ベリアルやフレイヤならば、また違った考えを抱いただろう。兵は誰もが自己犠牲を良しとするほど、忠誠心が高い者ばかりではないのだ。平気で兵を使い捨てにするような作戦は、その後の士気などに少なからず禍根を残すのだ、と。
その辺りは、所詮は一介の指揮官として部隊を預かっているに過ぎぬ者と、総指揮官として今後をも見据えていかなければならない者の差、ということなのだろうが。
ともかく、次にベリアル側の迎撃部隊が出るとすれば、おそらくは本隊の最後尾に比較的近い場所だろう。そこで迎撃を行えば、本隊から増援をおくることや、あるいは必要最小限の迎撃部隊を止むなく置いていく、といった判断を臨機応変に実行出来るからだ。
「全隊、止まれ!」
サブナックが素早く指示を出す。気配を隠しているのだが、サブナックの勘は何者かが前方の木々に姿を隠していると告げていた。
「おやおや、見つかってしまいましたか。出来れば、奇襲をしかけたかったのですがね」
スケルトン一族のようだが、それにしてはやけに肉声の再現がうまい。それに該当する者はたった一体のみだ。
「ベリアル軍の腹心が、護衛もなしにあらわれるとは、観念したのか?」
「それはそうですとも。追撃を振り切れるほど、我々の行軍は早くはありませんのでな」
サブナックの言葉は単なる挑発である。護衛が見当たらないのは、それなりに意図していることがあるのだろう。スケるんともあろうものが、何も考えなしに出てくるなど、逆に怪しすぎるというものだ。
事実、スケるんの言葉には危機感が全くないし、意図的にこちらの降伏しに来たのかという言葉を、軽く受け流して返答している。
「スケるんの相手は私が引き受ける。他の者は本隊の追撃を続行しろ」
「別に、全員で私にかかって来てもらって構わないのですよ?」
スケるんはそういうが、その場合おそらくスケるんは、後方の迎撃部隊との合流を図るだけだ。第一、スケるんを討伐した武勲は魅力的でもある。本来の任務はベリアル軍の本隊を探すことであるし、ここでスケるんを討伐する武勲を独り占めにする機会を逃し、しかも他の配下が本隊を探す時間を割く必要もあるまい。
サブナックはそう判断した。その判断が過ちであることに気づかずに。
ベリアルは、スケるんとの合流場所を確認すべく念話した段階で、既に追撃部隊が出撃していることを知った。予想より早いタイミングだ。
このままでは、おそらく追撃部隊とベリアル軍の迎撃部隊の交戦が早まる。直接スケるんと合流しても、交戦開始に近いタイミングになりそうだった。
「追撃部隊が既に出撃しているらしいわよ、フレイヤたん。どうする? 直接スケるんに合流する?」
「……ふむ……」
フレイヤは即答しなかった。無理もない。魔王城からの追撃部隊にリンドヴルムが目視されにくいよう、弧を描くように周りこんでスケるんの近くで降下する予定だったのだ。予定より早く追撃部隊が向かっているのだから、いっそ開き直ってスケるんの所へ直接行くのも手だが……
「いや、もしかするとまだ後続の部隊は振り切れるかもしれない。それを無為にしかねないとなると……いっそ、少し早いがこの辺で降りようかな」
「え……!? いや、でもまだ結構距離があるのに、スケるんをどうやって見つけるの!?」
「ここからなら、追撃部隊がこちらの迎撃部隊をすり抜けようとした場合、ちょうどちょっかいを出せそうだから、むしろ都合がいいんじゃないかな。あと、スケるん君の場所は、適当なスケルトン族の案内役がいれば大丈夫だよ。案内だけなら、ジェスチャーの類でなんとかなるよ」
「うーむ……たしかに、後続部隊に場所を自ら教えてやる義理はないし、ベレトちゃんがもう限界に近いしね。スケるんの場所まで飛行する方が、双方のリスクが増すかも。分かった、案内役を用意させるから、しばらく降下した場所で待ってて」
「うん、頼んだよベリアル。それじゃ、行ってくる」
「え、ちょ!? まだリンドヴルムは止まって……」
なんと、フレイヤは低空ながら高速で飛行しているリンドヴルムの背中から、何事もないかのように無造作に飛び降りようとしていた。流石にベリアルとベレトも驚いたが、フレイヤはひらひらと手を振りながら、そのまま降下していった。無事に地面に到達出来ることを、本人は全く疑っていない。
「あー……まあ、フレイヤたんのことだからいっかぁ。んじゃベレトちゃん、リンドヴルムは異界へ還して良いわよ」
「ああ、分かった」
リンドヴルムの召喚を解除していいと言われて、ようやくベレトに喋るだけの余裕が生まれた。
しかし、ベレトは違和感を覚えた。ベリアルは、リンドヴルムを異界の存在であると断定している気がする。ベレトの方は召喚の度に、この世界の何処かに潜んでいる竜の写し身を呼び出している感覚ではない、程度に思っていたのだが……
もしかすると、ベリアルにはなにかそう断定する根拠があるのかもしれない。
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