第7話 二人目の花嫁
「いい案を思いついた。私がフレイヤたんの嫁になればいい!」
「……正気ですか?」
スケるんはそうは言ったものの、過程を飛ばしているだけで正気で言っているんだろうなぁこの方は……と思わずにはいられないのだった。
時は遡る。ベリアルのもとへ、スケるんがやってきた。なにか、事態の進展でもあったのか。今回の予定では様子見をするはずだったのだから、大きな損失は発生しないはずなのだが。
「各話のタイトルがドラ○ンクエ○トなんかのサブタイトルをもじっている件についてなのですが……」
「スケるん、そのデリケートかつメタな話題を続けるようなら、お前を殺す」
スケるんとしては、おちゃめなジョークのつもりだったのだが。脅されるのはいつものことなので、毛ほども動揺はしない。
「では、本題に入ります」
「こっちも今忙しいんだ。面白くもない上に笑いようがない冗談は、ほどほどにしておけ。」
スケるんはあっさりと本題に移る。そのつもりなら、最初からそうすればいいのだ、とベリアルは思わずにはいられない。
ベリアルが今忙しいというのは、単なる事実である。実のところ、魔王軍を抑える役は主にベリアルが担当している。
他の幹部共は魔王軍全体の総戦力と、人間との
今の魔王軍は、ゲリラ戦を展開することで人間に対する牽制と戦力を削ぐという、非常に地道な戦いを展開している。それを管理するのはベリアルの担当だ。
他の連中は脳筋過ぎて、とても任せておけない。それ以前に、どうしてゲリラ戦で戦力を温存する必要があるのか、という根本的な部分での認識が違いすぎるのが現状だ。
急いで魔王を復活させねば、もはや魔王軍は幹部同士の
「まあ、実のところあまりいい知らせではありません」
「いい報告が来ると思ったことは、最近はないな」
「……随分悲観的ですな。他の幹部をなだめるのも難しくなってきましたかな」
「聞くまでもなかろう?」
「ふむ……では、余計にそれに悪い知らせになるでしょうな」
ベリアルがますます難しい顔になるが、スケるんは構わず報告を続けた。
「勇者の監視を続けていて分かったのですが、場所を特定した頃から作業のペースが劇的に早まりました……場所を特定したことに気付かれた……いや、というよりはどうやら、資材の流通を監視していたことにも気付いていたようですな」
「どういうことだ?」
まあ、大体の検討はもうついていたが。彼女の質問は、単なる推測の確認でしかない。そもそも、場所の特定に気付いた時点でペースが早まった程度なら、大した問題にはならない。事前から手配をしていなければ、多少ペースを早めたところで資材が揃わないはずだからだ。
「資材の搬入速度から推察した時間より、準備の完了の方が早そうです。どうやら、資材の搬入にダミーか予備の物資を混ぜて、予測時間の撹乱をされていた模様ですな。明日にはもう、転移で今の監視場所はもぬけの殻でしょう」
「遠見に長けた者が監視についていたはずなのに、フレイヤたんってば見られた瞬間に気付くなんて……」
「普通の……いや、手練だということを念頭にいれて、遠見に長けた精鋭に感知されない距離から監視させていたはずなのですが……申し訳ありません」
「謝ることはない。フレイヤたんの実力が、規格外だというだけの話だ。お前の失態ではない。そもそも、資材の量まで撹乱されたということは、街の方の監視にもだいぶ前から気付いていたのだろう。資材の搬入予定は、そう短時間には変更しきれん。であるなら、街の諜報活動そのものさえ、随分前から察知されていたということだろうからな」
「恐縮です。しかし……予定よりも短時間で転移されてしまう上に、資材の搬入そのものに撹乱工作がされている以上、転移先の手がかりになるような物は、おそらく特定できんでしょう」
それが意味することは一つだ。ベリアルたちからすれば、最悪の事態だ。
幹部たちをなだめていられる時間は、そう長くはない。本来はその前に多少の成果を示すことで、脳筋共を牽制する予定だったのだ。その成果とは竜の巫女の暗殺であるが、転移先の特定が難しくなるということは、その牽制すべき成果の確保が不可能となったということだ。
魔王復活が間に合うかどうかも、非常に怪しくなってきた。思っていたよりも、現状手に入った手がかりがほとんどない。かといって大々的な捜索は、捜索部隊が人間によって叩かれる危険も大きくなる。
「人間たちと我々の、敗北することが分かりきった戦の発端に間に合わなくなりかねない……か」
今のところ、自体が好転する要素は特にない。他の幹部連中の暴走も、思っていたより早まりそうである。なにもいい情報が来ていない。
「どうしますか……いっそ、諸手を挙げて降参しますかな?」
「…………」
ベリアルは何やら深刻に考え始めている。スケるんとしては多少の本音も含まれてはいたものの、軽い冗談のつもりだったのだが。
スケるんが冗談で言ったというのは、降参したところでそれが信用されるのかどうか、そして人間がこちらをそれ相応の待遇で迎え入れるかどうか、という問題があることに尽きる。
結局人間とは種族そのものが違う、というあまりに大きな壁があるのだ。単なる勢力の所属の違い程度ならば、交渉次第でまだなんとかなっただろう。だが、種族の違いという偏見も手伝って、とても交渉自体が成立しないだろうから、今までそれは言わないでいたのである。
ベリアルとて、それを承知していたからこそ、勝ち目の薄いことを覚悟の上で、色々な裏工作をしていたのだ。
「もしや……なにか、我々と人間の間に交渉の余地が出来ましたか?」
それは無いだろう、とスケるんは思う。思うが、ベリアルが悩んでいるということは、なにか引っかかる要素があったのだろう。
「いい案を思いついた!」
「何ですか?」
なんとなく、本当になんとなくなのだが、なぜかスケるんは変な予感に囚われた。そこはかとなく、バカバカしいことを言われるような、そんな予感である。
「私がフレイヤたんの嫁になればいい!」
「……何を言い出すかと思えば……正気ですか?」
「何を言っている。人間との交渉は、信用出来る人選もそうだが、人間たち同士での利権も絡んで来るだろうから、そもそも交渉自体が無理と考えていた。私たちの弱みも見せるわけにもいかない。だが、勇者個人を通してならばどうだ?」
「それは分かりますよ。今代の勇者は賢い。そして同時に我々の弱みも既に知っている。いまさらそれを隠す必要もないでしょうし、我々が信用に足りる交渉材料を用意すれば、勇者の特権でそれを押し通すでしょうな。それは分かります」
そう、スケるんが疑問を感じているのは、そこではない。
「それとベリアル様が嫁になる件が、一体どう繋がるというんです?」
そうである。そこが全く理解出来ない。本当に一欠片とて理解不能だった。
「今からそれを説明する。それから、そうと決まったからには、フレイヤたんを全力で籠絡しにいく! 覚悟はいいな!」
「……私にそれについての覚悟を聞かれましても……」
まあ、ベリアルが言っているのは、腹心として私に同行しろ、という意味でなのだろうが。籠絡する手伝いについては、スケるんに出来るはずがない。
スケるんは内心複雑だったものの、ベリアルについていくことについては、言われなくともそうするつもりだった。向こうの戦闘力を鑑みると、ベリアル一人で向かえば交渉前に、即刻退散させられることになりかねないからだった。
かといって、あまりに数が多いと今度は向こう側が、交渉前に予定を繰り上げて転移によって逃げられてしまうだろう。そもそも一時的に手出しを控えることにしたのも、それが理由だからだ。
ベリアルと自分だけなら、話し程度は聞いてもらえるだろう。これ以上数を増やせば、気付かれた瞬間に転移で逃げられるだけだから、手出しは控えることにしたのだが。交渉ならば、話を聞く程度の度量はあると思えた。
というわけで、フレイヤの旧家になる予定の場所へ、急いでやってきた次第である。そもそも、ベリアルになんとかついていける速度が出せるのは、部下ではスケるんくらいである。他の連中は遅すぎて、向こうがトラップを仕掛けるか逃げるかを、じっくり選択する余裕さえ与えてしまう。
「何しに来たの、お前ら?」
案の定、フレイヤはとっくにこちらに気付いて待っていた。竜の巫女はおそらく家の中だろうが、こちらが仕掛ければ即行動に出られる場所でこちらを監視しているだろう。
こちらは全速力だったが、当然気配を消したり見つかったりしないように計らう余裕などなかった。それゆえにこうして配置を整える余裕があり、向こうからすれば撃退が可能と思えるぎりぎりの戦力であれば、フレイヤはおそらく待機を選ぶだろうと思っていた。
不可解な点があると、それを確かめずにはいられない性分だろう、という読みである。ベリアルは魔王軍では智将なのだから、余計に不可解に感じるだろう、という読みもあった。
「フレイヤたん、今日はお願いがあって来たの!」
「その呼び方は新鮮だなぁ……」
フレイヤは一見リラックスしているように見えた。杖を持ってこそいるものの、別にそれを構えてもいない。ベリアルたちが話し合いを目的としていることは、彼女は最初から承知しているのだろう。変に刺激しなければ、十分に話し合いは可能なようだ。
しかしそれにしても、魔王軍の幹部とその腹心を相手に、特に身構えもしない態度と度胸だけでも、十分に賞賛に値する。この状況なら勝算があるという判断からなのだろうが、それでもここまで堂々としていられるとは。
スケるんは始めてフレイヤを見たが、様々な面で尋常な人物ではない。
「フレイヤたん、私をお嫁さんにして!」
その言葉を聞いた時、スケるんが思ったのは、前と同じくなぜ過程を省略するのだろうこの方は、ということだった。一方のフレイヤは、大物だった。
「……この国って、貴族階級以外は一夫多妻は不可なんだよ。残念なことに」
そこか。そこなのか。この人物、もはや女性同士で結婚ということなど、一辺たりとも気にしてすらいない。
「ま、それは勇者権限でどうとでもなるかもね。もっとも、それを行使するにはリスクが伴うこともある。行使するかは、今から君が話す内容次第。最低でも、私が結婚した方がいいかもしれない、と思案出来るような内容であることを期待するよ」
「ふふ、まかせてちょうだい、フレイヤたん」
今の会話の出だしで全く動揺しない……だと!?
凄いぞ、今代の勇者は。スケるんは、本気で感心してしまった。
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