第13話 風雲 魔王城! その肆

 フレイヤとベレトはあの後、一旦仮眠による休息をとった。とはいえ、昨日も夜までに若干仮眠をしていたこともあって、それほど長い時間寝ていたわけではない。

 ベリアルから、各幹部の話を聞いておく必要があった。マルコシアスの軍勢があれほどすぐに動けたという事実は、それほど間をおかずして魔王城の幹部のいずれかが、人間の勢力圏へ出兵するのにある程度の準備を済ませていることを意味する。

 とはいえ、流石に人間の勢力圏で戦端を開く以上、少数で出るわけはない。その準備は流石に物資などの流れで予見出来る。この前のように、先手をうたれはしない。だが、かといってこちらもあまり呑気にしていられる時間があるというわけでもない、というのが全員の共通認識だった。

「竜魔人アシュタロス、翼狼マルコシアス、蛇獅子オリアス、邪術師ダンタリオン……今現魔王城にいる幹部はそれくらい。さて、各幹部の特徴、率いている軍勢の種類。各幹部とその軍勢が得意とする戦法……必要な情報はそれくらいかしら?」

「そうだな……今回現魔王城から出ると思われる軍勢を、出来る範囲で予想してほしい。流石に今回の出兵で、いきなり全幹部が出陣するということは、まずないと思うからね」

「私もその考えには賛成。どうせ全体が動けば、私の配下がいくら監視を怠っていても、嫌でも気付く」

 フレイヤの考えは、いくら隙をみて出兵する準備を整えるとはいえ、四幹部が出陣するとなると、そのこと自体を秘匿することなど絶望的になる、ということからだろう。

 それはその通りだろう。他の軍を特に監視していなかろうが、魔王城全体が出兵の準備を進めてしまえば、いつもと異なる武器や資材の流れを、とても隠しきれない。その異変に気付かないのは、逆にどうかしている。

 フレイヤとは違い、ベリアルは他の幹部の軍勢の特性も把握しているので、他の理由も考えられたのだ。

 今回出撃するだろう幹部も、それからある程度の予想は出来る。



 そして、ベリアルの説明が始まった。

「まず、竜魔人アシュタロス。単体ではこいつが一番厄介。とにかく戦闘力が高く、そのくせ頭脳明晰で指揮官としても有能……ただ、自分の戦闘力に関するプライドが非常に強く、部下にもその価値基準を押しつけがち。だから、有能さと忠誠心を兼ね備えた腹心は、こいつにはいない。弱点といえば、他には若干俊敏さに欠けていること、くらいかしら。軍勢は、戦闘力を再優先した重装備の竜魔人と、ファントムナイト」

「総じて、鈍重だが粘り強い戦いをする、戦力の中核といったところかな」

「私は、そういう柔軟さにかける運用しか出来ない兵力は、好みではないのだけれどね」

 ただ、こういう戦線の維持に効果を発揮する軍勢は、いるだけで助かることはある。とはいえ、こういった機動力に欠ける重装備を部下に強要することで、戦術の柔軟性を損なっているのも事実だ。

 アシュタロス自身が決して戦術に疎くないということも、余計にこういった配下を好むという傾向に対して、残念さを感じていた理由である。

「次は、翼狼マルコシアス。先日来たバカどもは、こいつらのとこの。マルコシアス単体の戦闘力は、幹部では中程度。総合的な指揮能力は優秀。本人も配下も機動力に長けていて、特にマルコシアスは短時間なら飛行も可能。地上では幹部中随一の俊足といっていい。軍勢は、大半が人狼族。装備が軽装な者が多いのが、長所でもあり、欠点でもある」

「機動力再優先か。アシュタロスとは正反対だね」

「戦術そのものは堅実かつ無難なものばかりだけれど、なにせ指揮官も足が速いから。兵士の戦闘力の割には、崩された後の立て直しなんかも早いわ」

「兵は神速をたっとぶともいうし……案外厄介かもね」

 正直な話、軍全体としてはマルコシアスはむしろ優れた働きをしていた。アシュタロスの軍勢はその性質上、必要な時に必要な場所へ位置取り出来ていないことが多く、代わりにマルコシアスの軍勢がその時間を稼いでいたことも多い。

「次は……蛇獅子オリアス……」

「……どうしたんだい?」

 ベリアルの言葉に、急に力がなくなった。やる気が削がれているように感じるのは、気のせいではあるまい。

「あのバカのことを考えると、頭が痛くなってくるのよ、あの脳筋バカときたらもう……」

「……」

 思い起こすだけで頭が痛くなるとは、今までどうやって幹部として居座っていられたのだろうか。逆に興味を抱かずにはいられない。

「ええと、どこまで話をしたっけ……ああ、あの馬鹿オリアス。脳筋。とにかく脳筋。速度も中々だから、単体の戦闘力では決して侮れないかな。あと幹部として敢えて優秀な点というと……何故かなんでか部下には慕われるせいで、意外に有能な部下が多いことかな……欠点は脳筋なところで、とにかく戦術も脳筋そのもの。配下はゴブリンとケットシー。マルコシアスよりは戦闘力寄りで、機動力もある……配下だけはバランスいいのよねぇ、配下だけは……」

 なんだか、聞いている内にオリアスの手綱を握るために苦労した記憶が、段々と蘇っているようである。気力が失われていく一方なので、ほとんど良い記憶が思い浮かばないらしい。

 これ以上話させるのが気の毒になってきたので、次の幹部のことを聞くことにした。それに、これで大体ではあるものの、オリアスの特徴は把握できた。

 部下に慕われているという点は謎だが、剛毅で案外寛容な面もあるのかも知れない。どだい、部下に寛容な指揮官の方が過度に締め付けが強い指揮官よりは好かれるのは、ありがちなことだ。

「で、ダンタリオンはどうなんだい?」

「ああ、あいつは可もなく不可もない感じだけど、いいアシストに勤めてたわ。地味な仕事も堅実にこなすタイプ。能力的には、扱いやすくて問題も起こさない良い奴よ」

 オリアスから話が逸れただけで、気力が回復したようだった。どれほど問題児だったのかが、それだけで伺えてくる。

「能力的には?」

 性格には、なにか問題があるというのか?

「特に重大な欠点というほどでもないけれど、とにかく日和見主義なのよ。常に有利な側につこうとしているから、能力の割に信頼は出来ないの、ダンタリオンは。見た目と性格共にじいさん。ただし、異様にやせ細った異形のね。それでも、行き過ぎだと感じたら私と一緒に仲裁役に回るあたり、最低限の思慮はある。でも、今回は止めに入らなかったあたり、私を見限ったのか、案外人間と戦いたがっていたのかもしれないわね。意外に模擬戦闘なんかが好きで、積極的に参加したがったりする、変な奴だったし」

 ベリアルの物言いからして、本当に信頼しきれるような性格だったわけではないのだろう。今回は裏切られたはずなのに、ベリアルは分かりきったことを話すような口調であって、ショックを受けた様子がまるでない。

 人間と戦端を開きたい者が多数派だったこともあって、今回はそちらに寄ったんだなあいつ、程度の感覚で語っているようにしか思えない。

「得意な攻撃方法が魔術なこともあって、後方支援に徹することが多い。本人はそれなりに体術も使えるけどね。あくまでそれなりにだから、幹部の中ではダントツで近接戦に弱い。率いている軍団も、魔術が得意なナイトメア族ばかりだから、単独ではまず出撃しないと思っていい。指揮能力は全てにおいて優秀だけれど、そういう軍勢を率いているから、あまりそれが発揮されることはないわね」

「その割には、諜報活動などは君たちの独壇場のようだけど」

「……魔王軍って、基本的には戦闘力が物をいう場所なのよ。私のように、諜報や隠密行動が得意な部隊を組み込んで、情報戦を展開することに意義を見出してもいない。根本的な部分で、自分たちは正面から人間を叩き潰せるだけの戦闘力があると思っている。夢想で人間が真正面から無策で突っ込んでくれれば、間違いなくそうなるだけの能力があるのが、余計にそれを後押ししている」

「舐めているのね、人間をどこかで」

 これはベレトだ。だが、ベレトにしては人間がバカにされているのに、そのことを怒ってはいない。最近僅かずつではあるが、フレイヤに感化されてきたようで、その要素はむしろ与し易くて助かる、と考えている面もあるからだろう。

「というより、もうそうしないと自分たちの自尊心を維持できないんでしょう。戦力で負けているという事実が受け入れられないのも、結局はそういうこと。とはいえ、ダンタリオンは若干諜報や隠密活動を扱う部隊を、編成ようと試みたことはある。奴は流石に情報戦の意義を、完全には無視してはいなかった。ただ、部下がね。案外魔術に向いている種族だからって、諜報なんかに向いているかというと、そうでもなかったらしくて……」

「ああ、確かにナイトメア族は大して身体能力も高くないし、攻撃魔法の扱いには長けている反面、念話や遠見とおみなんかの補助系には苦手だったっけ……あれが使いこなせなくて身体能力も低いんじゃ、諜報なんかには向いてないかもしれないね」

 対するスケルトン族は、魔王軍ではあまりに能力が半端過ぎると、ベリアルに見出されるまでは長年冷遇されていた。身体能力もそれなりで、使える魔術は魔力量が不足している反面制御は器用で、使える種類そのものは豊富ではあった。ただ、どっちつかずの中途半端すぎる能力なのも事実だった。

 それを拾い上げ、諜報部隊として軍勢の中枢の一角に組み込み、高い戦術性を確立させることに成功したのが、今のベリアルの軍勢だ。先見の明があったということだろう。

(やはり、敵に回すには厄介だったな……味方にいると非常に助かる)

 それがフレイヤの見解だった。しかも、今残っている幹部の中でそれなりに全員をまとめられるのは、おそらくベリアルだけだったろう。他のどの幹部が主導権を握ろうが、必ずベリアルよりも軋轢が大きくなるのは、疑いようがない。



 話は、各幹部やその軍勢の特徴などから、現魔王城から出兵するであろう軍勢の予想へと移った。

「まあ、マルコシアスは確定かな……ある程度は、君の制止を振り切る必要性が生じること程度、考慮はしているだろう。行軍が遅い軍勢は、そういった意味で論外だ。マルコの行軍管理能力が低ければ、話は別だろうけど」

「マルコはねぇ……行軍管理能力は抜群に高いわよ。ええ、行軍の管理能力はね……なのにあいつ、何でかあのオリアスバカ脳筋と一緒に悪乗りするから、駐屯地でいつも配下たちが騒動を起こすのよ……オリアスバカ脳筋は行軍管理自体がそもそもなってなくてはぐれる輩が続出するし……アシュタロスナルシストは管理は出来るはずなのに、『俺についてこれないような奴は置いていく』とか、意味不明なことを言って勝手に戦力を減らしてくれるし……行軍でまともなのは、ダンタリオンくらいかな……ハハッ」

 おそらく、嫌な昔話を思い出したのだろう。少しずつ発言が崩壊し始めたベリアルは、ついには小声で行軍の愚痴を語りだした。特別な問題児はオリアス位だとは思っていたが、実はどいつもこいつも相当アレだったらしい。

(行軍の管理って、なんだ?)

 ベレトが小声でフレイヤに聞いてきた。今ベリアルにその話題を振ること自体が危険だと、なんとなくだが察したらしい。フレイヤも小声で答える。

(意外なことかもしれないけどね……集団で遠方の一点へ移動すること自体、随分と大変なことなんだよ。移動中に迷子になりそうになる連中や、行軍の疲れで全体から遅れてしまって、置いて行かれそうになる者もいる。天候や地形そのものが、進軍に向いていないこともあるしね)

(そうなのか)

(駐屯地での騒動も、きっかけは本当に大したことないことが多いんだけど、皆戦時だと興奮してたりするから、ひどい時にはしょうもないことで殺し合いに発展しかねないんだ。それを止めない指揮官ばかりだと、より上位の幹部であるベリアルへ、わざわざ頼まざるをえなかったんじゃないかな。それで毎度、作戦会議などで頭を悩ませている合間に、騒動の仲裁なんかをやらされるわけだ)

(それで、アレなのか……)

「……………………」

 その感想は、もはや何を言っているのか分からない小声だが、表情からはひたすら呪詛を呟いているように見える、やつれたベリアルに対してのものだ。

「お疲れのところすまない……マルコの他に、出撃しそうな幹部はいるかい?」

「…………ええと……そうね、お目付け役にダンタリオンか、なんでか仲がいいオリアスかしらね。ただ、多分どちらも大多数はマルコの軍勢でしょうけど」

「なんでだ」

 その疑問は、ベレトのものだ。行軍の大変さを知らないあたりから、基本的に大規模な戦に関するイロハには、あまり詳しくないのだろう。

「足が遅い部隊を混ぜるとね、そいつらをおいていかないようにすると、当然足が速いほうがペースを落とす必要がある。だから、足が遅い連中を加えると、マルコの軍勢の最大の長所である機動力が死ぬ……そういう意味では、ダンタリオンは少し確率が低いかな。おそらくは、軍勢としての機動力と戦闘力のバランスがいいオリアスの方から、足が速い者を加える感じだろうね。あるいは本人も加わるかな」

「マルコと脳筋は、なんでかとにかく仲がいいのよ。だから、当然配下たちもそのことは知っている。とはいえ、だからオリアスの部下が素直にマルコの命令を聞くかというと、微妙なところね。仲がいいことを考えると、オリアスがマルコについてくる方が、確率が高いと思うわ」

「そうか……その通りなら、難易度が上がるな」

「魔王城攻略作戦の話? なら、むしろオリアスがいなくなった方が、侵入後楽にならない?」

 この疑問を発したのは、ベリアルだ。それに回答するフレイヤは、不敵な笑みを浮かべた。そしてその発言は、ある意味で本人の笑み以上に不敵かつ大胆な物と思えた。


「その件なんだけど。私は魔王城強襲作戦については、城の内部に入るつもりはない。せっかくこちらに『竜の巫女』がいるんだ。少数精鋭だからと、隠密作戦にこだわる必要は特にない。リンドヴルムの能力が最大に活かせる屋外、かつ忙しない城からの出立中。その喧騒に乗じて、『マルコシアス』を城の外で討つ」

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