第8話 嫁にならんと欲するなら得心させよ
そういうわけ(?)で、フレイヤはにこやかな表情でベレトに紹介をする。
「はあい、ベレトちゃん。今日からフレイヤたんの愛妾になる予定のベリアルでーす」
「いや、始めまして風に言えばいいってもんじゃない! どういうことだ、もう妾を欲するのか、この色情魔め!」
「これには事情があるんだ……人間側の勢力にとっても悪い話じゃない。もう私たちだけの問題じゃないんだよ、これは……」
「とかなんとかいって、ベッドで相手出来る女が増えることは、素直に嬉しいんだろうが!」
「……なぜ分かったんだい……?」
「今までの付き合いだけでも、分からいでか!」
スケるんは思う。真面目な話もしているはずなのだが、この面々、なぜか一向に真面目な雰囲気にならない。なんだかんだで、完全にフレイヤ様に毒されているんじゃないだろうか……と
フレイヤは一応、ベリアルたちをまだ家の中に入れる気にはなっていなかった。とはいえ、ベリアルが戦いに来たとは思っていない。
だが、テーブルで相対して綿密に打ち合わせを行うだけの価値があるのかどうか、知りたいのはそこだった。
「結婚したい……ということから察するに、人間社会での地位が必要になった、ということなんだろう? 別に押しかけ女房するだけなら、わざわざ嫁になる必要なんて何処にもないしさ」
「さすがフレイヤたん、話が早くて助かるわ」
「たしかに……」
スケるんも同意する。というか、彼の場合最初に聞いたときの言葉のインパクトのせいで、そういった考えに思い至れなかった。
「うん? 君スケルトン族だよね……それにしては随分自然な発音だな……かといって、特に後天的強化を施されたり特殊交配で誕生したわけでもないようだ」
「……名乗っておりませんでしたな、これは失礼。私は『スケるん』と申します。ベリアル様の配下です……しかし、今の言葉だけでそこまで分かるとは……しかも、強化や特殊交配されていないとどうして分かるのです?」
「視認すれば分かる。強化や特殊交配された魔族全般は、生物として不自然な部分がでる。魔力の偏りが
その言葉に、スケるんは内心で畏怖を感じていた。見て分かる? まさか、魔力そのものを可視化出来るとでも? 魔力は人間の魔導師の場合、周辺に拡散しているものを感じることしか出来ない。身体が魔力を視認出来る構造ではないからだ。
しかしそれが事実だというなら、監視に勘づいたりするのもうなずける。魔力自体が見えているなら、遠見の魔術などは魔力で相手を視認するのだから、その魔力が自分たちに向いていることまで丸分かりだ。
紫の瞳の持ち主は、本来ないはずの身体機能すら再現可能なのだろう。
「ええ。骨野郎にしては随分使えるから、助かってるわ」
「こう言われても尽くす忠義者とは……泣けるね」
「恐れいります、フレイヤ様」
スケるんは、人間であるフレイヤに対して自然に
「あ、こいつフレイヤたんに媚売り始めた!」
「いや、別にそれは相手と話し合いの場を持ちたいなら、むしろ褒めるべき所だと思うんだけどね。それより、本題に入ってくれ。こっちは嫁が殺気立っている。君たちの話を最後まで聞くかどうかを、早く決めなきゃならないんだ」
「嫁、ねえ……妬けるわ。本当に。でも、確かにそろそろ本題に入りましょうか。こちらもそちらが聞く気があるうちに、話を進めておきたいしね」
そこまでいうと、ベリアルは真剣な口調で語り始めた。流石にこれから話す内容は、とても茶化して言えることではない。
「私たちはこれから、人間と同盟を結びたいのよ。勇者フレイヤたんと共に魔王軍を討つ同盟を、ね」
「……それはまた、随分思い切ったことを。てっきり一時的な不可侵条約か、魔王軍と人間の休戦協定、くらいに思っていたんだけど。がぜん交渉したくなってきたな」
「でしょう?」
ベリアルが思うに、フレイヤが言っていた内容だったのなら、彼女はそれ以上の交渉をする気は、ほとんど無かっただろう。単なる時間稼ぎだと判断されるか、どちらかがそれを
不可侵条約が最たる例である。仮に自分とその配下が不可侵条約を人間と締結しようが、ベリアルは所詮魔王軍内部では一軍に過ぎないのだ。他の幹部から戦争に参加するのを拒否すれば、下手をすれば仲間からも敵対される。そのような状況での不可侵条約など、まず信用に足るまい。
「ところで、君がいう私たちとは、どの程度の範囲を言っているんだい?」
「私と、私の配下。同盟だから、当然アナタが承認した戦闘には参加する。一応念押ししておくと、それ以外の連中は基本関係ないから。非戦闘員で私に従う意志がある者のみ、同盟対象扱いして貰えると、なおいいけど」
「……最終確認をしよう。魔王ゲーティアは、どう扱う?」
「もう邪魔でしかないから、復活させるつもりも従うつもりもない。同盟を組んだ後復活されたとしたら……アナタと一緒に戦うしかないでしょうね」
スケるんは、天を仰ぎ見ていた。正直、魔王ゲーティアに逆らうというのは、彼らにとっては背信行為だ。とはいえ、今さら魔王に出てこられたところで、ベリアルやその配下の者たちにとって、良いことに繋がる確率は限りなく低い。
そもそも、魔王は自分の配下たちを単なる駒として扱うのだ。それも当然だとは思っていたが、それはあくまで魔王という強大な存在がいなければ、人間によって魔族が滅びかねなかったからだ。
逆に言えば、人間と戦う必要がない状況では『毒をもって毒を制する』必要など何処にあるというのか。だからスケるんは、ベリアルに従うことを選んだ。
「……腹心も同意見なようだね。なるほど……となると後は、具体的な細い調整次第……といったところかな。そちらの交渉に伸るか反るかは」
一方のフレイヤは、ベリアルたちを迎える、温かい笑みを浮かべていた。ベリアルたちは、フレイヤを交渉のテーブルに着かせることに、見事に成功したのである。
「流石に、これ以上はベレト……竜の巫女にも話を聞いてもらった方がいいだろう。後で彼女に説明するのも面倒だし。ま、歓迎するよ。今のところは、ね」
フレイヤは、そういってベリアルたちを彼女の家へと手招きする。家の中へ入って来いということだろう。
「あら、愛の巣に入っちゃっていいの?」
「立ち話で終わらせるには惜しい、程度には思わせてくれたからね。これから次第だとはいえ」
フレイヤは、ベリアルのからかいには全く動じなかった。
「随分不穏な含みがございますな」
「そりゃ、交渉が決裂すれば、敵対関係に戻るだけじゃないか。そうなれば、歓迎はしないよ。お引き取り願うのみだ」
フレイヤは特に悪びれる様子もない。スケるんもそれはそうだな、と納得せざるを得ない。本番は、まさにこれからということだ。
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