第12話 風雲 魔王城! その参

 パーティーの準備を整える前に、フレイヤは気になったことを質問した。それは、今回の来賓の件である。

「ねえ、ベリアル……今回の来賓さ、来るのがあまりに早すぎるとは思わないかな? 行軍速度はともかく、ほど、マルコシアスは優秀な指揮官なのかい?」

「いえ、全然」

 ベリアルは即断言した。マルコシアスは総合力でいえば、むしろ軍勢を率いるに相応しいレベルの有能な指揮官ではある。ではあるが、部下の適性を把握した強行偵察部隊を、これほどの短期間に編成できるほど、部隊の編成能力は高くなかったはずである。

「やはり、あらかじめとしか考えられない……か」

「ふーん……あの狼野郎、こちらがいないのをいいことに、そんなこと考えてやがったか」

 ベリアルが剣呑な表情になる。戦力は温存するよう、通達していたはずだ。ベリアルが魔王城から離れれば、おそらく暴走して動く幹部が現れるだろうとは思っていたが、離れた途端にそういった考えをおこすほどとは、流石に予想していなかった。

 だが、フレイヤはそれをやんわりと否定する。

「いや、多分それは違うね」

 おそらくこの事態はもはや、そういった話に留まらない。ベリアルが考えているより、この件から推察出来ることの根は深いと考えるべきだ。

「どういうこと、フレイヤたん?」

「もっと前から……んじゃないかってことさ。君がいない僅かな隙に、既成事実を作るためにさ」

「既成事実……人間と戦端を開いた、という事実?」

「そう……一度軍団規模での戦闘が勃発してしまったら、君としても、もはや戦力の温存などと言ってはいられない……なにせ、人間側の方も相応の対応をせざるを得なくなるからだ」

 ちなみに、今のところ人間が魔族との交戦に積極的でないのは、攻めるべき要所が判然としていない、というのが主な原因だ。魔族からも大規模な軍勢が侵攻する兆候が、今までなかったというのも無論あるにはあるが。

 そういった状況では、出兵に見合う成果が出るか分からない場所を攻めるより、今は軍備の増強に力を入れておくべきだと考えているのだ。

 だが、魔族の方から戦端を開けば、自ずと対応は変わってくるだろう。

「でもそれって、戦端を開いた幹部の責任が問われるんじゃないの?」

 ベレトが言う。それは人間の考えとしてはごく自然なことだろう。

 マルコシアスは所詮幹部の一員であって、総指揮官ではない。そういった存在が、人間との総力戦に移行せざるを得ないような事態を作り出す。通常なら、処刑されたとて文句は言えないだろう。

 あくまで、人間の価値基準と指揮官となりうるものの総数であれば、だが。

「戦力がただでさえ足りない魔王軍だ。暴走した幹部とて、代わりがいなければ、罪状に比すれば軽い懲罰程度で済ませるしかないだろう? それで、主戦派は気兼ねなく人間と戦えるようになるわけだ。むしろ、諸手を上げて立候補したがる奴までいるんじゃないかな」

「……そうね、多分そうなったわね」

 ベリアルも、それは認めざるを得ない。幹部連中をすげ替えられるほど、今の魔王軍には有能な指揮官も多くはないし、幹部自体の戦闘能力もおしい。仮に幹部がいなくなったとすれば、それが率いていた軍勢規模の兵士を、他の幹部に適性を考慮して振り分けて、軍全体を再編成する必要まで生じる。

 そんなことが出来る余裕は、戦端が開かれた後となってはない、と判断しただろう。処罰はフレイヤの言う通り、粛清までには至らなかったに違いない。

(しかし……マルコシアスにそこまでの器量はない……入れ知恵したものがいるということか……?)

 ベリアルは熟考する。といっても、その候補は実のところ多くはない。

(アシュタロス……奴以外にそこまでのことをはかり、しかもそれを他の幹部に実行させられるものは、私以外には奴だけだ)

 しかし、そこまで自分の考えを否定しようとする連中ばかりだったとは……裏切りを決断した今ではむしろ好都合だったが、ベリアルが裏切らなかった場合には、部下であるはずの幹部どもに引きづられて、負け戦を始めるはめになっていたと思うと……

 怒り以上に、げんなりとせざるを得ない




 とりあえず、パーティの演し物の中には、ベリアルを入れるつもりはなかった。ベリアルも理由はすぐに察しがついたので、文句はなかった。

「どうせ、戦局を観察して戦わずに帰ろうとする連中がいる……っていうことでしょう? たしかに、私が今ここにいることがバレるわけにはいかないわよね」

「強行部隊だろうからね。全滅する危険をおかさずに、最初から報告を最優先する者を用意しているだろうからね」

 というわけで、フレイヤは特別に隠し部屋へベリアルを招待することにした。彼女がこちらを騙っているということは、もうほぼないと考えているので、こういった物をベリアルにまで出し惜しむ必要はないと考えたのだ。

「って、なんで私たちのベッドに案内してるんだ!?」

「……むしろ、なんでこのベッドってこんなに乱れているのか、聞きたいのはこっちなんだけど」

 ベリアルが、白けきった表情でダブルサイズのベッドを眺めている。言っては見たものの、理由は分かりきっている表情ではあった。

「そりゃ、私たちが愛しあった証……あて!」

「お前は! よけいなことをいうな!」

「いや、隠すことじゃないじゃないか。性生活を含めて夫婦……いや、婦婦仲が良いのは悪いことじゃ……」

「黙れ!」

「はーん……ベレトちゃん、恥ずかしがってはいるけど、夜は激しいタイプなのねぇ。それとも、案外まんざらでもない? いや、両方かしら」

「多分両方だよ。それはそれとしてだ」

 ベレトの目線が殺気を帯びてきたが、あまりそれにかまっては要られない。まだ来客までの余裕はあるのだが、フレイヤは別にベレトとの仲を見せつけたくて、ここにベリアルを案内したわけでも何でもない。

「ほい」

 気軽な掛け声とともに、魔力を込めて杖で床を軽く小突く。

 忽然こつぜんと床が開けて、地下へと通ずる階段が現れる。その様に一番驚いたのは、ベリアルではなく、なぜか家で一緒に暮らしていたベレトだった。

「なな、なんでこんなところに、こんな仕掛けが……!?」

「そりゃ、寝込みの最中に襲われるのが、一番危険だからでしょ」

 ベリアルは比較的冷静だった。とはいえ、このような仕掛けを当然のように造り、しかも魔力で起動させるのに全く苦労しないあたり、やはりフレイヤという存在そのものが、人間としてはあまりに破格の存在なのだ、とは思わされたが。

「というか、ベレト。君が家に来た後になって、万が一に備えて張り切って色々ここを改修してたんだけど……なんで君が知らないのか、逆によく分からない」

「お前の常識が、人間の常識だと思うんじゃない!」

 首をひねりながら言うフレイヤに対し、そこだけは同意するとベリアルも思った。そもそも、完全に自作で地下室を用意するあたりから、色々と何かがおかしいのだ。

「まあいいや……取り敢えず、ベリアルはこの中で待機していてもらえるかな。ベレトと一緒に入ることを考慮しているから、居住性は悪くないはずだ。この中には、流石に罠の類もないから安心してくれていい」

「それは有り難いわね」

 それは掛け値なしのベリアルの本心だった。流石に居住性を考えているとはいえ、極端に広くはないだろう地下室に識別式の罠が存在すると、ほとんど動くことすら出来ないだろうから。

 そんなわけで、ベリアルは安心して地下室へと入っていったのだった。




 ベリアルが見つかる心配をしなくて良くなったフレイヤは、来賓に備えて外の準備を整えた。今回の来賓は数が少ないので、わざわざ中にまで入れることは考えていない。もう少し数が多ければ、新居に避難しつつ家の中の罠で、一網打尽にするつもりだったのだが。

「それは次の機会だな」

「なんで、背後から人の胸を触りながらいってんだ、この……!」

「ハハッ……本当に男勝りだなぁ、ベレトは」

 ベレトの、背後に向けて放たれた肘打ちを軽く躱しつつ、左手でベレトを拘束するように抱きかかえながら、それでもベレトの右胸を揉みしだくのは止めない。そうしながら、右手の方は下半身へと伸びていく。

「でも、そんな君も大好きだよ……」

「なに、こんなときに……止めろ……ヤメ……ッ」

 フレイヤの左手が、ベレトの双丘の固く尖った蕾をとらえた。つまんだり、弾いたり。敏感な部分を刺激されて、ベレトは思わず桜色の声を漏らしていく。

 その間に、右手は脚をなぞるようにして、ショーツに覆われた中心部へと迫っていく。

「ほら、布越しでも濡れているのが分かるよ?」

「なんで……こんなときに……」

 ベレトはもう、自力では立っていられないようだった。フレイヤに身体を預けるようにもたれかけて、全体重をフレイヤに預ける。

「いや、手持ち無沙汰だし? このままご無沙汰なのも嫌だからね。心配しなくても、ベレトが気持ちよくなったら止めてあげるよ」

「ん……!」

 フレイヤの右手が、布ごしにベレトの核心をなぞり続ける。もうベレトは、フレイヤの手の中でひたすら快楽に溺れていた……




 その後やってきた来賓は、実にあっさりと片付けられてしまった。元々少数だと聞いてはいたが、正直フレイヤとしてもあっさり片付き過ぎて、逆に困ってしまった。

 ベレトに実戦経験を積んでもらおうと考えていたので、罠もそれなりに用意して数を減らしたのち、ベレトがアタッカーでベレトがそのディフェンスに回る予定だったのだが……

「実際に罠を抜けて来たのが、たったの人狼族ニ匹って……ベレトちゃんは別の経験値の方があがったんじゃないの?」

「ナ、ナンデシッテイル!?」

 ベリアルのその言葉に、ベレトは動揺のあまりカタコトで喋ってしまったが、ベリアルはカマをかけただけよ、と返した。

 どうせフレイヤのことだから、外で時間があいて女と二人っきりなら、ちょっかいを出さすにはいられないだろう、程度の読みで軽く言ってみたのだが、この分だと随分お楽しみだったようだ。歯ぎしりしたくてたまらない。

 ちなみに、識別式の罠によって自壊させられた連中は八匹になる。半数以上が罠にかかってやられたわけで、これはフレイヤも加減を間違えたと反省した。

「で……一匹はフレイヤたんが杖で撲殺して、死体も回収出来ないほどバラバラになったと……っていうか、その杖自体がもしかして特別製なの?」

 前に宮廷で戦ったときに見た杖と同じもので、木製のように見える。見えるが、本当に見た目通りの木製だったならば、死体がバラバラになるほどの力で殴りつければ、杖の方もバラバラになっていなければおかしい。

 あの時のフレイヤは杖にまでエーテルを纏わせていたので、特に気にしていなかったが、今回はそういったこともしていないらしいし、明らかに強度が見た目と比例していない。

「ただのヤドリギさ。品種改良して、エーテルを蓄えられる様にしたけど」

「……その時点で、もうただのヤドリギじゃないわよ、フレイヤたん」

「どっちみち、君の碧水晶の大剣に比べれば、大した材質ではないと思うよ」

「そりゃ、あれは私の虎の子ですから」

 天界と魔界の力の狭間で長時間かけて形成していった塊を、苦労して大剣へと鍛え上げた珠玉しゅぎょくの業物だ。流石にあれと同等の物をホイホイ造られると、堕天使と大悪魔としての沽券こけんに関わる。

「それより……この一体しかない死体、本当にベレトちゃんがヤッたの?」

「そうだよ、なにかおかしいか!?」

「いや、だってこの死体、もの。その剣自体は普通の剣でしょう?」

「一応、宮廷の物は儀礼的過ぎるから倉庫にしまって、実戦的な代物を渡してはいるけどね。当然、その剣自体の斬れ味などではないよ」

 その死体は、縦線で綺麗に右と左を半身に切り分けられていた。通常の金属などで、ここまで綺麗に切断出来るなど到底思えない。

「これが、竜の巫女のもう一つの力。ただの剣さえ強靭な刃へと変える、リンドヴルムの牙……か。なんでこの力、私と戦ったときに使わなかったの?」

 王竜リンドヴルムの召喚とは異なり、通常の金属剣をここまで強化出来る強力な能力なのだし、別に室内でも全く支障がないはずなので、ベリアルとしては純粋な疑問だったのだが、

「……」

 ベレトは不機嫌そうに、視線を逸らしただけだった。その代わりに、フレイヤが答える。

「当時は、彼女自身の剣術のレベルがね……おそらく王家の親族というのもあって、剣術の師匠が万が一ケガでもさせたら問題になると、加減してたんだろう。彼女自体の筋はむしろ良いほうだったから、私が剣の腕を鍛えたんだよ」

 ああ、とベリアルは納得する。そういえば、なんだかこちらの攻防に割って入るか迷っていたように見えた。あれは、剣術の心得があるがゆえに、逆に迂闊に攻防に割って入るべきでないという判断が働いていたからか。

「……で、なんでフレイヤたんは今の戦闘スタイルになったの?」

「簡単だよ。私の家は騎士の家系でね。私のような、魔力を持って生まれた者が異端だった。その上で、子供の頃は魔術の制御力が伴っていなくてね。炎で灯りを灯す程度のつもりが、周りを自然発火させそうなほどの熱量を発生させてしまったりしたから……」

 軽く言うが、そこまでの熱量が出せるようなら、それだけで十分な殺傷力を持った魔法になったはずだ。むしろ、大半の魔導師にとっては羨望の的になるだけの魔力量だが。しかし、制御できない力は本人すら殺しかねない。

「そんなときだ。エーテルを生み出して操作する方法を見出したのは。これなら、制御に失敗しても周りに影響がずっと出にくい。それを剣術に活かすことで、同時に制御力も身につけられると考えたんだが……家族に協力してもらって修行していたら、こちらのスタイルに身体がすっかり馴染んでしまってね。こちらの方が屋内でも気軽に戦える利点もあるから、結局直接攻撃の魔法の習得はほとんどしなかっただけだよ」

「そうなの」

「ともかく、おかげでベレトの方にも比較的実戦的な剣術の指南が出来た。多少不安も残るが、一応実戦でリンドヴルムの牙の制御に集中出来ていたから、後はベレト自身の剣術の腕を鍛えれば問題ないだろう」

「そうね」

 ベリアルも首肯する。一匹とはいえ、実戦で制御に集中して戦えたという事実そのものが、これからの実戦の支えになるだろう。本人の剣術の腕が上がれば、さらに実戦で制御出来ない、などという事態にはなりにくくなるはずだ。

「それにしても、夜伽よとぎ以外もちゃんと練習してたのねぇ」

「おい!」

 ベレトが流石に顔を真赤にして怒りを露わにするが、明らかに照れのほうが大きいように、ベリアルには感じられた。



 その冗談はともかく、魔王城を強襲するための準備は、ちゃくちゃくと進んでいる。万全の物となるかはともかくとして、だが。

 後の日程は、すべて魔王城に残る幹部連中の行動次第であった……

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