第10話 風雲 魔王城! その壱

 スケるんは、ふといままで気になっていたことを、ここで聞いてみることにした。交渉が一応成立した形になってきたので、精神的にも世間話に近いことを聞く余裕が出来たのだ。

「そういえば、フレイヤ様は何を今何を研究されているのです?」

「ん? ああ、そういえば言ってなかったか……今のメインテーマは、ずばり子作り魔法細胞。『IPA細胞』とでもつけようかなと思っているんだけど。その研究だね」

 スケるんが男なこともあって、フレイヤは他の話題なら生返事をしていたかも知れない。ただ、魔導師は本来魔術の研究を行って論文を提出出来る、有資格者としての能力も有している物をさす。

 だから、こういった場でも魔術の研究などは比較的話題に乗ってきやすいだろうとは思っていた。実際、その通りだったようで割合乗り気である。

「こ、子作り……!? まさか、ベレトちゃんとの子供!?」

 なぜかベリアルが焦っている。ベレトはベレトで赤面しているが、スケるんがそのことに触れるのは、なにか危険を感じた。

「そりゃ、嫁だからね……とは言え、流石にまだ細胞に加える性質の、調整に関する研究が進んでいなくてね。まだ本格的に子作り出来そうにない。本当は、その研究に没頭したかったんだけど」

……? 細胞を複製するわけではないと?」

 実のところ、医療魔術の類は現状細胞の情報を元にした置換や複製がせいぜいであって、あまりに広範囲に渡る細胞の損傷などは、今のところ治癒が出来ないとされている。

 細胞の損傷が激しすぎる場合も同様だ。今の技術では、細胞のコピーしか出来ない。それを、一から細胞を形成していくというのは、使いようによっては再生医療などにも応用がきく、革新的な研究と技術といっていい。

「ふむ……魔術は通常治癒などにおいては細胞の複製を行う。ただ、それだと女性同士では精子を複製なんて出来やしないだろ? だから遺伝情報だけを抽出して、魔術による調整で色々な細胞の機能を再現可能な、万能細胞を核として子作り用の細胞を……」

「……それって、もしかしてってこと?」

 フレイヤは話を遮られたことに、珍しく若干不愉快さを感じたようだった。だが、ベリアルの指摘は学術的側面もあることだったので、気を取り直してそちらの説明をすることにしたようだ。

「まだ、人間同士ですら上手く言ってないから、あくまで理論上は……ということになるけど……まあ、『IPA細胞』なら可能だろうと思うよ」

 人間と魔族の間に子供は出来ない。それは、人型の魔族ですら例外ではない。魔族と人間には、子供の出き方に決定的な生物学上の違いがあるのだ。その辺は魔族と人間が争っている状況なので、研究はあまり進展してはいないが、子供は出きそうにないことくらいは、研究結果で判明している。だが、

「種族の違いすら、超えられる可能性がある……と?」

「可能性ならね。とはいえ、細胞に与えられる自由度を、理論通りに扱える精度にまで高められるかが課題でね。今は、可能性はあるとしか言いようがない」

「それで、子作りが成功した後の展望は?」

「今んところ、女同士の子作り以外に一切興味がない」

 断言しやがったよ、この人……やりようによっては偉大な研究家として、後世に名を残せそうな研究内容なのに。純粋に己の欲望のまま、女性同士の子作りに執念をもやしているあたりが、正直者なのだろうとスケるんは思った。




 ともかくフレイヤは、旧家の方に他の魔族を誘い込むための手はずなど、今後の同盟に対する説明を始めた。

「取り敢えず、今いる残りの幹部の特徴やらなにやらについても詳しく聞いておきたい。そういった意味も含めて、ベリアルには一旦新家の方について来てもらおうかな」

「あら? もう私とベッドの上で語らいたくなったの? フレイヤたんってば、お盛んなんだからぁ」

「ほんっとうに女好きだな、お前は!」

「……魔王軍の幹部を抑える役がしばらく留守にすれば、連中がどう動くか考えてのことなんだけど。下心はないよ、今のところ」

 なぜそういう、いらぬ付け足しをわざわざするのか。スケるんは疑問に思ったものの、まあ今の所罠を仕掛けようとしている相手と、仲良くベッドで一緒に寝るなど、まずないだろうにとも思った。決して口には出さなかったが。

「ベリアル様が魔王城を留守にしなければならない理由について、お聞かせいただきたいですな」

「君が心配するのは分かるよ。ベリアルを、こちらが罠にかけるかもしれんということだろう? だがね、自分が一心不乱に立てた新居だよ? しかも、誰かさんたちのせいで、相当急ピッチで建築せざるを得なくなったんだ。そんなベレトとの愛の巣を、なんでこっちから戦場にしなけりゃならんのかな?」

「……」

 スケるんは思った。これは完全に地雷を踏んだなと。フレイヤにしては珍しく、かなり棘がある口調だった。その件については、まだかなりの不満があるらしい。

「まあ、他にもちゃんと理由はある。他の幹部を今まで止めていたベリアルがだ。いきなり他の幹部を止めなくなるというのは、あまりに不自然すぎるだろう? 他の幹部には、このさい暴走して貰ったほうが都合が良くなったんだ。出来るだけ不審を持たれない形で抑えを控えるより、いっそ魔王城を留守にする方が不信感を持たれないだろう?」

「というか、別に私の腹心だってことは皆承知してるんだから、あんたが私の留守を預かれば問題ないでしょう、スケるん」

「……ベリアル様がそうおっしゃいますなら」

 ここは妥協すべきか。主君のことは心配だったが、フレイヤのいうことももっともだろう。第一新居で派手に暴れてしまうと、その位置がある程度バレてしまうことにもなる。せっかく色々な隠蔽工作をしたのに、それを無駄にするかといわれれば微妙なところだろう。

「それでは、部下を通じて出来るだけ自然にこの家の位置情報などを漏らさせます。その後については、なにかありましたらベリアル様に連絡いたしますので」

「念話で良いわよ。どうせ、こちらの念話の符丁を正確に読み取れる連中なんて、私の配下以外にはいやしないわ」

「承知いたしました。では、私は魔王城へ帰還いたします」

 そう言うと、スケるんは素直にフレイヤの家を後にしたのだった。




 そこまで打ち合わせした後になって、フレイヤはある重大な事実に気が付いたのである。

「ヤバ……ベッド、ダブルサイズは一つしかないな……」

「その物言いだと、どうもダブルサイズでなければ、足りているように聞こえるんだが……?」

 ベレトが素早く、その言葉のおかしな点に気付いた。ベリアルがいても、ベッド自体が足りているなら、本来は全く問題ないはずだ。

「まあ、万が一客人をかくまう時のために、一人用のサイズは一つくらいはあるからね」

「……要するに、私以外の女と寝るためのベッドが足りない、ということなんだろう? お前、さっきまで下心ないとか言ってなかったか!?」

「……さて、それでは作戦会議の続きといこうか」

「誤魔化すんじゃない! この浮気者、色情魔!」

「あらぁ、私はベッドイン自体はいつでも構わないわよ? サイズもシングルでいいけど? 激しすぎて床に落ちるのも、それはそれで盛り上がるかも。あと、子作りもいいわねぇ」

「お前、後から来て図々しい上にフレイヤに馴れ馴れしすぎ!」

 ああ、この流れだと今日中にまともに作戦会議するのは無理かもしれないな。新居の建築作業も、実はまだ完全に終了したわけでもないし。

 自分で火種を撒いておいて、ベレトとベリアルの言い合いがヒートアップしていくのをよそに、フレイヤはそんなことを考え始めていた。


 ただ、実のところ現魔王城への電撃作戦は、完全に向こうの出方次第ではある。旧魔王城は今では単なる城塞となっており、未だに重要な拠点としては機能しているが、そこに魔王軍の幹部はいない。

 そして、現魔王城の正確な位置情報は未だつかめていない。それゆえ、人間側も本拠地を総攻撃出来なかったのだ。

 今まで戦力が疲弊しきっている魔王軍が、未だに人間相手に戦えている理由はまさにそれなのだが。

 そこに少数精鋭で切り込もうというのだ。向こうの出方に合わせて仕掛け方を考えるのは、むしろ当然だろう。

 だから、多少は作戦会議が遅れてもしようがあるまい。フレイヤは、そう己に言い聞かせることで、目の前の事態から現実逃避していた。

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