第9話 勇者に仲魔が加わった

 当然のことながらベレトには外での会話は聞こえていなかった。それもそのはずで、別にフレイヤたちは家の中に居たベレトにまで聞こえるような、大声で会話をしていたわけではないからだ。

「というか、そろそろ事情を説明しろ。大体嫁ってなんだ嫁って」

「彼女たちは、魔王軍から離脱してでも、配下の者たちを生き延びさせたいと考えている。ようは、裏切って人間側についてくれるかもしれない、ということさ。嫁というのは、その場合に必要な『保険』というやつだよ」

「……?」

「魔王軍を裏切って、首尾よく勝利を収めたところで、その後人間に裏切られて討たれては台無しだろ? ようは、そのための『保険』さ」

「そういうことよ、ベレトちゃん」

 しかし……内心でフレイヤは思わないでもない。

(仮にこの同盟が成立したところで……この『保険』、どこまで有効なのやら)

 それでも、これが彼女たちにとっては一番犠牲が少なく済む術だということだろう。




 家に入ってきたフレイヤを迎えようとしたベレトは、一緒に入ってきたベリアルと、特にスケルトン一族の『スケるん』に対して驚いたようだった。

 まあ、ベリアルとて十分驚くに値するだろうが、見た目のインパクトだけなら断然スケルトン一族の方が上だ。全く動じなかったフレイヤの方が、ある意味ではどうかしている。

「どういうこと!? なんで魔族と一緒に入ってきてんの!?」

「言わなかったっけ? 場合によっちゃ交渉になるだろうって。一応テーブルでゆっくり語らう、くらいの価値はありそうだから」

 そういってから、フレイヤはベリアルたちに警告を出す。

「ああそうそう。一応言っておくけど、家の物には迂闊に触らないように」

「取引相手の家を目の前で物色するような輩は、そうそういないと思いますが」

「スケルトン族が……喋った!?」

 ベレトは驚いている。一応スケルトン族は肉声が出せないことは知っていたようだ。フレイヤが簡潔に説明をする。

「彼はスケるんという。魔術で声を再現しているんだ。ここまでの違和感のない再現度は、相当実力がないと無理だけど。あと、別に私は物色される心配をしてるんじゃない。この家の外部と内部は、対魔族用のトラップだらけだからさ」

「……初耳なんだけど? なんで警告しないの!?」

 ベレトが若干、怒気を孕んだ声を出した。トラップだらけの家で生活していたと考えると、怖気がするのも無理はない。ベリアルたちはベリアルたちで、だから結構気楽に家に招いたのかと、得心した様子だ。

「いや、だって人間と魔族の識別式だから。君だと絶対に起動しない物の場所を教えて、どうするのさ」

「識別式……?」

 スケるんが皆の疑問を代表して声を出した。識別式のトラップなどという代物は、ついぞ聞いたことがない。

「簡単にいうと……人間と魔族の、魔力の波形パターンを照合する仕組みで識別。人間以外を認識すると、仕組みだ。だからベレトに危険はないよ」

 ベレトを安心させるように、フレイヤは微笑みかけた。だが、内容が内容だけにベレトはあまり安心できない。

「それって、下手すると家の中で爆発が起きるってこと!?」

「いや、相手の自壊を促すって言ったろ? 『せいぜい触れた相手から、肉片と血飛沫と骨片が飛び散る』くらいじゃないかな?」

「それはそれで、グロ! めっちゃグロ!」

 ベレトは迂闊にも想像をしてしまったようである。フレイヤの方は、想像したところで全く気色悪くも何もないので、グロテスクだと言われてもあまり実感が伴わないが。一般的な人間はそういう反応なのだろう、という風に解釈した。

「いや、あんたはそれで済むでしょうけど、私たち下手すると一発でアボーンじゃない。しかも相手の魔力を利用するってことは、起動用の魔力以上は使わないってことよね? 私たちが魔力で検知するのさえ、かなり難しい代物ってことでしょ?」

 まあ、下手に物に触れなければ良いのだろうが。おそらく、魔族が空の家を調査しに来た時に、動作するようにした代物だろうからだ。

 旧家になる予定だったとはいえ、一時的に避難する場合のことも考慮して、家そのものを損傷させる爆破ではなく、自壊を選ぶ辺りからも、そう考えた方が自然だ。

「流石に茶菓子の類は出さないけど、構わないよね?」

「いいわ。さすがに今まで命のやり取りをしていたのだし、何よりそういった物を用意してもらう時間も惜しいし」

「ベレト、君は私の隣に座ってくれ」

「……分かったわよ」

 今更出て行けと駄々をこねるほど、ベレトも子供ではなかった。



 とはいえ、ベリアルのフザケた自己紹介には、流石にベレトも堪忍袋の緒がキレそうだったが、なんとかこらえて見せた。

「……それで、同盟って結局なんでまた急に」

「なんでだと思う、ベレトちゃん?」

「仮説程度ならいくつか。まず、魔王軍の他の幹部を抑えられなくなった。これは、ナンバーツーに相当する幹部以外が好戦的か、あるいは全幹部がほぼ対等の関係で多数派が好戦的か、のどちらかだ。次に考えられるのは、魔王の復活に関する情報の進展が、全く見られないということ。どちらも他の幹部の暴走までに、魔王を復活させることが間に合わなくなるからね。一番確率が低いのは、他の幹部のバカさ加減に嫌気がさした、といったところかな」

「なんでフレイヤたんが言っちゃうの!?」

「まだ君たちと、ゆっくり歓談するような関係になったつもりがないから。無用な時間はかけたくない」

 私じゃわからないって思われている、とベレトは考えはしたものの、たしかにまだ完全に仲間になると決まったわけでもない相手だ。フレイヤに任せて、とっとと必要な段階を踏んだ方が早い。わざわざ考える時間を使うのは、バカらしいだろう。

「フレイヤたんだと大体当てちゃうじゃないの。実際、全部当たっているし」

「ふーん……それで、君がナンバーツーなのか、それとも君に賛同する幹部はこの場に呼んでいないのと、どちらが正しいのかな?」

「私が一応暫定的ざんていてきにナンバーツーとして認識されている……というのが正確かしら。頭ごなしに命令可能なほど、差はないわね」

「魔王ゲーティア以外は、明確な命令権はないということか……ベレトの暗殺に失敗したのも、状況が変わった要因かな」

 その発言に、ベリアルは苦笑する。そうさせたのは主にフレイヤの力だったのだが、まあ彼女たちからすれば自衛しただけのことだ。双方共にそれについては、今更咎めている場合ではない。

「まあ、私の立場が揺らぐほどではなかったにせよ、他の幹部を長時間抑えておけなくなったのは事実。とはいえ、これほど暴走が早まりそうだとは、正直思ってなかったけれど」

 そこでベレトが、口を挟んだ。今までは思いつかなかった疑問が生じたのだ。

「今更だろうけど、なんで他の幹部が暴走したらまずいわけ? 放っておけばいいんじゃないの?」

「私たち人間と組む場合は、むしろ好都合だろうけど……今までは彼女は魔王軍の戦力を温存する必要があった……一部の幹部が先走った場合は、軍団級の戦力が各個撃破されてしまう。それよりは、全軍を投入した方がまだマシだ……どちらにせよ、敗戦が濃厚だろうとね」

「……」

 ベレトは沈黙する。たしかに、戦力を逐次ちくじ投入して撃破されるくらいなら、戦力を集結させて戦うほうが、結果的に損害率は低下する。

 しかし、それでもなお絶望的な戦力差があるとは思っていなかった。

「正直、私もそこまで戦力不足だとは想定外だった。こんなに早く人間側につく決断をしたということは、推測だが魔王を戦力に加えられるという希望的観測を含めてさえ、一軍団の戦力の消耗が致命的になりかねないということだろう? なんで他の連中は戦う気でいるんだい?」

「……きっと、夢を見ているのよ……魔王様が復活しさえすれば、ってね」

 ベリアルは自嘲の笑みを浮かべた。他の幹部がそこまで魔王という存在に幻想を抱いているなどとは、想定外だった。もう少し、現実を直視出来る連中だと思っていたのだが……

「だってねえ、魔王様がいくら強かろうが、勇者以外の一般兵すら軽々と通してしまいかねないような状態で、どうやって勝利するっていうのよ? 今までだって、勇者以外の一部の猛者以外は通さないように戦力を整えて戦いながらも、結局魔王様は封印されてしまった。今回は、そんな少数精鋭以外の突破を許さない防衛さえ、整えることが出来ないのが濃厚だというのに……」

 そこで、ベリアルはフレイヤを見た。熱のこもった、潤んだ瞳で。それはきっと、彼女のフレイヤに対する執着心の発露だろう。

「ましてや、今代の勇者はおそらく歴代でも最強クラス。私と一人だけでほぼ互角に戦闘出来るような勇者、今までロクにいなかったわよ」

「あの時の君、まだ完全には本気を出してなかっただろう?」

「それを言うなら、フレイヤたんもでしょ? 多分宮廷内の人間のことを巻き込まないように、全力で攻撃はしてなかった。それで互角なんだから、本気同士なら多分どのみち圧倒なんて出来やしない。私はこれでも、戦闘力でも幹部最強クラスなんだから。それと一対一でまともに戦える時点でね……」



 話はそれから、具体的な交渉内容へと移った。ただ、彼女たちの要求はフレイヤ以外からしても、意外な内容だったろう。

「こちらが味方をした見返りは、嫁入りした勇者様の仰る通りにするわ」

「……まさかとは思うけど、具体的な要求は何も考えて来てないとか?」

 フレイヤは困惑した。おそらくだが、ベリアルたちは同盟成立後の対価などについては、全てフレイヤに任せるというか、押し付ける気でいる。

「その一、私たちは信用に値する交渉相手を貴女以外に知らない。その二、人間の価値基準がよく分からないから、どういう要求が妥当か判断に困る。その三、同盟成立後に私たちが勝利したとして、約束を最後まで順守しそうな人間も、貴女以外に知らない。以上」

「……」

 フレイヤとしては沈黙するより他はない。確かにベリアルの言うとおりだろう。高い権力を持った人間との間にパイプがあるなら、わざわざこちらに話を振ってくるとは考えにくいし、人間の価値基準が分からないのも無理はない。人間と反りが合わないからこそ、今まで魔族と人間が争っていたのだ。

 最後の意見についても、比較的妥当な意見ではある。国王とて失策や国内の権力抗争の結果、下臣の意見に従わざるを得なくなることはありえる。他の宮廷内の者は、言うまでも無いだろう。

(勇者が、魔族に勝利した後も英雄として敬われるものかも、微妙だろうけれどね……)

 とはいえ、正直権力者の類でまともに魔族との約束を守る者など、フレイヤにも心当たりがない。自分が仲介者として務める他にないだろう。

 幸いなことに、自分の嫁であるベレトは王家の親族にあたり、竜の巫女としても敬われている。単純に勇者だからという以外にも、社会的な地位を確保出来る算段が全く無いわけではない。

(面倒くさ……)

 本当はそんなことに一切関わらず、ベレトと子作りに励みたいのだが。とはいえ、この交渉が成立し続ければ人死ひとじにも魔族の死者も大分減るだろう。

「……分かった。それについては、私が仲介役を引き受けるのが、一番妥当なんだろう。じゃあ、最後の段階に進むとしようか」

「最後の段階? ああ、こいつらが本当に裏切るのかどうかって、どうやって証明するかってこと?」

「あ、ベレトにしては鋭い……いや、悪かったよ……だが、そういうことだ。それも私たちだけじゃない。他の人間たちにも堂々と示せる証拠がなければ、私が他の人間との仲介役を行うことも無理だ」

「それについては、私たちが実際に人間と一緒に魔王軍と……」

「それはダメだね」

 フレイヤは即座に、ベリアルの言葉を遮った。

「どうして?」

「君らには、ある程度の自衛力を維持して貰う必要がある。でないと、下心やいらぬ忠誠心とかで、君たちに無用な手出しをする連中が出てくるのを、抑制しきれないよ」

 生き残ったベリアルたちの配下が、それなりの戦力を保持していれば、それを制圧するのに必要な戦力を動かすのには、どのみち苦労するはずだろう。

 その程度の自衛力は持ってもらわないと、こちらがそういった輩を掣肘するのにも苦労する。あまり戦力を保持されても、それはそれで警戒されるだろうから難しい塩梅あんばいではあるのだが。

「それじゃあどうするの、フレイヤたん?」

「そうだな……まあ、最初は私たちを信用させるところから始めてくれ。まずはここに他の魔王軍の連中をおびき寄せてもらう。その辺は、この後で具体的な手順を決めよう。後はそうだな……事前にこちらへ知らせた場所へ探索部隊と称して、非戦闘員など強行軍に向かない者はあらかじめ退避させてもらう」

「それはいいけど……私たちが同盟を結びたがっているという確たる証拠を、他の人間に対してはどうやって証明すればいいの?」

 ベリアルの問いに、フレイヤは不敵に笑ってみせた。そうして、他の者が仰天するような発言をする。


「今のところバレていない内通者がいるんだ……今のうちに、魔王軍の幹部の一名程度は君たちと連携した奇襲で倒しておきたい。ついでにいうと、私は今まで武勲になど全く興味がなかったけど、君らの仲介役を努めようと思ったら、流石に武勲を得ないわけにはいかないからね。魔王軍の幹部の首級しゅきゅうによって、今後の発言権を確保させてもらうとしよう」


 こうして、ベリアルとスケるんは無事(?)勇者フレイアの仲間ならぬ仲魔となって、魔王軍の幹部を討ち倒すことが決まったのだった。

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