変態紳士は戦い続ける

谷崎伊呂波

第1話 パンツ大戦争

 天草義輝は考える。

 窓枠に腰を据え、放課後の黄昏を感じ乍ら義輝は夢想するのだ。

 

 パンツについて。


 しまパン、紐パン、ストリングショーツ、Tバック、ビキニ、ハイレグ、フルバック、オーバーパンツ、スカーティニ、イチゴパンツ、くまさんパンツ、オープンショーツ、ガールズブリーフ、絆創膏、ノーパンツ、エトセトラ。

 世界には多種多様なパンツがある。

 そして、どのパンツも一様にして良い。

 どのパンツも須らく愛らしくて、慈しみを覚えるような形式美。加えて、惚れ惚れするような機能美。

 義輝はパンツが好きだ。

 高らかに言ってもいい、


「―――パンツが、大好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!」


 誰もいない放課後のグラウンドに向かって、あの混沌とした夕暮れに向かって叫んでみせた。


「・・・・・・ふぅ~、スッキリした」


 日課を終えた義輝は、晴れ晴れとした気持ちで額を拭う。

 ――――が、しかし。

 すぐにさめざめとした瞳でグラウンドを見つめ、まるで世界を憂えるかのように、寂寞とした溜息を吐いた。

 悲しみに満ちた瞳を空に向け、義輝は考える。


 果たして、どのパンツが一番美しいのかと。


                 〇

 

 富、名声、力・・・この世のすべてのパンツを手に入れた男・海賊王ゴールド・Tバック・ロジャー。彼の死に際に放った一言は、人々を海へかり立てた。

「オレのパンツか?欲しけりゃくれてやる。探せ!この世のすべてをそこへ置いてきた!!」

男たちはパンツアイランドを目指し、パンツを追い続ける。

 

 世はまさに、大パンツ時代!!―――、


「――――などと!ふざけている場合ではありません、Tバック議長!!」


 暗闇が跋扈する会議室にて、しまパン副議長が憤りに身を任せて立ち上がった。

 凄味のある剣幕で円卓の一番奥にいるTバック議長を睨み付ける。それに対してTバック議長も立ち上がった。


「急に横やりを入れるとは一体何のつもりかね!?この開会宣言文は、議会が開催されるたびに読み上げられるのが習わし筈じゃぞ!?それを、貴様は妨害するのかね!」

「そうです!そんな古びた化石にいつまでの縋り付いているのは滑稽です!これからスマートにいくべきです!!」

「なに!?この開会宣言が古びた化石じゃと!?これは、初代パンツ王様がお書きになった宣言文じゃぞ!?愚弄する気か!貴様と言う奴は、即刻首だ!しまパン副議長の座を降りたまえ!!」


 白熱する口論。

 血走った瞳と瞳のぶつかり合いは、火花を散らす。

 そんな議論に割って入ったのは、リクライニングに腰を落とすフルバック支部長だった。


「まぁまぁ、Tバック議長にしまパン副議長、焦る気持ちも分からんでもありません。ですが、ここは穏便に議論を進めようではありませんか」

「で、ですがフルバック支部長!」

「こ、これは開会宣言であって、この宣言文を読まなければ会議が始まらない!それが、初代パンツ王様がお決めになさった習わしのはず!!」

「―――二人とも、そう言った横やりを入れるから、議論が進まないのですよ?この場は、パンツについてだけを、話す場なのではありませんか?」

「・・・・う、うぅ、た、確かに・・・・・フルバック支部長の言う通りだ・・・・・」

「・・・・そ、そうじゃな。この場でパンツ以外の事を話すなど、亡くなられた初代パンツ王様が泣かれるわい」


 二人は反省の色を示し、身を縮込めておずおずと席に着いた。

 ―――しかし、そこでまた別方向から声が響いた。

 オープンショーツ長官の声だ。


「おいおい、議会が始まってそうそう喧嘩かよ。これだから古ぼけたじいさんたちは困るぜ」

「な、なにぉぉぉぉぉおおおお!?」

「そうじゃぞ貴様、今何といった!?事と場合によっては島流しも辞さんぞ!!」


 再び投下された燃料に飛び上がるTバック議長に、しまパン副議長。

 その二人の怒りを目の当たりにして、オープンショーツ長官は鼻で笑った。


「・・・・フッ、古ぼけ過ぎて耳もイカレタのか。―――お前ら二人は時代遅れだって言ってんだよ!しまパンだとか、Tバックだとか、いつの時代なんだよ!!」

「き、貴様、もう怒ったぞ!出て行け、この議会から即刻出て行け!!」

「島流しじゃ!この減らず口を叩く不届き者を、島流しにするのじゃ!!」


 二人は人を呼び、オープンショーツ長官を摘まみだす様に騒ぎ立てた。

 やがて、黒服の男たちがオープンショーツ長官に駆け寄ろうとしたが、それをフルバック支部長が止めに入った。


「二人とも、取り乱してどうするのですか!二人はこの議会の趣旨をお忘れになっておいでですか!?この議会は平和的に議論する場で、争う場ではありません!」


 だから、黒服の下げる様に、二人に伝えたが、それを裏切るかのようにオープンショーツ長官は嘲笑ってみせた。


「ハハッ!何が平和だ。俺は、―――紐パン大臣とTバック議長が裏でつながってんのを知ってんだぜ?」

「―――なっ!?」

「う、うぐっ!?」


 驚きによって瞳を丸めたしまパン副議長は上体を仰け反らせ、ぎくりと体を震えさせるTバック議長。

 それに対して、紐パン大臣は腕を組んで、目を瞑っていた。


「ほ、本当なのですか、Tバック議長!?」


 しまパン副議長が詰め寄ると、観念したのかTバック議長は不敵な笑みを漏らす。


「・・・・フフッ、ばれてしまったのなら仕方あるまい!では、この場において高らかに宣言させてもらう!わがTバック派と紐パン派は一大政党に―――」


「すまんがTバック議長。其の話、今を持って降りさせてもらう」


「―――な、なんじゃと!?」


 淡々と言ってみせた紐パン大臣の言葉に、Tバック議長は目を白黒させた。

 それから食いつくかのように紐パン大臣に迫った。


「な、なぜじゃ!?あの時、貴様は私と手を取り合ったではないか!私達の進むべき道は同じじゃと!我らのパンツ道は同じだと言ってくれたではないか!!」

「あぁ。確かに、あの時は同じパンツ道を歩んでいた。同じ軽量感に、共感を覚えた。―――しかし、私は気付いてしまった・・・・」

「な、なにを気付いたと言うのじゃ?」

「・・・・・・・・・・それは・・・・・・・・・、


 ―――圧倒的な布面積!!」


「な、なにぃぃぃぃぃいいいい!!??」


 Tバック議長は口をあんぐりと開け、開いた口が塞がらないと言った具合だった。だけれど、そんな事もお構いなしに、紐パン大臣の熱弁が続く。


「考えてみてください!紐パンとTバックの布面積の違いについて!圧倒的に紐パンは布がありますが、Tバックは皆無です!果たしてあれをパンツだと読んでもいいのか!?答えは否です!あんなものはパンツではありません!ただの糸です!原始時代に全裸でいたのと変わりません!!」

「い、言わせておけばぁぁあああ!!あれは列記としたパンツじゃ!機能美溢れるパンツじゃ!貴様、着物を着たことがあるのか!?着物と言う物は、ラインが見えてしまっては大層不細工で、そういう時にTバックを履くのじゃ!これこそ、機能美を追求した結果じゃろ!!」


 決別した両者は睨み合う。

 互いが互いの琴線に触れ、一触即発の雰囲気が立ち込めた。

 フルバック支部長は止めようの無い二人に溜息を零し、しまパン副議長は両方布面積にさほど変わらないだろ、と思いつつも口を挟まずに黙って行く末を見つめ、オープンショーツ長官は頻りに笑みを浮かべていた。

 そんな事だから、見かねて一人の男が立ち上がった。

 そいつの名は、ノーパン番長。


「おぅおぅおぅ!てめぇら、何ごちゃごちゃ抜かしていやがんだ?男なら黙ってノーパ―――」

「パンツの議会と言うのに、一人パンツじゃない者がいるぞ!この者を直ちに外へ!!」

「―――へっ?あ、ちょ、ちょっと待て!お願いだから、ちょ、ちょおま!ノーパンだってパンツだからぁぁぁああああああ!!」


 Tバック議長の一声によりノーパン番長の抗議も空しく、黒服の男達に囲まれて、直ちに外へと放り出された。


 会議は煮詰まり、皆が一様に沈黙を始める。

 果たしてどのパンツが一番美しいのか。どのパンツが一番優れているのか。


 ―――そんな中、唐突に会議室のドアが叩かれる。


 皆の視線はドアに集められ、何事かと目を丸めた。

 ドンドンドン!と勢いよく打ち鳴らされた後、ドアの向こう側から声が響く。


「電報です!取り急ぎ、このドアを開けてください!!」

「ど、どうした?何か、事件でもあったのかね?」

「その声は、Tバック議長!ならば、早くこのドアを開けてください!!でないと私達が!こ、これは事件です―――クーデターが起こりました!!」

『な、何っ!?』


 会議室にいる者たち全員が声を合わせ、眉を顰めた。

 そして立ち上がり、閉め切った会議室のカーテンを開け放つ。


「こ、これは!?」

「・・・・暴動と言う奴ですね」

「・・・・・いつかはこうなると思っていたぜ」

「・・・・・誰かの陰謀によるクーデター。それにしても、酷い」


 町は戦火に包まれる。

 荒れ狂った民衆、暴徒と化した人々はありとあらゆるものにパンツを被せ、その瞳には慈悲の心が宿ってはいなかった。襲われる下着専門店。子供たちが泣き叫ぶが、そんなことには構わず、略奪の限りが尽くされている。


「今回、暴徒化したのはイチゴパンツ派とくまさんパンツ派です。初めはイチゴパンツ派の一部とくまさんパンツ派の一部が抗争していたのですが、いつの間にか飛び火をして、こんな有様に。内閣府もいずれは暴動の前に屈します。ですから、このドアを開けて早くお逃げを―――だぁぁぁあああああ!?」

「だ、大丈夫か!?」


 廊下から響いてきた悲鳴。会議室にいる皆は振り返ってドアに目を遣り、じっと見つめた。


 ・・・・・・やがて、ドアがゆっくりと開き、外から一人の男が会議室に入って来た。

 姿を現したのは、―――バンソウコウ閣下だった。


「貴様は、バンソウコウ閣下!生きておったのか!?」

「クックックッ、勝手に殺してもらいたくはないなぁ~、Tバック議長」

「し、しかし貴様は第二次パンツ大戦のおり、クーデターを発案した狼藉者として死刑になったはずじゃ!それが一体なぜじゃ!?」

「確かに俺は第二次パンツ大戦のとき、バンソウコウ派が会議に呼ばれなかったおかげでクーデターを起こそうとした。そう、ノーパン番長の様に。しかし、お前は何もわかっちゃいない」

「なにが分かっていないと言うのじゃ!!」

「クックックッ、不滅という事だよ」

「・・・・・・不滅・・・・・?」

「そう!――――バンソウコウを愛する者がいる限り、俺は不滅という事だよ!!」

「・・・・・なん・・・・・・・じゃと・・・・・・・」


 高笑いを上げるバンソウコウ閣下。

 その手には小型の銃が握り込まれ、銃口はTバック議長たちに向く。

 Tバック議長は自身の不甲斐なさに肩を揺らし、しまパン副議長は怒りに身体を揺らして、オープンショーツ長官とフルバック支部長、紐パン大臣も一様に焦りの色が窺えた。


「局部だけを隠すことが至高なのだよ!!あの、見えそうで見えないジレンマこそが、一番美しいに決まっている!!フハハハハハハハハハハハハ!!」


 バンソウコウ閣下の声だけが会議室に響き渡り、万事休すかの様に思われた、その時。


 ―――突如、会議室内に光の玉が現れた。


『うッ!?きゅ、急になんだ!?』

 目が眩むような眩い光を放ち、会議室内にいた者達は呻き声を上げた。

 

 やがてその光の玉は形を変え、人の姿となる。

 

 まばゆい光はなりを潜め、代わりに一人の人物が姿を現した。

 男の名は。


「――――初代、パンツ王様!!??」

「そうだ、私だ」


 神々しくも美しい、初代パンツ王が長い沈黙を破り、ここに顕現した。


「な、なぜお前がここにいる!?」

「『なぜ』とはおかしな話だな。先ほど君自身が言ったではないか―――――バンソウコウを愛する者がいる限り、不滅、と。私はパンツの王。キング・オブ・パンツ。パンツ・イン・パンツ。永久に不滅なのだよ」


 初代パンツ王がそう言った瞬間、がくりと膝から崩れ落ちるバンソウコウ閣下。

 初代パンツ王が来たからには何の攻撃も受けない。誰にも初代パンツ王を止めることはできない。

 沸き立つ群衆。

 皆が心にパンツを抱き、そして、バンソウコウ閣下を打倒する――――かの様に見えた。


 しかし、初代パンツ王は膝を折ってバンソウコウ閣下の肩を叩き、慈しみ目を向けた。


「―――すまない。君の事をパンツとして認められなくてすまない。あの無駄のないフォルム、見えるか見えないかのチラリズム。それは、本来パンツに求められるそれで、絆創膏も立派なパンツであっていいはずなんだ」

「な、なにをおっしゃられるのですか初代パンツ王様!直ちにそのものを処刑しなければ、いつクーデターを起こすか――――」

「―――なぁ、もう、争うのは止めないか?」


 パンツ王が放った一言に、場が凍り付く。

 だけれどパンツ王は止めない。その先の言葉も紡いだ。


「私達はただただパンツが好きなんだ。大好きなんだ。・・・・・・その大好きなパンツで争うのは苦しくないか?心が痛まないか?初めはみんな、どんなパンツでも愛することが出来た。でも、いつの間にか別々の方向に進み、争いが生じてしまった」


 言葉を無くし、民衆共々、全員がパンツ王に視線を向ける。


「口論だとか、抗争だとか、クーデターだとか、パンツをパンツで洗うようなことは止めないか?皆で、一つにならないか?」


 パンツ王はめい一杯息を吸い込み、高らかにこう宣言した。


「以上を持って、――――『スパッツ』の名の下に、平和を宣言する!!!!」


                 〇


 天草義輝は窓枠から腰を下ろし、下校の準備を進めた。

 誰もいない教室を後にして、昇降口へと足を進める。

 しまパン、紐パン、ストリングショーツ、Tバック、ビキニ、ハイレグ、フルバック、オーバーパンツ、スカーティニ、イチゴパンツ、くまさんパンツ、オープンショーツ、ガールズブリーフ、絆創膏、ノーパンツ、エトセトラ。

 世界には多種多様なパンツがある。

 そして、どのパンツも一様にして良い。

 どのパンツも須らく愛らしくて、慈しみを覚えるような形式美。加えて、惚れ惚れするような機能美。

 義輝はパンツが好きだ。

 ―――しかし、同じぐらい『スパッツ』が大好きだ。寧ろ、先に述べたパンツをはいた上にスパッツを履いてくれたのなら、一生の愛を誓ってもいいくらいに大好きだ。


「・・・・・・・今回も、スパッツが世界を救ったか・・・・・・」


 そうして、天草義輝は家路に着く。

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変態紳士は戦い続ける 谷崎伊呂波 @kurosibadaisuki

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