第17話 魔王城強襲作戦 本祭・弐
スケるんは、フレイヤたちの突入タイミングが遅れていたため、陽動のタイミングをずらそうと思っていたが、ここ最近はあまり大規模演習が出来ていなかったことから、隊列を組むのが遅れているのを見て考えを改めた。
(結果的にはそれで正解でしたな。陽動を先にすると、そちらの確認にマルコシアスやオリアスが向かいかねない)
そうなると、状況が混沌としてやり辛くなりかねない。陽動は、フレイヤたちが主にマルコシアスを仕留めるまで、別働隊がいると魔王城の残りの兵に思わせることが肝心なのだ。
「こちらも作戦を開始。魔王城内部へと侵入する別働隊がおり、しかも魔王城への破壊工作を随時実行中と思わせる。しばらく脱出部隊の誘導は任せる」
しばらくスケるんは陽動部隊の指揮を優先するので、よほどのことがないかぎりは、脱出部隊の誘導は同じスケルトン族の有能な物が指揮することになっていた。そうすることで、なにかあった瞬間にスケるんへと情報が伝わり、指示の変更も円滑に行うことが出来る。
陽動の方法は、魔力量のせいで攻撃魔法が得意でないスケルトン族でもなんとかなるよう、フレイヤが提供した人間の爆発物と、魔術式の識別式トラップを場所に応じ、アレンジして使うことにしている。
外は人間が開発した爆発物を使用する。識別式の爆発トラップは触った相手の魔力に応じて威力が変化するため、外から侵入を謀ったように見せかけるのには向かない。
反面、触れた相手を爆発させる魔術式のトラップは威力は劣るが、火薬の類と違って触れた瞬間に起爆させることが容易に出来る。内部に侵入した者がいると見せかけたのちは、そちらを順次起動させたのちに陽動部隊は撤退する。
その後、侵入者がいると思い込んで探索するものが勝手に爆発することで、中に侵入したものが破壊工作を行っていると錯覚させる。
外からリンドヴルムが突撃した時点で中の兵も多少は動揺している。冷静になって単なる引っ掛けだと気付くのには、通常よりは時間がかかるだろう。
後は、その間にマルコシアスなどを討ち果たし、更に混乱が助長されている間に、味方を逃がすだけなのだが……
「何処までうまくいきますかな……」
おそらくは、マルコシアスを討つまでは問題がないだろう。ベリアルとフレイヤが組んだ以上、それはまず問題がない。問題はあくまでその過程とその後だ。
フレイヤは口上を述べたが、相手の返答を待つ気は一切ない。今のはこれから始まるであろう陽動に対し、主にマルコシアスの関心をこちらに惹きつけるためのものでしかない。
「なぜ人間が私の名を……」
その言葉が終わらないうちに、マルコシアスの懐へとフレイヤは飛び込んでいく。マルコシアスは体高三メートル前後の人狼族より大きく、体高四メートル前後はあると思われる。明らかにそれらより小柄なフレイヤからすれば、一気に懐に飛び込んだ方が、かえって相手の選択肢を削ぐことが出来るだろう、と考えたからだ。
だが、その考えは相手からすれば実に分かりやすかった。案の定マルコシアスは腕を振るって迎撃……
「ムッ!」
「ちっ!」
マルコシアスは恐ろしい反応速度と俊敏性で、先ほどまでの動きとは全く別の回避行動に移っていた。その首のすぐ右の空を、フレイヤが右手に携えた杖から伸びた
フレイヤがそのまま追撃しようとした時には、マルコシアスの先程までは振っていなかったはずの左腕が間近に迫っていた。だが、その行動が分かっていたかのように、フレイヤは右の肘打ちでその腕を逆に強打する。
マルコシアスはその一打で理解せざるを得なかった。彼が振るった腕は弾かれこそしなかったものの、フレイヤの方を微動だにさせられない。しかも、その攻防で自分の腕は強打で痺れているが、相手の方はおそらく大した痛みすらない。重くて硬い岩盤などへ、自ら腕を叩きつけたような感触だったからだ。
(しかし、人間の肉体強度でこれだけの筋力を発揮して、どうして無事でいられるのだ!)
無論カラクリはある。フレイヤが口にした『ベット、レイズ、コール』という呪文は、エーテルを蓄えたヤドリギからエーテルを逆流させることで、一時的に魔力の出力限界を引き上げられる代物だ。
それによって、自身の肉体強化と筋力強化を高レベルで両立させる。フレイヤの魔力量を持ってしても、外部からの魔力供給がなければ短時間しかこのバランスを維持出来ない。どちらかのさじ加減を少しでも誤れば、それだけで自身の肉体を自身で崩壊させかねない。
もともと制御そのものも難しいが、外部からのエーテル供給などの関係による時間制限もあるため、多用は出来ない真の意味での切り札だ。
スケるんたちによる陽動作戦が始まったのは、ちょうどこの時だった。爆発音がフレイヤたちにまで聴こえてくる。この爆音で動揺したのは、今魔王軍に所属しているものだけだ。フレイヤたちにとっては、予定調和のことだからである。
マルコシアスも動揺していた。ただし、流石に戸惑っていたわけではない。他のものとは違い、兵や自分がどう動くべきかを考えていたのだ。
だが、その僅かな時間の逡巡は致命的な隙となった。
「
マルコシアスの腕を肘打した姿勢から、素早く杖で左脚を突く。杖が脚に触れた瞬間、エーテルを起爆剤とした指向性の爆発が発生した。その爆発自体はむしろ小規模なものだった。マルコシアスの左脚も、多少焦げた痕がついたのみだ。
だが問題は、むしろ杖の突きと衝撃の相乗効果による脚内部の機能不全だ。
(してやられた!)
マルコシアスは反撃しようとしたが、フレイヤは爆発による衝撃を利用して飛び
この攻防は、一旦仕切り直しの様相をていしていた。
一方、ベリアルの方はリンドヴルムから飛びおりるさいに、ベレトを地上に下ろす作業があった。フレイヤと違って、ベレトには加速して落下するリンドウルムから無傷で飛び降りれるような、異常な身体能力はないからだ。不本意ながらもベレトと密着。自身の悪魔のニ翼と堕天使のニ翼を同時に展開して、落下速度を抑えて着陸し、ベレトを地上に下ろす。
「オリアース! 今バラしてやるからなぁ!」
その後、ベレトを置き去りにして一気にオリアスへと肉薄していく。その顔は少し前まで仲間だった者を討つというより、宿敵とようやく戦える喜びに満ちていると表現する方が近い。
「来たれ、我が無双の一振り!」
「貴様、ベリアル! 裏切ったのか!」
ベリアルが碧水晶の大剣と、それを呼び出す呪文にオリアスが反応する。一軍の指揮官としてはともかく、戦士としては優秀なのは確かなようで、このような状況下でも素早くベリアルに対して迎撃体勢をとる。
「公然と命令を無視する輩に、言えたことか!」
よほど
陽動部隊による作戦が始まったのは、このときである。
だが、オリアスはマルコシアスほど隙を晒していなかった。ただこれは、オリアスが冷静だったというよりは、オリアスが自分の指揮官としての能力をある程度見限っていたからである。であるがゆえに、オリアスは自分の有能と判断した副官たちにある程度の裁量権を与えており、緊急の際には自己の判断で部隊を動かすことを許していた。
こう言えば聞こえがいいが、要するに自身がベリアルの相手で手一杯であるから、何が起ころうが今は全て部下に任せることにしたのだ。部下を信じていると言えば聞こえがいいが、要するに自分で判断出来ないことは全て部下に投げっぱなしなのだ。
(だがそのせいで、案外オリアスの配下は動揺していない……か)
無論全く動揺していないわけでないが、総指揮官であるはずのオリアスからの指示を待たずに、自分たちで考えて行動する癖がついているのだろう。動揺を続けることなく、今起こった爆発を確かめるものとこの場の状況に対応するために残るものを、自分たちで決めて行動しようとしている。
「ベレトちゃん!」
「ちょっとは冷静になったようだな!」
ベリアルの問いかけに、ベレトはそう返した。ベリアルもオリアスへの戦いに集中していたようだが、基本的にオリアスは本来どうしてもここで倒さなければならない相手ではない。
マルコシアスと合流されると、マルコシアスを倒すのが面倒になるから足止めしているだけだ。更に言うと、オリアスの副官たちに陽動部隊を探されるのは少々面倒だ。オリアスの配下たちも機動力が高い。陽動部隊の行動を追尾されると、下手をすると陽動部隊の正体と目的に気付かれる恐れがある。
ベリアルに、その点に気を回すだけの冷静さが戻ったことに安堵しながら、ベレトはリンドヴルムに命令を下す。
「薙ぎ払え!」
ベレトの役割は、リンドヴルムによる威嚇と圧倒的な攻撃力によって、ベリアルとフレイヤが包囲されないよう、撹乱をすることだ。ベレト自身は、リンドヴルムの巨体によって生まれる隙を攻撃しようとする魔族を、今まで特訓してきた剣術で倒す露払いである。
今は、陽動部隊の方を見に行こうとしたオリアスの副官の部隊を、リンドヴルムの
「ベット、レイズ、コール!」
フレイヤから渡された切り札、エーテルを蓄える性質を持つヤドリギからの、魔力逆流による魔力補給を行う。
(残りは七回……といったところか?)
既に二回ほど魔力補給を行っている。残り回数は概算で七回といったところか。フレイヤが魔力を込めただけあって、そうそう魔力が無くなることはないが、流石にリンドヴルムの召喚を維持するための消費量はバカにならない。
幸いなことに、フレイヤやベリアルの戦いは他の魔族にとっても高レベル過ぎるらしい。おそらくベレトが邪魔などしなくとも、そうそう割って入ることは難しい模様だ。リンドヴルムの攻撃で牽制していれば、尚更である。
(だが、それでもあまり長くは持たないぞ……)
予定では、マルコシアスを討伐後にはリンドヴルムに乗ってこの場を離脱するのだが、それまでベレトの魔力が持つかどうか。
この作戦は『時間との戦い』、その一言に尽きるだろう。
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