第3話 そして勇者へ……

 フレイヤ=アイピーエースは、その声の主を知識として知っていた。

「その素晴らしきワガママボディ! エロくはあるが気品も漂う羽衣の衣装! 君は魔王の配下にして情欲の権化、堕天使にして大悪魔たる『ベリアル』殿とお見受けするが」

 たしかに、そのフレイヤすら凌駕しかねないだけの豊満かつ色香ただよう肢体と、薄く透ける際どすぎる羽衣の衣装は、彼女の評価と相違ないといえば相違なかったが。

 ピンク色の髪と瞳は、通常の人間にはあり得ない色であることも考えれば、たしかに超常の存在出るには違いない。しかしである。

「全身を舐め回すように見つめながらの解説、ありがとね!」

 フレイヤはあくまで余裕の態度を崩さず、その評価もそれこそ全身を舐め回すように視線を動かし続けながらのものだ。ベレトも、フレイヤのその余裕すぎる態度から思わずツッコミをいれたものの、それほど余裕があったわけではない。その女が発している、尋常ならざる殺気を感じているからだ。

「竜の巫女は、そこにいる黒髪の娘か?」

「そうだよ」

(なん……?!)

 至極あっさりとフレイヤが認めたため、ベレトは愕然となる。一体どういうつもりなのか。

「そんなことより、人払いしたほうがいいんじゃないかな。彼女との戦いの余波だけで、多分みんな死ぬよ?」

(あ……)

 ベレトはようやくフレイヤの意図に気付いた。たしかに、ここには非戦闘員もいる。戦える者とて、警備を増強する必要を特に感じなかったため、ここにいるのは通常の警護担当の兵士である。決して精鋭を揃えているわけではない。

 ベレトは戦闘訓練も受けているし、王国の守護竜・リンドヴルムからの加護も受けている。彼女が狙われるだけなら、死傷者は激減するだろう。

(最初からそのつもりで……?)

「まあ、確かに雑兵を相手にする価値などないのだけれど……素直に従う義理はない……」

「だろうねぇ」

 ベリアルの言葉に割って入ったフレイヤの発言と同時に、部屋の中で衝撃が炸裂した。

 そう錯覚しただけだと気付いたときには、すでにベリアルの腕にフレイヤの片手杖が打ち付けられていた。おそろしいことに、ベリアルの足元の床が砕けている。フレイヤが飄々ひょうひょうとしているだけに、余計そのさまは奇異に映った。

「みな、今のうちに避難を!」

「させると思って……!」

「いや、させて貰うさ」

 フレイヤは片手杖を両手で握って更に力を込める。ベリアルは最初、人間の腕力程度なら振り払ってしまるだろうと思っていたようだ。が、片腕では全く動かせないどころか、体勢が若干不利とはいえ明らかに力負けしていることに気付いて、愕然とした表情になった。

 ベレトも、その尋常ではない腕力に愕然とする。フレイヤは魔導師ではなかったのか。いや、魔法力を腕力に変換する術が有るらしいと聞いたことがある。おそらく生来の腕力ではないだろう。だが、それでもこれはあまりに……

(強い……!)

 ベリアルは慌てて杖で押す力に対して両腕で抗うが、それでようやく若干押し返せているだけだ。明らかに他の人間に構う余裕などない。

「フ、ザ、ケ……るなぁぁ!」

 ベリアルも魔力を解放しないと腕力で対抗出来ないことを察して、魔力を解放して一気に杖を押し返した。それでフレイヤの体勢を崩そうとしたのだろうが、フレイヤは笑みを浮かべたままで、その攻防を自らが引くことで、いなしてみせている。

 ベリアルにはそれがさらにかんにさわったようだが、そうなるともう他の人間を囮に使うという、冷静な考えも思い浮かぶまい。完全にフレイヤのペースだった。

 他の人間も最初こそ威圧感で動けなかったようだが、今はもはや避難を呼びかける必要もない。我先にと逃亡を始めている。

 ベレトは自分の避難など考えてはいなかったが、かといってこの攻防に加わる方法が、全く思いつかない。下手をすると邪魔をしかねないからだ。

(こんな……ただの色ボケ女だと思っていたのに……?!)

「来たれ、我が無双の一振り!」

霊 気 刃エーテルブレイド

 ベリアルの元に、一瞬で幅広かつ厚みのある剣が出現した。あおい水晶のような輝きと透明感のある特殊な素材で構成された、巨大かつ飾り気はあまりない大剣である。明らかに、人間では実用的に造れるような代物ではない。

 対するフレイヤの方は、おそらく魔力を剣として形成したのだろう。エーテルという魔力で形成出来る物質は強靭ではあるため、剣を再現出来るほどの量を形成出来れば、強力な近接武器となるのは間違いない。

 ただ、一般的に魔導師は近接戦闘そのものを好まない傾向があるし、エーテルを剣として形成可能なだけのな魔力があれば、広範囲に効果を及ぼす魔法だろうと容易に扱える。だから、エーテルをこのように近接武器として扱う魔導師は、非常に少ないのだ。

虚仮威こけおどしか確かめてあげる」

「そちらの大剣は、これまた使い手の美しさに似合わない、無骨な代物ですな」

 フレイヤは、ベリアルが呼び出した大剣の破壊力より、見た目をより気にしているようだった。その余裕が命取りにならない自信があるのだろう。そして、それは確かだった。

 そのまま、小規模の爆発が連続して発生したと錯覚するような打ち合いが始まったが、何合と斬り結んでみても、フレイヤの剣が折れる気配は全くない。

生身の体力では元々ベリアルが優っているから、フレイヤの方は大剣をいなすように振るっていることを考慮してもだ。これだけ打ち合って折れない時点で、凄まじい強度と密度を兼ね備えたエーテルの剣であることは分かる。

 そのうち、ベリアルの方がラチがあかないことに焦れて、フレイヤから距離を取る。フレイヤは自分から距離を詰めようとはしなかった。

「お前、何物だ……? ただの人間とは思えない」

「先日託宣を受けてね……どうやらこの私、フレイヤ=アイピーエースが今代の勇者らしいよ?」

「そうか……ふむ、よく見るとお前は結構ワタシ好みの見た目をしているな。お前なら、人間でもワタシの肉体カラダを好きにさせるのもいいかもね」

「奇遇だね。私も君みたいな見た目の女性が大好きさ。ベッドで一戦交えたい(意味深)くらいだ」

「竜の巫女を裏切ってワタシたちの側につくなら、一戦どころか幾らでもワタシと合体(意味深)させてあげてもいいわよ」

 なんだか、いつの間にかベリアルはフレイヤのことをいたく気に入った様子だった。単なる交渉手段としてというより、明らかにフレイヤに艶っぽい視線を送り始めた。

「というか、こいつも女好きだったの?!」

 ベレトは呆れた様子で二人を眺めているが、同時にフレイヤの実力を垣間見た後だと、このおかしな会話の成り行き次第では恐ろしい戦力が魔王に加わることとなることへの、戦慄も感じていた。

「だがまあ、こっちはこの子を嫁として迎えるから、今すぐ浮気するわけにはいかないよ。しばらくはじっくりと子作りにはげむつもりなんだ」

「いや、もう私は嫁に決定してんの?!」

「そう……そっちの人間の方が、ワタシより好みってことなの?」

 いや、そういう話じゃなかったはずだろとベレトは思ったが、ベリアルが嫉妬まで混じった殺意の視線を送って来ているので、生きた心地もしないし余計なツッコミをいれる気にもなれない。

「それに今の君たちの窮状きゅうじょうを考えると、そちらに加わる気にはなれないな」

 その一言に、ベリアルの表情が変わった。ベレトも、その言葉の根拠がわからないので困惑するが、ベリアルの表情の変化をみるに、それはなかなかに核心をついた言葉だったのだろう。

「なぜそれを……?」

「君たちの作戦でさ。その程度の察しはつくよ。君単身の方が、ここまで気付かれずに潜入出来ることを考慮してもね」

 そう言われても、ベレトには察しがつかないのだが。

「アナタ……フレイヤって言ったわね。本当に気に入ったわ。強いだけじゃなく、その艶めかしい肉体カラダに、頭も切れるだなんて……ふふ、アナタのこと本気で欲しくなっちゃったわ」

「それは嬉しいね。美女にそこまで言われると、思わず妄想がはかどってしまう」

「じゃあ、愛しのフレイヤ……また会いましょう。出来れば、二人っきりの方がいいんだけど」

「その方が、ワタシも君とベッドで戦えそう(意味深)でいいんだけど、まあそれは無理かな」

「残念」

 本当に名残惜しそうなのがむしろ怖いが、ベリアルはそういうと一瞬で壁を崩壊させて、そこから空に向かって駆けていく。いつの間にか、ベリアルの背中に悪魔の羽根が生えていた。そのまま空を飛翔して逃走を始める。

 フレイヤに、その動作を止める様子は一切ない。ベレトを護れる位置から動くつもりがないようだった。

「なんで追わないの! 相手が自分好みの女だから?!」

 ベレトはそう言ったが、なんだかこれではフレイヤとベリアルのやり取りに嫉妬したみたいだ。なんだか今の自分はおかしい。二人の様子にあてられでもしたのだろうか。

 そのベレトの言葉に、フレイヤは至極平静に答える。


「追ってもいいけど。その場合、君は彼女に殺されるね。私がここにいると、君を殺しようがないと判断したから、彼女は帰ったんだろうし」

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