玲奈、見参
ゆきお たがしら
第1話 本因坊秀策あらわる
夏休みに入って、一週間が過ぎた。『アッハッハ、やれば出来るじゃない!』と、玲奈は自画自賛していたのだが、
「あんた、病気?! もしかして、熱でもある?!」
と、姉の杏美が玲奈の顔を見ながら、驚いたように言う。
『バカ言うんじゃないよ』と玲奈は思うが、今まで休みだといえば、遊びが先で勉強は二の次だったのを見ていた姉は、何か不思議なものを見たように冷ややかに言っていた。
「ふん! 私だって、やるときはやるんだよ。」
「へーえ、どういう風の吹き回し?」
「悪いけど、わたしゃ変わったんだ。」
「はぁ~あ、どこが変わったのよ?! あんたの顔なんか、変えようがないしさっ。」
と、メチャクチャを言う。
玲奈はぶ然として、最近読んでいた「あなたもできる」という本を姉に見せた。姉はしばらく眺めていたが、案の定、
「どうせ、三日坊主じゃないの?! バカバカしい。」
と言いながら、取り合わない。
「れな、聞いた?」
「何?」
「令央君、将棋してるんだって!」
「えっ、今どき将棋? 囲碁なら分かるけど、将棋をね?!」
「そう、将棋。」
「ふ~ん。しかし、美代が、どうして知ってるのさ?」
「えっへっへ、のぼる君から聞いたんだ。」
「へ~え、のぼる君ねぇ?!」
「なによ、その言い方。」
玲奈はクスッと笑うと、美代を探るように見た。
「嫌な目つき!」
「そうかなぁ。」
言いながら、玲奈ははじけるように笑うと、なぜか石切神社を取り囲んでいる高さが七・八十センチほどある石柱の一つに登っていた。
石柱の上は両足を乗せるには狭すぎたので、片足で器用に立っている。
「玲奈、ダメだよ! 落ちるから、危ないよ。」
「大丈夫だよ。」
玲奈は言っていたが、次の瞬間「ドタッ」という音とともに石柱の上から道に落ちると、大の字になってのびていた。
「れな、れな・・・?!」
驚いた美代がいくら揺すっても、玲奈はグッタリとして起きない。
結局、玲奈は救急車で病院に運ばれて、経過観察ということで一晩入院ということになった。
次の日の朝のこと。美代はせかされるように母親に連れられると、玲奈を見舞っていた。母親は受付でいろいろと聞いていたが、心配そうな顔をしている美代のところに戻ってきて、
「大丈夫! もう、起きてるって。」
と言った。それを聞いた美代は胸を撫で下ろすと、
「よかった・・・。」
と、しみじみ言う。
「脳しんとうを起こしたみたい。でも、高くなかったのが不幸中の幸いね!」
美代と母親がエレベーターの中で話していると、すぐに玲奈がいる三階に着いてた。
母親は受付で聞いた番号を頼りに、部屋に掛かっている名札を見ながら廊下を歩いて行くが、
「あら、二人部屋だわ。」
と、意外だというように言っていた。
二人が病室をのぞくと、問題の玲奈は入り口近くのベットに腰掛けていて、病人とは思えないほどの、能天気というか機嫌良さそうに母親と話していた。
「おはようございます。」
美代の母が、戸口から遠慮がちに声をかけた。その声に玲奈の母が振り返ると、
「あら、美代ちゃんのお母さん! どうしましょう?! ごめんなさいね、玲奈がご心配をおかけして・・・。」
と言っていた。
玲奈は美代の母親の声に、目ざとく美代を見つけて手招きをする。
「わあ、うれしいな。」
「何が?」
「美代がお見舞いに来てくれるなんて、うれしいよ。」
と言って、手を出していた。
そんな二人を残して、美代の母と玲奈の母は「ここでは何ですから」と言いながら、ソファーの置いてある自販機の横の部屋に入って行った。
美代は玲奈の出した手を軽く叩くと、
「玲奈、大丈夫だった?」
心配そうに玲奈の顔をのぞき込んだ。しかし、玲奈は平気な顔で、
「ヘッチャラ、ヘッチャラ。なんてことないよ。」
「ふ~ん、それならいいけど・・・。」
さっきまで母親が座っていた椅子を玲奈は美代に指し示すと、
「ねえねえ、美代。聞いて、聞いて! 私ね、
と言い出していた。美代は首をかしげ、
「変な夢? れな、大丈夫?」
「さっきから言ってるけど、大丈夫だよ。それよりね・・・。」
声をひそめた玲奈は、その
「夢よ・・・。そんな事、あり得ないわ。私が令央君のことを言ったからじゃないの?」
「分かんないよ。でも、見たんだ! 私の枕元に座って、ボゥーとした姿の秀策が言うのよ・・・。」
玲奈は「秀策」と馴れ馴れしく言いながら、恨めしやのポーズをした。
「やめてよ、気持ち悪い!」
美代は、本当に気持ちが悪いといった顔をする。そして『やはり玲奈が変、ヤバイ!』と思うのだが、変な時に気の回る玲奈は、
「あんた、私が変だと思っているでしょう?! そんな事ないよ。今日中に退院するから、あした地蔵院に行ってみよう。」
「えっ、あたしも?!」
「そうだよ、美代。落ちた責任は、取ってもらうからね。ナ~ンてね。」
と、姉といっしょで無茶苦茶を言っていた。
次の日の朝、玲奈はいやがる美代を引っ張るようにして秀策の墓がある地蔵院に行く。
その途中、玲奈は、
「ねえねえ、美代。病院で変な子を見たよ。」
何を言っているのか訳の分からない美代は、
「??」
『また、オバケかしら?』と、言葉が出ない。
「その子、難病らしいの。」
「ふ~ン。それで、その子がどうかしたの?」
「令央と、いっしょだよ。」
「令央君と?!」
「そうだよ。なんか長いこと病院にいて運動が禁止されているので、お父さんに教えてもらった将棋しているんだって。」
「ふ~ん、よく知ってるね。話したの?」
「えへっ、ちょっとだけ。将棋は将棋でも、一人でする詰め将棋だってさ。」
「詰め将棋って、なんなの?」
「なんか駒をこう置いて、王さまを動けなくするんだって。」
と言って玲奈は手真似をするが、美代は、
「よく分かんないわ。令央君に聞いてみよ?!」
と言っていた。
石段を登る頃には気温がドンドン上がって、朝だというのに二人の額には汗がにじんでいた。ところが肝心の住職は用事で出かけていて、奥さんによれば昼からならいるかもしれないとのことだった。
『クソッ、せっかく来たのに・・・』と玲奈は心の中で舌打ちをしたが、そこは女の子で、
「それじゃあ、また昼から来ますので、よろしくお願いします。」
と、さわやかに言う。しかし、玲奈の迫力は何が何でも住職さんが必ずいるよう奥さんに迫っていたのだ。自分のしていることがよく分かっていないのか、玲奈は美代にアッケラカンと、
「残念!」
などと言っていた。
帰り道、残念がる玲奈に美代は、
「れな、あんた『ヒカルの碁』を読んだことあるでしょう。絶対、それよ。だから、夢枕にでたのよ。」
聞きながら玲奈は、
「そんな事ないよ。絶対、絶対に夢枕にでたんだって!」
美代も負けじと、
「いいえ! 絶対に、私は違うと思うわ。それに
「違う、違う。佐為じゃなくって、秀策だって!」
美代は顔中に疑ってますという気持ちを表すと、
「どうかしら? 昼から行けば、分かると思うけどね。」
帰る道すがら、美代は玲奈に結構キツいことを言っていた。
美代と別れて家に着いたのが、十時半だった。
「れな、どこに行ってたの?」
母親は、あんなことがあった次の日なので心配そうに言う。
「うん、美代と会ってたの。」
「そう、危ないことはしてないでしょうね?!」
「うん。」
さらに、念を押して言う。
家にいて、暇でゴロゴロしていた姉の杏美がちょっかいを出した。
「本当? 石切さんに行って、悪いことでもしてたんでしょ。」
「そんな事、するわけないよ。」
玲奈は姉をにらみながら、
「それより母さん、昼からも出かけるからお昼は早めに食べるよ。」
と言っていた。
「どうして?」
「美代と行きたいところがあるんだ。」
「また、美代ちゃん?」
「なんか怪しいぞ?! ついて行こうか。」
わざとらしく姉の杏美が言う。
「あんたなんかに、ついてきてもらわなくても、結構毛だらけネコ灰だらけ・・・。」
玲奈は、姉を手で追いはらうマネをした。
「何よ、あんた。えらく、古いわね。」
杏美はばかばかしいといった顔をして妹をにらむと、自分の部屋に上がっていった。
昼飯をものも言わずに玲奈は掻き込むと、突然白いレースのフリルがついた帽子を引っ張り出していた。
そして被り、ポーズをとって、どうかというように母親の顔を見る。母親は杏美と同じように、ばかばかしいといった顔をすると、
「
嫌みをサラッと言う。
まあ、そんな事はどうでもよかったので、玲奈は帽子をかぶると勢いよく玄関を出ていた。
出ると、向こうから美代がおっくうそうにやって来る。
「美代、あんたたいぎいんだ。」
「そうよ。あんたの夢は、残念ながら空振りよ! 行ってもムダだと思ってる。」
美代は、いかにも自信ありげに言っていた。しかし、絶対に大丈夫だと玲奈は思っていたので、別段言い返さない。
二人の間には妙な沈黙が漂ったままで、玲奈が転げ落ちた石切神社の前を通り過ぎると、その先にある細い道に入っていた。道の両側には、いかにも田舎といった
石段の下に立つと、玲奈は手を合わせた。
「どうか、有りますように・・・。」
「れな、何を祈っているの?!」
「見りゃあ、分かるでしょ。間違いないと思うけど、あれでも分かんないからね。」
美代は含み笑いをすると、
「ふ~ん、自信がないんだ。」
『クソッ。朝で決着がついていたら・・・、美代にこんなに言われる筋合いもないのに! クソッ、クソッ』と思いながら、石段の先にあるお寺をにらむ。美代はうれしそうに石段を登っていくが、玲奈の足取りはドキドキハラハラで重かった。
「こんにちわ、こんにちわ!」
お寺の軒先に来ると、玲奈を無視したように美代が言っていた。
「ああ、アンタたちか・・・。
その声に後から来ていた玲奈が美代を押しのけると、住職をにらむようにして、
「聞いてますか! それで、何かありましたか?!」
玲奈の気迫にビックリしたのか、住職は苦笑いをしながら、
「ああ、それらしいものはあったよ。」
と言っていた。
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