第20話 魔王城撤退作戦 移行編

 スケるんは、陽動部隊の隊員の生存者の確認や、撤退戦へ移行するための部隊の中で、陽動部隊からの欠員を埋めるべく再編成を行っていた。

 理想を言えば、もちろん全員が生還するのがなによりだったが。やはり、そう上手く行くわけもない。

(工作中に見つかりそうになり、自爆した者もいる……)

 今回の陽動のために工作活動をさせたのは、自分たちの部族を護るという使命感が特に強い者たちだった。見つかりそうになれば、作業を中断してもいいとは言ったのだが、文字通り命を賭して陽動作戦を成功させようとした結果だろう。

(その結果出来た時間……無駄には出来ませんな)

 それが、指揮官としてスケるんに出来るせめてものことだった。

 幸い、撤退の行程にはさほど遅延はない。訓練こそ出来なかったものの、経路と誘導については役割を分担し、それぞれにやるべきことを叩き込んでいる。

 脚が遅い者などは最低限の数は、任務と称してあらかじめ逃してあるのも幸いした。

 さらにいうと、元々ベリアルの軍は他の部隊の支援活動を担うことが多かった。他の幹部連中(マルコシアスは例く)が、軍同士の連携を念頭にいれた部隊構成ではないので、自然とそういう役割が回ってくる機会が多かった。おかげで、古株はこういった直接戦闘すること以外にも比較的慣れている、ということも大きい。今までは全く有り難いと思わなかったが。

塞翁さいおううま……ということですな)

 ついでにいえば、ベリアルは他の軍との連携などを視野に入れて、元々様々な部族を加えた混成部隊を指揮していた。当然、スケるんもその役割を分担した経験がある。混成部隊は自然とその役割に応じて、部隊を再編成する頻度が多いくなる。

 だから、再編成を行うのにも手間取ることはなかった。

(しかし……その分、戦闘力に優れた者が不足気味なのが気になる……)

 とはいえ、今回は行軍速度が速い部隊以外とは、まず戦闘する機会がない。真っ向から戦闘するだけなら、おそらく最弱の勢力であるベリアルの軍にとっては、実に幸いなことに。

 色々紆余曲折うよきょくせつはあったが、ベリアルたちは作戦を成功させ、マルコシアスは討伐された。追撃部隊を最も的確かつ迅速に統率出来る、魔王軍最速の軍はこれでしばらく機能がマヒするはずだ。

 予定通りの時間は稼ぐことは出来た。だが、なにか嫌な予感がする。単なる懸念であればいいのだが……




 竜魔人とも呼ばれるアシュタロスは、高さだけで四メートル近くある巨大な二足歩行のドラゴンであり、戦闘力だけなら魔王軍最強の幹部である。ベリアルでさえ、正面から無策では戦えないほどだ。

「これほどの時間が経過して、侵入した人間を見たものがいない……だと?」

 配下はその言葉に萎縮していた。おそらく、アシュタロスからの叱責があると思ったのだろう。だが、アシュタロスはそれを無視した。

(陽動か……? しかし、だとするとなにが目的だ?)

 配下がいくら無能だろうが、人間が攻め入って来ているなら、姿を見たものがいないなどあり得ない。それでは、城の内部に攻め入るには数が少なすぎる。

 逆に、巧妙に姿を隠していると仮定すれば、それは陽動か破壊工作なのだろうが。被害報告からは、重要な物資を狙うことより、城の内部に攻め入っているように見せかけていることを優先しているように思える。まず陽動だろう。

 問題は、その目的である。

「外でベリアルがオリアスと戦っていたというのは、本当か?」

 この言葉で分かる通り、ベリアルの事が城の内部で確定情報となったのは、既にベリアルが撤退した後のことだった。それほど、内部はかき回されていたのである。また、マルコシアスの死も動揺を与えており、情報を精査するのに時間がかかったのだ。

「真でございます。ベリアル様は我らを裏切った模様です」

「……人間と一緒にいたという件が不可解だが……いや、人間の中に勇者も居たのだったな……勇者を交渉の仲介にしたのか?」

「閣下?」

 部下が言葉の意味が分からずいたが、アシュタロスはやはり配下には取り合わない。己の思考を巡らす。

「あの女は非情に成り切れんところがある。配下を見捨てて自分だけが保身に走るとは考えにくい……ベリアルの軍の者は、何処でなにをしている?」

「……ハッ! 至急調査致します」

 その報告を聞いてから、アシュタロスは黙考する。陽動がなぜ行われたのか考えると、おそらくは自分が今考えている通りのことが起こっている。

 もしそうなら、可能であればベリアルの軍を追撃する必要があるだろう。だが、今から追撃間に合う戦力で、適切な者となると選別が難しいだろう。



 結果は、アシュタロスの予想した通りだった。

「ベリアルの軍に所属する者は、魔王城にはおりません!」

 部下も、そのことを知ってようやく事態を理解出来たようだ。要するに、勇者を仲介役にすることで、第三軍としてではなく人間との同盟軍としての地位を得られることになり、裏切ることを決意したのだ。

 自分だけでなく配下を可能な限り高い確率で生かそうとすれば、そうせざるを得ない。

「この魔王城から撤退したとなると、指揮したのはベリアルの腹心、スケるんか……奴の手腕からいって、今から追撃可能な部隊は限られる」

 そこまでいって、アシュタロスは念のために呼んでいた魔族を呼んだ。

 サブナック。オリアスと同じ蛇獅子の魔族である。配下の中でも若く有能だが、野心家でもあるためにオリアスからは信頼されていない。その辺り、オリアスは指揮自体は無能だが、決して部下を見る目がないわけではない。

 アシュタロスの要請とはいえ、直属の上官たるオリアスのことを全く気にかけもせずに、こうしてここに来ているのがいい証拠だった。

「サブナック。今から貴様には、指揮下の部隊によってベリアルの軍へ追撃を行って貰う。無断で兵を使う件は、私がオリアスに話をつける。場合によっては、貴様に武勲に相応しい地位を与えることも、ダンタリオンと検討しておく」

「ありがとうございます、アシュタロス様。では、これにて」

 アシュタロスは本来、このように武勲を重視して主君を軽んじる者は、決して好きではない。とはいえ、こういう場面では扱いやすい輩なのも事実だ。

(マルコシアスの軍を再編成する必要もある……一時的にサブナックへ、それなりの部隊を預けるのも良いだろう)

 無論、野心家の飼い犬に手を噛まれるのはゴメンだ。将来的にサブナックがどうなるかは、当事者の働きと心構え次第である。




 魔族にとっても、深い森を集団で進むのはあまり楽なことではない。

 とはいえ、念話や暗視などに長けたスケルトン族が、一定間隔で誘導を行っているし、なんだかんだで人間よりはよほど移動速度は早い。

(とはいえ、オリアスの配下が追撃に来ているとは……オリアス自身の指示とは思えないが)

 そう、追撃部隊が迫ってくるのが予想より早いのである。流石にスケるんも、アシュタロスがオリアスの配下の中から自分で動かせそうな者を、あらかじめ見つけていたとは考えていなかった。

 とはいえ、最悪の事態は避けられた。森を通るのは何も、他の軍も集団では移動速度が鈍るから、というだけではない。森の中では、隊列を組んで整然と移動していても、遠くからでは見えにくいからだ。

 遠見とおみの魔術は、他の軍には使い手が多くないこともある。無論痕跡を辿って追ってくるだろうが、少なくとも前方や側面に回り込まれて奇襲される恐れはない。となれば、罠も十分に機能する。

(フレイヤ様からいただいた代物……本来はもしもの備え程度に渡された代物でしたが……ここまで役に立つときがくるとは)

「しんがりは私が務める。おそらくは私を足止めして、先に進もうとする連中が出るはずだ。お前たちは、そちらを迎撃しろ。可能な限り囲んで仕留めろ。以上だ。本隊の被害がいかほどで済むかは、諸君らの働きしだいだ。諸君らの健闘に期待する! 以上!」

(ベリアル様とは違って、私にはこういうのは向いていないのですがね)

 とはいえ、本隊の被害を抑える迎撃の役割を与えられた者たちは、ベリアルの軍で精鋭と認められたも同然なのだ。命の危険があるのは分かっているが、その矜持きょうじゆえに彼らの士気は決して低くない。

(相手もおそらくは軽装なのが救い……追撃を優先した軽装、しかも若干こちらに有利な森の中での戦闘……被害は幾分抑えられますな)

 そして、もう一つ。既にフレイヤたちは作戦目標を達成した上で、こちらに向かっているらしい。追撃部隊が予想より早く編成されていたため、おそらく戦闘開始には間に合うまい。それでも、あの戦闘力を目にすれば、相手の士気は下がるだろう。


 そして、指揮官がいくら手強かろうと、あの勇者ならば足止めに成功しさえすれば、後はなんとかしてくれる。自分は手練の足止めを優先すればいい。

 そしてスケるんは、追撃部隊を出迎えるための準備をすることにした。

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