第11話 風雲 魔王城! その弐

 スケるんはフレイヤたちがどうでもいいこと(本人たち以外にとっては)で言い争っているその頃、ベリアルの執務室にいた。

 ベリアルに変わって、しばらくは軍勢の全てを管理しなければならない。しかも、それだけならまだしも、今は彼にかせられた任務は他にもある。

(竜魔人アシュタロス、翼狼マルコシアス、蛇獅子オリアス、邪術師ダンタリオン……この中で、どの軍勢が動く……?)

 ベリアル以外で魔王軍の幹部として残っているのは、この四体のみだ。この中の幹部の内、しびれを切らして出兵する者が現れるのを、スケるんたちは待っているのだった。

 それでいて、その者が完全に準備を整える前に、それをベリアルたちへと報告しなければならない。情報の遅延は、この場合致命的となりかねない。

 また、それだけではなく彼は同時にベリアルの軍勢を逃がすための準備も進めていた。元々ベリアルの軍勢は、秘密裏にことを進めるのが得意な者が多い。加えて、他の軍勢には諜報に長けた者があまり多くはない。

 強いていうなら、ダンタリオンの軍勢自体は魔術が得意な者が多く、多少諜報向きなのだろうが、ダンタリオン自身があまりそういった活動に熱心ではないため、実質こちらに関しては情報が他の軍勢に漏れる心配はあまりない。

(そういえば、フレイヤ様の家に向かう者は、いつ頃出てくるのやら)

 こちらは正直、あまり期待しないで貰いたかった。基本的に魔王軍は、自分たちの成果を独り占めする傾向にある。しかも、ベリアルの軍勢は特に諜報と情報の秘匿に長けている者が多い。

 加えて、スケるんもベリアルの忠実な腹心として見られている。彼自身が情報を横流しすれば、ひどく怪しまれるだろう。そこで彼は、自分の配下にワザと口を滑らせたように見せかけ、他の軍勢へ情報を流すことにした。

 とはいえ、普段が秘密主義なベリアルの配下たちが、あまりこぞって情報を流すのもやはり不自然だろう。結局、大した数の配下は使えなかった。

(食いついてくれるのか、いささか心配ですな)

 そう考えながらも、部下たちが出す情報を次々と捌きつつ、時にはメモを取りながらも的確な指示を与えていたときである。

「まさか……!?」

 思わずスケるんは、肉声を出してしまった。火急の用事だった。急いでベリアルへと情報を伝えなくては……

 



 一方その頃、フレイヤたちはまだ茶番を続けていた。

「よくよく考えたら、そもそもこの色情魔が全て悪いんだよな」

「私は別に、肉体カラダ目当てでも良いんだけど。そこから愛が生まれることも有るわよねぇ」

 ベレトとベリアルは、ようやくある程度冷静さを取り戻したらしい。その結果は、自分が二人から文句を言われるという事態だったが。

「それで生まれるのは、愛ではなく寝友達だと思うよ」

「誰がうまいこと言えと!?」

 ベレトのツッコミが冴え渡る。あったばかりの頃は、ここまでツッコミのキレがなかったと思うと、なにやら感慨深い。

「まあ、それはそれとして」

「なんでだ」

「いやもう、本当に幹部の情報をベリアルから聞かないとさ。本格的な作戦は、その情報と向こうの出方で決めることになるから」

「……」

 ベレトは沈黙する。全く納得していない様子だったが、大事な作戦会議を完全に放り出すわけにはいかないということで、今は黙っていることにしたらしい。

「しかし、そこまで私のことで熱くなるなんて……嬉しいよ、ベレト」

 フレイヤは思わず感動してそう言ったが、なぜかそれでベレトの怒りが再燃した。

「いい加減真面目にしろ、淫乱勇者!」

「……ふぅん……ベレトちゃんもフレイヤたんを独り占めしたいわけか……まあ、今はいいわ今はね」

「そこ、変なこというんじゃない!」

「私を巡って美女が争うだなんて、絶景だなぁ……」

「フレイヤたん、それ口に出さなければ話が先に進むのに、どうして口にだしちゃうのよ……」

 愛しのベレトをからかって、その反応を楽しみたいからなのだあ、流石にベリアルにも呆れられたようだった。確かに、話が全く進んでいない。


 気を取り直して、ベリアルから現在の魔王軍の構成について聞き出せたのは、それから大分後になってからだった。

「私も流石に疲れてきちゃったわよ……ともかく、今の魔王城は昔の魔王城の奥にあるのよ。そこ自体は割りとひらけた場所にあるんだけれどね。昔の魔王城が砦になっていて、しかもその周辺は天然の断崖が多く、しかも深い森まで行軍を邪魔をしている。大軍での侵攻は、その旧魔王城を攻略する必要が有るわけよ」

「砦を無視したところで、森や断崖で進軍が遅れてしまう上に、補給線を砦の戦力で分断されかねないということか。砦の戦力と現魔王城からの戦力による挟撃の危険もあるし、今まで発見できなかったのも無理はないかな」

「それを、私たちだけで攻略するっていうの?」

 ベレトが、その是非を問うてくる。話を聞く限りでは、現魔王城は人間側の勢力圏から離れすぎているため、攻める拠点としては機能しにくい。しかし、立てこもるだけならかなりいい立地にある、と見るべきだ。

「向こうもそう思っているから、多少は隙があるんだ。あと、訂正させてもらうけれど、別に城を攻め落とす必要はどこにもない。敵の幹部を何匹か倒せれば、それでいいんだ」

「幹部を倒したところで、戦力は再編成されるだけじゃないの?」

「ふむ……ベレトにしては良い意見……イタッ!」

 さりげなく肘でみぞおちを的確に貫く、的確な良い一撃を貰ってしまった。今までの鬱憤が溜まっていたのか、割りと本気で痛い攻撃だったが、フレイヤはご褒美と思うことにした。

 それはそれでいいとして、確かに戦力は再編成されるだろう。ただし……

「おそらくは、そううまくはいかないだろうね」

「どういうこと?」

「まず、ナンバーツーのベリアルがこちらにいる。さらに、他の幹部たちはおそらくほぼ同等の地位であって、しかも幹部たちの配下たちはそれぞれ別個の種族で構成されてるんじゃないかい? 幹部にも種族の違いがあるだろうし、その幹部たちそれぞれの得意や好みの戦法に合わせて軍を編成すると、自然とそうなると思うんだが、どうかな?」

「……当たり。その辺は私が説明しようとしてたんだけど、分かっているなら話は早いわね。そう、確かに幹部自体にも種族なんかがあるから、配下の種族もある程度それぞれで固定されている。だから、万が一幹部が死んだ場合の戦力の再分配は、必ずしも上手くはいかない。私がいなければ、余計にね」

「君がいれば、まあ戦力を出来るだけ均等かつ、それぞれの個性に合わせて分配出来るんだろうけど。地位がほぼ同等の者たちで戦力の再分配を考えるとなると、たいてい打算が働くだろうからね」

 それに関しては人間も変わらないのだが。とはいえ、魔族はそれぞれの種族によって、そもそもの得手不得手が違い過ぎる。人間よりも種族による能力の違いが大きすぎて、戦力をうまく活かす再編成の難易度が、人間のそれよりもずっと高い。打算が働いてしまえば、余計にそれは難しくなる。

「だから出来れば、幹部だけでも叩いておきたいのさ。別に魔王城そのものを今攻略する必要はない。ただ、総指揮官たる幹部のいずれかを叩ければ、自ずと出兵は中断され、残された軍勢も戦力として機能しにくくなる」

「この人数で武勲を上げつつ、さらに相手に大きな打撃を与えうる……まあ、現状の同盟を出来るだけ強固にしつつ、今後の展望も考えるとそれがいいと思うわ、フレイヤたん」

 ベリアルも同意する。この人数で城そのものを攻撃するなど無謀そのものだが、幹部だけを狙うというなら話は別だ。作戦次第では、チャンスはある。

「しかし、なんで出兵前を狙いたがっているんだ?」

 ベレトが疑問を投げかける。フレイヤが妙に、出兵前の魔王軍を狙いたがっているように思えたのだ。なにか理由があるのだろう。

「ああ、それはね……」

 ベレトの疑問に、フレイヤが回答しようとしたときである。

「まって……! スケるんから緊急の連絡……!」

 ベリアルが、いつになく緊張した面持ちと声音でこちらに注意を促した。ここまで緊迫した雰囲気を醸しだしているベリアルは、今まで見たことがない。

 その顔は、魔王軍の幹部にして一軍を率いる指揮官となっていた。

(ベリアル様、申し訳ありません。マルコシアスの一部隊が、秘密裏にそちらへ出立した模様です。少数による強行軍な上、察知した時には既に出発していたことから、夜中のうちにはおそらくそちらへ到着するのではないかと)

「いや、それはお前たちの落ち度ではない。むしろ、秘密裏に事を運んでいただろう連中を、よく察知した。後はこちらで対処する。出立した部隊を察知した者をねぎらってやれ。お前にも苦労をかけるが、後のことも引き続き任せたぞ」

(心得ました。ベリアル様、お気をつけて)

 ベレトは思う。あれ、このかっこいい女の人誰……? いつもこんな風にしていれば、むしろフレイヤの琴線に触れるのではないだろうか。どうして普段は、フレイヤの前では迷走したような口調で喋っているのだろう、と。

「ベレトちゃん、今失礼なこと考えたでしょ?」

「……い、いや、別に……」

「ふーん……まあいいわ。とにかく、マルコシアスの部隊がこちらに向かっているらしいわ。今日の夜中には、こっちにつくだろうって」

「随分早いな……情報に食いつくのもだが、行軍速度も生半可ではないね」

「マルコシアス……翼狼とも呼ばれる、魔王軍幹部の機動力担当。地上だけなら、私より早い連中も大勢いる軍よ。今回は、少数による速度重視の強行軍らしいから、更に速いのだけれど」

「犠牲覚悟での、強行偵察といったところかな、その編成だと。少し寂しいけどしょうがないね。本当はもう少し、大勢をお出迎えしたかったんだけど。今日はもう、この辺で一旦会議は中止しよう。なにせ、パーティーの準備で忙しくなりそうだからね」


 フレイヤは笑っていた。イタズラが成功した子供のような無邪気さと、どこか辟易したような表情が合わさった、独特の表情で。

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