第14話 風雲 魔王城! その伍
先ほどフレイヤが不敵に語った作戦について、ベリアルには疑問があった。別に、作戦そのものが決定的にまずいという訳では無かったが。
「その作戦、秘密裏に現魔王城に潜入するのに比べて、どういった利点があるのかがはっきりしないんだけど」
「ポイントとなるのは、君たちの軍勢が魔王城から安全に離脱出来る時間の長さ……かな。現魔王城潜入作戦なら、私たち三人はローリスクだけれど、向こうを混乱させられる時間はおそらくそう長くはない」
なぜなら、作戦が遂行出来た後もフレイヤたちが現魔王城に残って、工作活動を続けれられる保証はない。ベリアルの軍勢にある程度の混乱は起こすように手配はしているのだが、それだけでは長時間の混乱となるかは微妙な所だ。
「出陣直後のマルコシアスを討てれば、残った配下は動揺するだろうし、作戦の見直しも必要となる。それ以前に、総指揮官が目の前で討たれて動揺した軍勢は、むしろ短期的には邪魔でしかない。他の幹部が混乱を治めようとしたところで、混乱を治めるのは決して容易とはいえないだろうね」
「ローリスクローリターンか、ハイリスクだけれど私の軍勢をより長時間逃せる作戦を取るか……フレイヤたんはてっきり、博打は嫌いな方だと思っていたわ」
「見込みがないことに賭ける趣味はないけどね。どのみち危険を冒すことに代わりはないし、ならばそれに見合うだけのリターンが欲しいのさ。それに、君とベレトと私なら、成功率はそこまで低くはない。あ、スケるん君もいたか……まあ、そうでなければ、このような作戦はそもそも提案しないよ」
ベリアルは黙考した。確かに、作戦の成功率は下がるかもしれないが、出陣直後に総指揮官が倒れた場合と、出陣前に総指揮官が倒れた場合。どちらの混乱が長く続くかといえば、それはおおよそ前者だろう。そもそも、出陣はしたものの総指揮官が倒れてしまった兵たちについては、まず指揮系統の再構築もせねばならない。作戦自体も変更するかどうかで、論議が起こるだろう。
作戦を継続させるにしろ、作戦そのものを諦めるにせよ、それ相応の指揮を幹部級の者が執る必要が生じるのは、まず間違いない。
「私も賭けに出ることにするわ……たしかに、魔王城に侵入してマルコシアスだけを倒したところで、配下の軍勢をオリアスの方に追われたら、おそらく行軍途中で補足されてしまうから」
ベリアルも腹をくくることにした。あの脳筋は遠距離遠征にはまるで向いていないが、敵をある程度補足出来ている状態での追撃戦には滅法強い。そもそも、相手を逃さず殲滅することを目指した結果が、オリアスの軍勢なのだから。
あの脳筋自体はともかく、奴の軍勢はベリアルたちの現状ではマルコシアスについで脅威となる。出来るだけ長い時間抑えておきたい。
「決まりだね」
フレイヤも首肯した。
一方、スケるんはスケるんで戦いの準備を進めていた。
「ふむ、それにしてもフレイヤ様はまた随分と気前のいいことを……」
そうして、紙の束をめくっていく。目ぼしい情報を拾い上げようとしたところで、注意書きがあることに気づいた。
「……私の魔術の技量に合わせた、アレンジ方法まで考察されてあるとは……」
とはいえ、これでもまだ自身での研鑽が必要なようだが、これはそれに値する価値のある、重大な切り札となりうるだろう。自分の戦闘力を補いうる策として、おそらくこれ以上の物はない。
後は精鋭の部下たちとの入念な打ち合わせで、少しでも長く陽動で戦闘力の低い者たちが逃亡する時間を稼ぐ。陽動を担当する部下たちは、ベリアルの配下としては戦闘力に長けた者たちであり、陽動と同時にしんがりを務める。
危険な任務だが、ベリアルへの信頼と非戦闘員を含めた大勢の味方を守るという、極めて重大な役割だという自負からか、この任務を断る者は出なかった。
幸いなことに、他の軍勢も戦を始めるための物資などの搬送を、ベリアルたちに悟られまいと必死な状態であって、ベリアル側も物資を搬送していることに気を使える者たちはほとんどいなかった。
ゆえに、脱出決行までの間に気取られる心配はまずないだろう。後は、双方の準備が整うのを待つばかりだ。
「どうなりますかな、この戦は……」
正直な所、ベリアルの軍勢の逃亡に関しては、相手の出方を予想出来ない。最善は尽くすものの、結局は相手が出来るだけこちらに都合が良いように動いてくれることを、切に願うだけだった。
フレイヤたちが負けるなどとは、微塵も思っていなかったが。
ところで、疑問があるのだが。フレイヤはベレトにそう告げられた。
「リンドヴルム王国への報告は、ちゃんとしているのか?」
「いや、全く」
即答だった。しかも、なにも非などありませんといった感じの、実に軽い口調だった。
「戦になるかもしれないんだぞ! なんで報告していないんだ!?」
「兄には報告したよ。ただ、今はまだ不確定要素が多すぎる。相手の規模も目標も、スケるんの諜報でさえ把握が困難らしい。おまけに、相手の出陣直後を叩く算段を、私たちはしている。場合によっては相手の出陣自体が中止されるかもしれない。逆に今、どう報告するべきだと思う?」
それはそうかもしれない。そもそも、ベリアルたちの立場を納得させるためもあるが、下手にベリアルたちのことを今報告してしまうと、ベリアルたちを叩くのに都合がいい機会だ、と攻撃を仕掛けることを提案する輩まで現れかねないのだ。そう納得したところで、あることに気付く。
「……いや、ちょっと待て。兄……だと? 女じゃなくてか!?」
これには、近くにいたベリアルも驚く。
「ああ。近衛騎士団中隊長、フレイ・ヴァンガルズ。騎士としては、それなりの地位にいると思うんだけど。私たちに万が一のことがあった場合の保険として、信頼出来る人物となると……あれ、なんで女絡みを疑われているのかな?」
「お前が、女以外に興味を持つと思わなくてな。それに兄妹の話は、今まで聞いたことがなかったし」
「いう機会はなかったしね。それに、あまりいい思い出がない。『なんでお前の才覚を持って、フレイが生まれて来なかった……』。勘当されて家を出る私へ向けた、父の言葉なんだが。実は兄も、密かにそれを聞いていたようでね」
「……」
多分勘当の理由そのものは、フレイヤの女遊びとかその辺なのだろうとは思う。だが、兄が妹に向けられたその言葉を聞いて、どう思ったのか……とても、茶化せるような話ではない。
だが、フレイヤは軽く言葉を続けた。なんでもないことのように。
「心配いらないよ。兄はそれでも、私のような人間のことを心配するような、そんな根っからのお人よしなんだ。それに、兄は十分に才覚があった。父は、高望みが過ぎたんだろう」
「……信頼してるんだな」
「この作戦がうまく進めば、会える機会も作れるよ」
「……私もあってみたいわね、その人」
ベリアルも、珍しく男性に興味を抱いていた。少なくとも、かなりの人格者なのは、まず間違いない。
「そのためには、まずは作戦を成功させないとね……」
すけるんから、既に連絡が入っている。物資の搬入などから考えて、現魔王城からマルコシアスが出兵するのは、もう間近らしい、と……
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