第16話 魔王城強襲作戦 本祭・壱
魔王城への強襲は、日の出を目安に行う必要がある。問題なのは、リンドヴルムの移動速度と魔王城までの距離との兼ね合いだ。リンドヴルムは巨体なので、おそらく魔王城の周辺へ到達した時点で目視され、騒ぎが起きるだろう。
「だからあまり到着が早すぎてもまずいんだが、かといって遅すぎると魔王城の外壁を利用出来ない」
「出来れば、外壁が陣形を整えるのに邪魔になる位置がいいものね」
ベリアルも同意する。とはいえ、その位置取りまでは流石に本来の予定位置からでも運が絡む。リンドヴルムの正確な移動速度が、まだ試せていないからだ。
「まあそのへんは、君の最高速度を基準にスケるん君に合図を送らせてくれ、ベリアル。後はこちらと向こうの連携で、なんとかしよう」
「了解よ、フレイヤたん」
しかし、これでうまくいく保証はない。後は、現地の方の陽動部隊による修正など、臨機応変に立ちまわる他にない。
作戦の全てが予定通りに進むはずはないということは、身をもって味わったことだ。大事なのは、むしろ作戦を進めるための修正が必要になったさい、いかにして上手く計画を修正出来るかどうか、の方だろう。
巨大な翼を持ち、二本の脚で大地を駆ける巨躯の狼、マルコシアスはオリアスのことは決して嫌いではない。むしろ友人としては、非常に好感が持てると思っている。ただ、少数精鋭を率いるならともかく、総指揮官として
(我々幹部の中で、他の勢力と柔軟な連携を取れる軍勢がベリアル殿と、強いていっても私程度というのは、大きな懸念材料なのだが……)
本来ならオリアスも、もう少し他の軍勢との連携や補助を出来れば、魔王軍はもっとそれぞれの軍勢の個性を活かした戦いが出来るはずなのだ。他の幹部たちも、自分が率いる軍勢の個性と利点に付随する欠点というものを、自覚した指揮をするべきではないのか。
(私とは違い、ベリアル殿は自身の軍勢を混成部隊としながら、その全てを活かして他の軍勢の欠点を補わせていた。そのベリアル殿を排斥する行為だ……裏目に出なければいいのだが)
マルコシアスも、今の魔王軍の戦力で人間と戦うことに異存はない。ベリアルはこの件ではあまりに慎重に過ぎる、とも思っている。
ただ、今まで彼女のその慎重さが時に魔王軍の窮地を救い、時に大きな勝利をもたらしていたことも事実のはずだが……どうも他の幹部たちは、ベリアルと人間の総戦力の双方を、若干過小評価しているように思える。
(一芸に特化した軍勢の欠点を補い合い、その長所を活かした連携をする……それが出来なくば、流石に今の人間の戦力には対抗しきれないのではないか?)
全て杞憂であればいいのだが……少なくとも、今の魔王軍のあり方そのものには、ベリアル以外の幹部はもう少し危機感を持つべきだ、と考えてしまう
「マルコシアス、貴様は日頃から考えすぎだ。久々の人間との戦だぞ。人間どもを蹴散らして、日頃の鬱憤を晴らす良い機会ではないか」
二匹の蛇の尾を持ち、二本足で
「オリアス。貴公はもう少し、危機感を覚えた方が良いと思うが」
マルコシアスはそう返したが、オリアスはこちらが渋面になっているのを見て、気を楽にするためにそう言ってきたことは理解していた。感情の機微そのものには敏いのだ、この友は。
「……この期に及んで、悩んでも仕方がないのも事実か。とはいえ、今回貴公と私が連れて行ける手勢は、精鋭だが少数……本来の目的からしても、あまり人間を倒すことに固執するべきではない」
「説教じみたことを。貴様は我の親でもあるまいに」
今度はオリアスが渋面になる番だった。とはいえ、オリアスはマルコシアスの忠告については、比較的真面目に聞く。オリアスとしても、引き連れていく配下は今回それほど多くないことは承知していた。
忌々しいが、確かに今回は適当なところで撤退するということも、視野にいれなければならないのだろう。本来は相手を殲滅するまで、存分に暴れ回りたかったのだが。それは、マルコシアスから入念に制止されていた。
「許せ、これも性分だ」
マルコシアスも、少々説教臭い物言いだったことは認めた。オリアスもそれで多少は機嫌が直ったらしい。これがマルコシアス以外だったら、まだ当分言い争いが続いていただろう。
「夜明けが近い……日の出と共に出陣するぞ。貴公も準備は良いか?」
「念願の戦だぞ? あたり前ではないか」
そうして、二体の幹部は出陣の時を待っていた。だが、マルコシアスはあることに気付いていた。
(いかん……どうも兵が隊列を組む動作が若干鈍い……しばらく大規模演習を控えざるを得なかったからか?)
このままでは、日の出と同時には出陣出来そうになかった。
一方、ベリアルたちは予想外にリンドヴルムが出遅れたことに焦っていた。
「まさか、リンドヴルムの飛行制御にこれほど手間取るとはね……」
とはいえ、ベリアルは別にベレトを責めているわけではない。スケるんからの合図に合わせ、飛行を始めたのまでは良かった。問題は、今すぐ目立つのは不味いため巨大なドラゴンであるリンドヴルムに、無理矢理低空飛行をさせる必要が生じたことが原因だからだ。
「まさか、天下のリンドヴルムが高度を一定に保つ飛行が苦手とは、想像だにしていなかったからね。ベレトのせいではないよ」
「そう言ってもらえると助かるが……だが、これで間に合うのか?」
「速度自体は相当速いから、今のペースなら多分大丈夫」
ベリアルは若干冷静さを取り戻していた。なにか根拠があるのだろうか。
「今陽動部隊連絡が入った。久々の大規模出兵で、出陣の準備に兵たちが若干手間取ってるって。オリアスもね!」
『オリアス』を強調していうあたりが、彼女の好悪を如実に表していた。
とはいえ、今回はマルコシアスの方が兵の大半を出しているはずなので、本来少数なオリアスの側も手間取っているのには、指揮官としての力量に問題があるのではないだろうか。
「今は助かるが、しかし君がオリアスを嫌うのも分かる気がするなぁ」
時には、無能な味方の方が厄介な場合もあるのだ。多分、何度もその尻拭いをさせられる羽目になったのだろう。それを教訓にしないのだから、嫌気がさすのは当然だ。
「見えてきた。陽動部隊からの連絡だと、オリアスとマルコシアスは城門の外周部で、陣が整うのを待っているらしいわ」
ベリアルが舌なめずりをする。色々あったが、なんとか帳尻が合いそうだ。
「ベレト、リンドヴルムで二体を分断! 出来るかい!?」
「やってみる……いや、やってみせる!」
それが出来れば、結果的に城門から魔王城内部へ幹部二体が逃げるのを、リンドヴルムそのもので止めることも出来る。
「それじゃ手はず通りにいこうか! 出し惜しみはなしだ! ベット、レイズ、コール! オーバードライヴ!」
マルコシアスは上空を飛翔する何かの物音を察知して、そちらを見た。今までは予定より隊列を組むのが遅れている部下たちに気を取られていて、それで察知が遅れた。それがこちらに突撃してくる、巨大なドラゴンだと気づいた時には、既に回避行動に入っている。
しかし、同時に気付いた。このドラゴンが憎き王竜リンドヴルムであることに。敵対する人間を守護するドラゴンなのだから、当然こちらに敵対するつもりなのは明白だ。それなのに、気付いた時にはオリアスが退避した方向と、逆に動いてしまっている。
(分断されたのか……!)
急いで合流せねば……そう思って動こうとしたマルコシアスを止めたのは、今まで戦で
流星の如く、何者かが今までマルコシアスが駆け抜けようとしていた場所へと、勢い良く落下してきた。意図的に、マルコシアスを狙っていたのだろう。
初撃を外されたとはいえ、その人物は対して落胆した様子はない。
「魔王軍幹部が一、翼狼のマルコシアス殿とお見受けする。私は勇者フレイヤだ。そういうわけで、私の名を冥土の肴にする代わりに、その首を頂戴させてもらおうか」
その女は、紫の瞳と紫の髪。圧倒的な美貌と魔力の持ち主だった。マルコシアスに対し杖を向け、不敵に笑っていた。
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