第15話 魔王城強襲作戦 前夜祭

 フレイヤたちは移動を開始した。近日中に現魔王城からマルコシアスとオリアスの軍勢が出撃するのを、スケるんを始めとするベリアルの諜報部隊がキャッチしたからである。

 一応ベリアルの帰還を警戒して出兵を中止する準備なども行っているが、それでもここまでくれば、土壇場でベリアルが帰還でもしないかぎりは確実に出兵を行うところまで、準備が進んでいるらしい。

「何も、これほどぎりぎりまで待つ必要があったのか?」

「幹部たち同士で作戦の折り合いが付かなくなって、一時出兵を見合わせるということもあり得たからね。特にダンタリオンは、どっちつかずな性格らしいし」

 ベリアル以外の幹部同士は、基本的には同格だということは、忘れてはならない。一部の者の強権によって作戦を強行させることが不可能な以上、幹部のいずれかの事情によって、作戦そのものが一旦中止になること程度はあり得た。

「流石にここまで準備が進めば、話は別だろうけど」

「今だともう出兵を取りやめることの方が大変だもの。単に自分の都合で作戦を中止させたりしたら、今後他の幹部から目の敵にされかねないしね」

「だから、この強行軍か……」

 今彼女たちは、天然の城塞と化している巨大な森林を通過している。

 実のところ、単に三人程度が現魔王城に向かうというのなら、ベリアルかベレトのリンドヴルム召喚で飛べば事足りる。だが、それだと旧魔王城や要所に配置された監視塔から発見されかねない……というのは、ベリアルの言だが。

 ベリアルは旧魔王城の他に、要所に監視のための塔を設置させていたのだ。森の中を抜けようとしたり、森を迂回するルートで人間が侵攻しようとすれば、そこから敵を発見して連絡する仕組みである。

 その塔にいる半分近くの魔族は、ベリアルの軍勢から配備された者たちなので、そこは既に手を回して監視するフリをさせているところだ。

「いくら私の軍勢以外が諜報が苦手だからって、流石に全部の監視塔を私の軍勢に任せるのは、私の軍勢の諜報員が不足するから勘弁って、そう思って他の奴らからも監視員を出させたんだけど。こういう時に、裏目に出るとはねぇ」

「まあ、とはいえ手が回っている監視塔は逆に道案内までしてくれてるんだから、非常に助かってるけどね」

 そうでなければ、視界を闇で覆うほどの深く広大な森林地帯でありながら、真剣にスニーキングしなければならなくなっていたかもしれない。森林地帯というだけで、人間にとっては道に迷う確率が跳ね上がるだろうに、だ。

 本来なら敵からも見つかりにくくなるはずの森林は、魔族相手ではあまり味方にはならない。むしろ、行軍を困難にしながら敵からの奇襲がわかり辛くなるだけで、人間にとっての利点がない。

 それでもこの三人(いや、二人と悪魔独りか?)ならば、ベリアルを案内役としてゆっくりと進行は出来ただろう。とはいえ、それでは現魔王城の方の状況変化に対応する余裕はないほど、移動に何日もかかったことは間違いない。

「強行軍で進めるだけ、遥かにマシか……」

「そういうこと」

 フレイヤは頷いた。それに、水や食料の問題もある。移動にかかる日数が多くなればなるほど、途中で補給出来る見込みの薄い水や食料を大量に保持しなければならない。どのみち、この森を楽な行程で踏破しようとすることは、不可能だということだ。


 スケるんからの緊急連絡はまだない。ただ、予定が変更になったという連絡もないということは、こちらの予定通りに事が運んでいるということだ。

「明日には、作戦開始予定のポイントに到着出来そうね」

「この距離からなら、ぎりぎり作戦を強行することも出来そうだ。最低限必要な準備は、ほぼ完了という所かな」

 ベリアルの言葉に、フレイヤも頷く。今日は目標の一つ手前の監視塔で休憩し、明日には目標の監視塔で作戦開始まで待機する予定だった。今までは順調そのものである。

「このまま、何事もなければいいんだが……」

 ベレトがそうつぶやく。フレイヤの言葉を疑うわけではないし、念のためにフレイヤから渡された切り札もある。とはいえ、ここからリンドヴルムを召喚して現魔王城まで攻めこむのは、ベレトにとっては非常に消耗が激しい。

 魔王城側の陽動部隊との連携には、タイミングをある程度合わせる必要もある。距離が開けば、それだけタイミングを合わせづらくもなる。

 出来れば、何事もなく明日の目標地点に到達出来るのが理想だった。

 何事も、理想通りに運ばないことがあるのが現実だが……




 それは、スケるんにとっても少々想定外の出来事だった。マルコシアスの軍勢が運んでいる物資などの流れから、準備が終了するのは今日の深夜になると想定していた。

 それゆえ、そこから出撃までの時間は早くても明日の昼頃、と算出したのである。マルコシアスの方はこれまでの準備も、相当急いで進めている。流石に、そこから更にほとんど休憩を挟まずに出撃しようとする、などとは思っていなかったのだ。

(ベリアル様に見つからないことを、ここまで優先しようとするとは……)

 想定外だった。もう少し余裕をもって出撃すると考えていたのだが。向こうも焦っているらしい。

「作戦の修正が必要かもしれませんな……」

 取り敢えず、ベリアルへ連絡を入れる。全てはそれからだ。




 ベリアルがスケるんからの連絡を受けたのは、ちょうどベレトが危惧を口に出した直後だった。タイミングが良いのか悪いのか。

「いや、作戦そのものに変更はない。こちら側は自力で時間調整が可能な場所には、既に到達できている。連絡ご苦労だった。明日の作戦指揮は、任せたぞ」

 ベリアルはそう言いながらも、こちらの方は日程を変更する必要があることを懸念していた。長年の経験から、なにもかもが作戦通りに進むはずもない、ともあらかじめ想定はしていたが。どう修正するかが問題だ。

「向こうも焦っているみたいね。明日の日が昇ると同時に出撃するつもりらしいわ。どうするの、フレイヤたん? 今からもう少し距離を詰めとく?」

「そうだな……いや、やっぱりここで休憩することにしよう。今からこちらが次の監視塔まで向かっていたら、とても休憩時間がとれない。かといって中間地点の森で野営するのも、逆に消耗するだけだろうし。前にもいったけど、ここからならぎりぎりリンドヴルムで突撃出来る距離だ。疲れを取ることを優先した方がいいと思う」

「そうか……となると、決行まで時間が出来たな。しかし……今まで疑問だったんだが、んじゃないのか?」

 ベレトの疑問に対して、ベリアルの表情は今更なにを言っているのこの子は……といった呆れ顔だった。フレイヤも微苦笑している辺り、二人はその程度のことは疑問にすら思っていなかったようで、ベレトへもわざわざ説明する必要がない、と考えていたらしい。

「察しが悪くて、悪かったな! ……だが、こういう戦略や戦術論の類は大の苦手なんだ。それに今まで、そういうことを考える余裕もなかったし……」

「いや、私たちも説明不足だった。ベレトは剣の修行もあったし、その点に思い至らなかったのも、無理はないかもね」

「フレイヤたん、ベレトちゃんのこと甘やかし過ぎなんじゃない?」

「そうはいうが……人間も魔族も、得手不得手が有るのがあたり前だよ。今回は本当に、剣の修行にぎりぎりまで専念させてたし。戦術論なんかは今後の課題にするとして、今回はさくっと教えてあげよう」

 ベリアルは肩をすくめた。正直、フレイヤがベレトに特別甘めなのは事実だと思うのだが。ただ、確かに今回は自衛の向上を兼ねてということもあって、剣の修行はかなり厳しかった模様だし、向き不向きの類があるのも事実だろう。

「まず、そのままだとベリアルに補足されるという点、これは事実だ。ただし、、というのがヒントだよ」

「……うーん……マルコシアスとオリアスが率いる軍とは別に、配下に指揮させる別働隊を進ませる……とかか?」

「ああ、なんだ。それくらいは分かっているんじゃないか。そうだね、多分連中はこのままいけば、そういう風に軍を編成はするだろう。ただ、それじゃあ及第点はあげられないな」

(なんだかんだ、フレイヤたんの場合教えるとはいっても、一から十まで解説はしないのよね……)

 魔導師というのは、皆こういうものなのだろうか。

「他にあるじゃないか。が、ね」

 ベレトはやはり、すぐにはピンとこないようで唸っていたが。

「うーん……旧魔王城か!?」

「そうだね、それで及第点だ」


 フレイヤは地図を広げて、ベレトへと詳しく説明することにした。

「旧魔王城は、今は人間の勢力圏拡大を阻止するための拠点としてしか、まともに機能していない。だが、それだけに人間側が一朝一夕ではどうにも出来ないように、まとまった戦力を保有している」

「その防衛戦力を、人間の拠点への攻撃に使うのか……しかし、それだと旧魔王城の防衛戦力が不足するんじゃ……いや、まさかそのための出兵か!?」

「正解。花丸をあげよう。そうさ、別にマルコシアスとオリアスは少数精鋭の部隊を率いて、人間の拠点に奇襲を仕掛けてもいい。ただ、残りの大多数は旧魔王城への戦力補充に回す予定だろう。これで、ベリアルに止められる心配もない」

「なんで……いや、そうか。旧魔王城の防衛戦力が不足している状況なら、ベリアルには止められない。旧魔王城の防衛戦力は、どのみち補わないと問題になるから……」

「そう。そしてマルコシアスとオリアスはそれぞれ別のルートで森を移動するんじゃないかな? ベリアルがどっちかを見つけたとしても、どちらかは人間の拠点を攻撃出来るわけだ。仮に両方止めるために移動したところで、どのみち旧魔王城の戦力は止められない。三つの部隊全部を制止するのは、後手に回ってしまってからは不可能に近い……ベリアルの部下を回すという方法もあるけど、かもしれないし」

「連中ならやりそうだから、笑えないわ」

「消すって……まさかベリアルからの使者を殺すということか?」

 ベレトは驚いているが、ベリアルはまああり得るだろうな程度の表情だ。フレイヤとしては、簡単に思いつくもののあまり好きな手段の話ではない。

「ベリアル本人ならそもそも戦闘力が高すぎて難しいけどね。ベリアルの配下なら死体を埋めて、使者が来ませんでした……で終わりに出来る算段が高い。実際、使者とて事故とか追跡に失敗して追いつけなくなったとか、そういうことはあり得るしさ」

 フレイヤはここで一旦溜め息をついた。この手の話は正直話していて面白くはない。

「相手が機動力に長けていない部隊ならともかく、マルコシアスとオリアスは足が速い。どのみち、使者が追いつける可能性自体も高くはない。出陣直後ならスケるん君が止めに入れるだろうが……多分、戦力差を盾にしてベリアル本人が来なければ、そのまま押し通るだけだろうし」

「スケるんをそんな風に扱ったら、後が怖いのにねぇ」

「お前、あいつのこと骨野郎とか言ってなかったっけ?」

 ベレトは、ベリアルがスケるんのことを、そのようなぞんざいな呼び方をしていたように記憶している。ただ、それはベリアルなりの親愛なのだろうとも思うが。親しいからこそのように言っているだけなのは、ベリアルの態度でよく分かる。明らかに他の幹部よりは、スケるんのことを気に入っていることくらいは。

「ま、連中が何を考えていようが、明日それが全て幻想に過ぎなかったと教えてやればいいよ。もしかすると、旧魔王城の方もおかげ様で陥落するかもよ?」

 ベレトとベリアルも頷く。明日の作戦で勝利すれば、連中が何を考えていようが関係がない。全てを台無しにしてやれるのだ。


 特にベリアルにとっては、今までさんざん苦労をかけさせられてきたオリアスに対して、存分に痛い目を見させられると思うと、楽しみでしょうがなかった。

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