第5話 ベリアルの憂鬱
ベリアルは真剣に悩んでいた。
「どうやったら、あのフレイヤたんを誘惑出来るのかしら……?」
「サタナス様の話を聞く限り、たんっていうほど可愛げがある性格には思えませんけど」
「私のことをサタナスと呼ぶな、このスケルトン野郎。今はもう天使サタナスではなく、大悪魔ベリアルだ。ていうかベリアルの名は有名なのに、なんで堕天使サタナスという伝承の方は、人間にあまり有名じゃないんだ?」
「まあ、サタナスという名前よりベリアルという名前の方が有名すぎるだけでしょう。今はインターネットがありますから、それで調べれば分かりますよ」
「スケるん、それはあまりにメタ台詞過ぎる。慎めこの骨野郎」
腹心のスケルトン族の長『スケるん』は、その名付けた者の正気を疑うほどのふざけきった名前とは裏腹に、ベリアルの妖艶な美貌にも容易く自制出来るほどの精神と、切れる頭に斬れない肉体という、とてつもない有能ぶりだった。
他の、名前以外はまともな要素の方が少ない連中にも見習わせたいものである。まあ、死んでも無理な連中ばかりなのだが。
「ああ、フレイヤ……どうして貴女はフレイヤなの?」
「そう名付けられたからでは?」
スケるんは、ベリアルの独り言ににべもなくツッコミながらも、決して手を休めることなく同族たちから念話で情報を習得し、その情報を元に地図に印をつけていく。
ちなみにスケルトン族は本来、声帯がないため肉声を出すことなど不可能なのだが、彼は声の振動を魔法で再現出来るために容易に会話出来る。他のスケルトン族でそんなことが可能な者は極一部だし、彼ほど声の再現に違和感がない者はもはや皆無だ。名前と比べると面白成分があまりに少ないが、副官としてはつくづく有能極まりない。
「しかし、サタナス様」
「ベリアルだというに」
「いや、だって今サタナス時代の容姿じゃないですか。それに宮廷に潜入したときも、その容姿だったんでしょう。ともかく、なんで『サタナスラッシュ』を使わなかったんです?」
「人の切り札に、勝手に変な名前をつけるな骨! ……だって、ベリアルの容姿はあまりに厳つくて、愛しのフレイヤたんには見せられないわ。それに……」
「ついに骨扱いされた……それにそう名付けたのたしかベリアル様でしょ……ともかく、迂闊に宮廷を破壊しすぎると、かえって巫女がリンドヴルムの召喚に躊躇する要素が、なくなってしまうからですかね?」
「それもある……あれ、『サタナスラッシュ』って私の命名だったか?」
竜の巫女、かの者は単にリンドヴルムの神託を聴くことが出来るだけではない。リンドヴルムそのものは流石に無理だが、その写し身というか分身というか、まあその程度のものなら
その力はもちろん強大である。だが、あたり前だが竜の化身はそれ自体があまりに巨大だ。本来は屋内での召喚など、もってのほかである。
一方、ベリアルの切り札は強力だが、強力すぎて宮廷の大部分を崩壊させてしまう。そうなると相手にとっては、もう屋外と大差ない状況になりかねない。
「いいやもう『サタナスラッシュ』で。まあ、フレイヤたんがあまりに強すぎたから、あれを使っても倒せない公算もあった。向こうも建物への被害を気にして戦っていたからな」
「……本当に純粋な人間なんですか? あれ使って倒せないかもとか、もう我々じゃ単独では手出し出来ないレベルの戦闘力ですが」
ちなみに『サタナスラッシュ』とは、ベリアルとして召喚出来る無双の大剣に、堕天使サタナスとしての力を一時的に融合させる技だ。サタナスとベリアルは同一の存在ではあるが、堕天使とはいえ悪魔とは力の性質の折り合いが非常に悪く、ベリアルほどの能力を持ってしても、一時的にしか双方の力を同時には扱いきれない。制御に失敗すれば、自分の力で自分ごと爆散させかねない。
名前のフザケっぷりとは裏腹に、とてもフザケて使うわけにはいかない、ベリアルにとって真の切り札だ。それを受けて生き残れるというのなら、もはやベリアルと互角以上の能力でないと、単独では勝算が見えてこない。
「
「……紫の髪と瞳は、超常の魔力の証。それだけならまだしも、実は剣術……あるいは杖術ですかな、そちらも巧みと……今代の勇者は性格はともかく、能力はあまりに厄介ですね。だから、籠絡したかったんですか?」
「見た目が好みだったの! これ重要! ……だがまあ、今の戦力でまともに戦う方向で考えるのが、バカらしくなるほどのレベルだったのもたしか」
「ふむ……さらには、こちらが戦力を温存せねばならないほど追い込まれていることを、戦闘中に看破して見せたと……もう我々詰んでません?」
スケるんは口調こそ冗談半分だったが、とても楽観できる状況ではないことを感じ取っている。
他の魔王軍の連中は、未だに自分たちの単体の戦闘力が並の人間を凌駕しているがこそ、総合戦力では人間に勝ち目がないことをまるで理解していない。だから、ベリアルのように慎重にことを進める者を軽視しているが。
実際、軍を預かる身でなければ全てを投げ出したい状況だった。
「もうこうなったら、フレイヤたんを籠絡するしかないじゃないの!」
「ベリアル様の願望半分、戦略半分というところですか。いやはや、勇者とさえ直接対決するのを割けなければならないほど、手駒が足りないとは困りますね。せっかく勇者がいる場所が分かったのに」
「そうなのよ。フレイヤたんが魅力的すぎて……どうやって場所を特定した?」
「ああ、資材の流通を遠視出来る者に監視させて、その搬入先から特定をば。隠れ家はともかく、それを作る資材については、魔法ではそうそう創れませんから。とはいえ、隠れ家は魔法で建築するようですね。本当に人間なんですか、あれ」
「あれっていうな! フレイヤたんと呼べ! ……しかし、お前ちょっと有能すぎやしないか、骨の分際で」
「そうですか?」
スケるんは真顔(?)で謙遜しているが、先ほどから集めていた情報は、魔王の封印先の探索結果だけでなく、勇者と巫女の居場所と思しき場所の探索結果も入っていたようだ。つくづく抜け目がない。
「で、どうします?」
「様子見だ。資材そのものの情報を集めて、隠れ家の建築場所に繋がりそうな手がかりを見つけることを優先させろ。資材には、建築場所に応じて適した材質というものがあるはずだ」
ベリアルは即答した。現時点では、フレイヤたちを相手に出来る手駒は少なすぎる。今の居場所を特定出来たのは
(スケるんには後で褒美をやらんとな……)
ベリアルは、部下には非常に寛大であり、しかも部下の地味な貢献にもきちんと報いた。スケるんは何も言わないが、彼はそんなベリアルのことを気に入っているから、ベリアルの配下に望んでいるのである。他の幹部の配下に下るつもりは毛頭ない。
スケるんは十二分の手柄を立ててくれた。自分は良い部下に恵まれている。
しかし、それでもこれが今の自分たちに今できる精一杯のことだと思うと、ベリアルはとても憂鬱な気分になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます