第18話 魔王城強襲作戦 本祭・参
スケるんが率いる陽動部隊の作戦は、今のところ順調に進行していた。既にベリアルの配下が魔王城から撤退を開始しているが、魔王城内外の混乱によってそのことはバレてはいない。
アシュタロスもダンタリオンも、内部の混乱を収束させつつ侵入者(そんな者はいないのだが)を排除することに注力せざるを得なくなっており、ベリアルの軍の動向にはまだ気を配れる状況にない。
スケるんは
(ま、ベリアル様が反乱されたからといって、配下全員がベリアル様に同調して同行するかどうかは、また別の話ですからな)
だから、多少ベリアルの軍に所属する者が動き回っていたことを不審がる者がいたとしても、ベリアルの軍全体が裏切ったとの確信にまでは、至れはしない。
(とはいえ、軍全体が裏切ったとバレるのも時間の問題ですが……)
今このタイミングで魔王城からベリアルの軍勢が離れることは、予定にはない行動である。情報が錯綜している今だから、まだ行動理由を聞く者や追撃部隊が編成される様子はないが、いずれ魔王城からベリアルの軍勢が隊列を組んで移動していることは、城の内外に伝わるだろう。
(出来るだけ早く、マルコシアスが討伐されれば良いのですが……)
そうすれば、内外の混乱は更に加速するだろう。ベリアルの軍の行動に関して組織的に動くことは、後回しにせざるを得なくなる。
それに、脚の速い追撃部隊はマルコシアスかオリアスの軍勢でないと構成出来ない。マルコシアスが討たれれば、その動揺で外にいる二つの軍勢がすぐさま追撃部隊を編成するのは、困難を極めるはずだ。
それでも、いずれは追撃部隊が編成されるだろう。ベリアルの軍勢は様々な種族による混成部隊であるため、行軍が速い種族ばかりではないからだ。非戦闘員もあまり多数動かすと不審がられるため、さすがに全員は事前に逃がせなかったのだ。そのため、おそらくは追いつく余地があると判断されるだろう。
それを含めて、こちらも時間との戦いだった。
マルコシアスは、自身の判断ミスに遅ればせながら気付いた。
(あの脚への打撃……むしろ肉体の内側へダメージが浸透している。思っていたより遥かに回復が遅い。それでいて斬撃でなかったのは、私に即時撤退を判断させないためか)
もし脚へ斬撃が決まっていたら、マルコシアスは即座にその場から一時撤退をしていただろう。総指揮官の撤退は部下への士気に関わるが、傷が深い負傷でもなおこの勇者と戦い続けるほど、マルコシアスは無謀ではない。
(それをさせないために、私と部下の双方に傷が深いと分からんようにするとは、どこまでも先を読んで行動しているようだな、この勇者は!)
そう、マルコシアスは脚への打撃は
まだ脚は動くが、脚を負傷した状態でのこの勇者との交戦は、マルコシアス最大の武器である速さを活かすことも出来ず、体力も精神も消耗が著しい。
そして、空中に逃れることも敵わない。
「跳んで一旦距離をとれ、マルコシアス!」
オリアスからもそう言われた。だが、ベリアルと対峙しつつその言葉を口に出来るということは、ベリアルがオリアスの相手だけに注力しきってはいないということだ。
(つまり、私が跳べばベリアル殿が私を倒しにくる可能性が高いのだ、友よ)
ベリアルとマルコシアス。空中戦をすればどちらが勝つかなど、明白だ。目の前の勇者はそれが分かっているから、あえてマルコシアスが跳ぶことを阻止するようなことをしないのだろう。
魔王軍の幹部の中で空中を飛行できるのは、ベリアルとマルコシアスとアシュタロスだ。だが、この中で長時間飛翔出来る者となるとベリアルとアシュタロスだけだ。マルコシアスの翼は、自重に対して非力で滑空に近い。ベリアルとアシュタロスの翼に関しては、翼そのものが魔力によって力場を発生させている。だから長時間飛翔出来るのだ。
空中での自由度、高速さと飛翔時間の全てを兼ね備えているのは、ベリアルのみだ。アシュタロスは飛翔こそ出来るが、自重が凄まじいせいで速くない。
幹部内では、空中戦では完全にベリアルの独壇場なのだ。
(そのベリアル殿が、こちらを狙えるだけの余力を残して戦っている。空中に跳ぶのは死を早めるだけのことだ……)
とはいえ、このまま戦っていて勝機があるかはかなり怪しい。この勇者は実力の割には慎重らしく、詰めの一手を確実に叩き込めるように、こちらを確実に追い込んでいく。
完全にジリ貧なことは分かっていた。だが、マルコシアスとしては安易に死ぬよりは、地上戦で僅かな好機がくるまでひたすら耐え忍ぶことを、あえて選択したのだった。
フレイヤにとって、マルコシアスの戦闘方法は完全に予想外だった。
(主戦派だと聞いていたから、あまり堪え性がない方だと思っていたら、なかなかどうして……ここまで粘り強いとは)
状況はもはや、ジリジリとではあるがフレイヤに有利に進んでいる。俊敏さが最大の武器であるマルコシアスの長所を奪い、打撃戦に持ち込んだまではいい。
だが、マルコシアスは戦闘中に脚力が戻ることはもはやないと承知の上で、すぐに逆転狙いの賭けに出るつもりがない。それでいて、諦めている気配も全くない。目に宿る決意は、あくまで勝つことを諦めていない。
上半身の俊敏さは未だ健在だ。それを用いて、こちらが迂闊に攻勢に出られないようにすることに徹している。
(持久戦でも不利なことに変わりがないことは承知の上で、状況の変化を逃すまいとしている……勝負に出る機会をうかがう慎重さと粘り強さを兼ね備えているとは、厄介な……)
そう、フレイヤたちとて時間に余裕が有るわけではない。本来はこちらこそ持久戦を割けたいところだ。ただマルコシアスは、こちらの事情を把握できているわけではないだろう。
とはいえ、本来ここは魔王軍の総本部であることを考えると、マルコシアスが例え最終的に自身が敗北するとしても、持久戦で時間を稼ごうとするのは必ずしも悪手とはいえない。
(つくづく、オリアスと比べると優秀さが目立つ……出来ることなら、仲間になってほしいくらいだ)
そう考えつつも、マルコシアスの速度を重視した打撃を、こちらも速度重視で叩き払う。勝負を急いでいることはおくびにも出さない。第一、マルコシアスの速度はかなりのものだ。勝負を急げば、逆に隙を晒すことになる。
打撃戦自体は終始こちらに有利に運んでいるのだが。両者が望んでいない持久戦は、このまま続くかと思われた。
事態が動いたのは、ベレトの気の緩みからだった。魔力の供給アイテムの使用回数は残り三回となっている。ベレト自身も精神的に疲弊しており、全体の動きを把握しきれなくなっていた。
それに、オリアスの配下たちはわりと積極的にリンドヴルムに挑んだり、その攻撃範囲から逃れて周囲の情報を集めようと動く。
だから、若干動きが鈍いマルコシアスの配下たちの方へ気を配れなくなってきたのも、無理からぬことだった。
「しまっ……!」
リンドヴルムの攻勢の合間をぬって、フレイヤへと近づく人狼族がいた。マルコシアスの部下二体が、死をも覚悟して総指揮官を救おうと動いたのだ。
ベレトは反応が遅れてしまい、もう手を出せない。今リンドヴルムに攻撃させれば、フレイヤもろとも巻き込んでしまう危険が大だ。もはやベレトでは手出しが出来ない。
「フレイヤ!」
そう叫ぶのが、精一杯の出来ることだった。
マルコシアスは、部下のその行動がどう転ぶかに注力していた。場合によっては、この勇者は加勢に来たはずの部下の行動を利用するかもしれない。
事実、勇者は竜の巫女からの声で部下が接近していることは察知している。必ずしもこちらに有利にことが運ぶかは微妙だ。
(だが、このままではいずれ敗れるだけだ……あとはこの勇者がどう出るかだ)
フレイヤは敢えて後退しない。マルコシアスから離れれば、リーチの差で向こうが若干有利だからというのもあるが、今離れればかえって人狼族二体が援護しやすい状況になる。
マルコシアスと対峙している状態なら、自然と近づける方向や攻撃可能な数は制限される。結局、二体は同時には攻撃できなくなり、最初の一体はフレイヤの背後を攻撃しようとした。そのときになって、始めてフレイヤは一瞥をくれた。
その攻撃を、フレイヤは先に見た動きからの推測だけで躱しつつ、杖で吹き飛ばした。そして、二体目の人狼族にいたっては攻撃してきた腕を掴んで拘束しつつ、背後に回り込む。
(見事……! だが……!)
マルコシアスは若干
(お前たちの覚悟、無駄にはせん!)
そしてマルコシアスは、渾身の力を込めて右腕の爪による突きを放った。勇者を部下ごと貫くために。
ベレトは見た。マルコシアスが全身全霊の突きで、人狼族の半身を貫き臓物と血を撒き散らすのを。そして、それを躱しながらフレイヤが強引にその人狼族をオーバースローによって、マルコシアスへと投げ放とうとするのを。
「
フレイヤとしても、それは意外なことだった。本当はこの人狼族をただの盾代わりにしつつ、その後マルコシアスへ向けて吹き飛ばすことで、隙が出来れば儲けもの程度に思っていた。
だが、マルコシアスの突きの動作を見て、とっさに人狼族を盾にするのはやめた。今までとは明らかに、力の込め方が違う。人狼族の身体は人間と比べれば遥かに丈夫だが、とても盾に出来るような威力の突きではない。
人狼族への拘束がゆるくなることなどお構いなしに、多少体勢が崩れた状態になろうとも全力で回避することを選んだ。その結果、マルコシアスの突きで人狼族は身体が半々に別れることになった。
(好機……!)
フレイヤも若干体勢を崩していたが、逆転を狙って渾身の突きを放ったマルコシアスほどの隙はない。今このときこそ、勝負に出る好機だ。幸い、マルコシアス自身が幕引きだ!人狼族を高速で放り投げやすい大きさと重さにしてくれた。
「
全力で投げ放った人狼族だった肉塊は、マルコシアスの脚部を強打した。奇しくも、フレイヤが
その痛撃でがら空きとなったマルコシアスの胴へ、フレイヤは杖を突きつけつつ、全霊の魔術を放つ。
「
霜の如く降り注ぐ流星の様に、杖から幾つもの剣が光の軌跡を描きながら、さながら散弾の如く放たれる。その剣たちは、容易くマルコシアスの胴を切り裂き、抉り取り、そして粉砕したのだった……
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