7.反撃の狼煙

 草むらの影にうまく隠れながら、ウルガは巨獣が首を下ろしたのを確認したところで、木の陰に隠れたソータに向かって軽くうなずき合図を送る。それを確認したソータは近くに落ちていたので拾ったこぶし大ほどの石を巨獣の右目に向かって思いっきり投げる。石は木々をきれいに潜り抜け、今まさに木を食べようとしていた巨獣の目のど真ん中にささる。

 不意を突かれた巨獣は目にいきなり飛んできた異物による痛みに悲鳴を上げる。


 「グギャァアアァアアァアァアアアアア!!!」


 そのうるささに思わず2人は耳をふさごうとするが、顔をしかめるだけでとどめ、すぐにポイントをうつす。移動の際にソータがウルガに指示を出す。


 「ウルガ、ここから別行動だけど、さっき言ったとおりにね?」


 「わかってる!」


 荒っぽいながらもそう返すウルガ。返事を返されたソータは彼女の気が立っていることに気づきながらも仕方のないことだといえよう。


 




 時間は少し前にさかのぼる。



 謎の振動からソータたちが森の中を通って引き返している最中にとてつもなく大きな竜巻が起こった。強風にあったソータたちはわざわざ巨獣から遠くを通って迂回していたため、多少速度を落とされたもののイギーたちへのほうへと向かう。

 その際に彼らは上空を飛ぶ一つの塊を見た。ソータの視力では確認できなかったが、ウルガはその姿をとらえる。


 「イギー……!」


 「!?ウルガ、それは本当か!?」


 ウルガの発言に風にあおられながらも食いつくソータ。本来偵察目的であったにもかかわらず、その風の中心である巨獣の竜巻の中にいるのだ。それが意味することはイギーは巨獣に接触しているということだ。

 何のためか、この時点でソータはイギーたちが意味することを悟るが、それをウルガに伝えたところで彼女がそれに従う訳がなかった。彼女の焦っている顔を見れば当然であろう。


 何とか進んでいる途中に風は止んだ。イギーは落ちてしまっていくのを確認したソータ達は進む途中にシーアの影を見つける。その体はボロボロでほとんど動けない様子であった。ウルガが巨獣に気づかれないように駆け足で駆け寄りながらシーアに声をかける。


 「シーア!大丈夫!?」


 「う…ウルガ?なんで逃げてないの…?」


 「逃げるわけないよ!家族を置いて逃げるなんてできるわけないよ!」


 満身創痍になったシーアを抱え、その場から離れながら涙ながらにそう答えるウルガ。家族思いの彼女にはシーアの姿がとても痛々しいものに見えた。イギーもそうだ。今頃、落下のダメージで動くことができないであろう。ウルガはそんな2人のことを思うと、先ほどまで逃げたいと思っていた自分を恥じ、今すぐにでも目の前にいるデカブツを殺したいと思う一方であった。

 しかし、シーアとしてもウルガには今すぐにでも逃げてほしいところであった。今は気づかれていないからよいものの、気づかれればシーアたちがおとりになった意味がない。なので、ウルガに抱えられながら、自分を置いていくように2人に伝える。


 「お願い、2人だけでも逃げて…私もそう長くはもたないわ…だから」


 「シーアは黙ってて!私は私を生んで育ててくれた二人に何も恩返しできてない!それどころか足を引っ張ってばかりだ!なのに、何も返せないまま二人を死なせるなんてできるわけないじゃない!」


 涙を流しながら答えるウルガにシーアは心を打たれ、泣きそうになる。すっかり蚊帳の外であるソータもウルガの答えに賛成と付け加える。


 「俺もシーアたちに育てられた一人だ。もっといえば、ウルガには命を救われたといっても過言じゃない。そんな恩人が涙ながらに二人を助けるっていうんだ。ならそれに従うさ」


 「二人とも…」


 ウルガとソータの答えに涙ぐむシーア。全員で湿っぽい感じになりながら巨獣と距離をとることに成功したところで、ウルガはシーアをその場に座らせる。

 シーアも二人の覚悟を感じ、おそらくこの二人はもう何を言っても聞いてはくれないだろうと思い、せめて、と付け加える。



 「必ず生きて」



 「「もちろん」」



 そして、二人は走り出す。




 そして再び巨獣に近づいていく途中で、ソータはウルガに作戦を話す。


 「いいか、ウルガ。巨獣は普通に考えて真正面からいっても倒せない。それはイギーとシーアをみればわかるだろ?」


 シーアの状態を思い出したのか、ウルガはソータの言葉に泣きそうになりながらもうなずく。それを確認し、ソータは言葉をつづける。


 「だから、巨獣を殺すことはまず不可能だ。それだけは理解してほしい」


 それを言った途端にウルガが殺気を放つ。それは一種の幻覚的なものではあるが、ウルガから発せられるはそれほどまでに濃いものだった。家族を傷つけられたことがそれほどまでに彼女を腹立たせたのだろう。

 無意識にはなっているものに気づいたウルガは慌てて殺気を消す。もちろん、ソータはもろにその殺気を浴びたが気にしない。気まずげになりながらもウルガはソータの質問に返答する。


 「……どうしても?」


 「どうしてもだ。基本的な能力から考えてやつを殺せる可能性は限りなくゼロに近い」


 シーアとイギーはうちの家族でいうところのいわゆる精鋭だ。それが瞬殺されている時点で普通なら勝ち目もないと逃げ出すべきだ。しかし、ウルガの意地はそれをよしとしない。もしここで何もせずに逃げ出せば、後々彼女は自分を責めて精神的に参ってしまうことになるだろう。ソータはそれを危惧し、今こうして巨獣を攻撃する案を考えている。

 おそらく、今の言葉でウルガが軽く自暴自棄になりそうだなと感じたところでソータは次の言葉をつづける。


 「だからと言って巨獣をこのまま自由にさせるわけでもない」


 その言葉にウルガがハッと顔を上げる。


 「ど、どうするつもりだ!?」


 ウルガはソータの言葉に大きく反応する。しかし、走りながら詰め寄るという器用なまねをしなくとも…と苦笑しながらソータは続ける。


 「殺せはしない。それでも、やつをしばらく動けないほどのけがにすることくらいならできるだろう。のるか、ウルガ?」


 「やるよ!」


 ソータの提案に勢いよくのるウルガ。その元気さは普段通りだなぁ、と思いながらも計画をウルガに伝えていく。


 「まずはね…」





 ウルガは走りながら次にやるべきことを反芻する。


 「左目をつぶす、左目をつぶす…」


 ソータがまずやろうとしたのは巨獣の知覚できる範囲をつぶすことであった。やつの感覚がどうなっているかはわからないが、目と鼻があることはわかっている。ソータの知っているやつと似た生物には耳もあるのだが、その位置が完璧に分るほど彼はその生物を知っているわけではない。それに巨獣はその生物と同じ生体なのかもわからないのだ、参考にしすぎるとかえって危ない。

 そして、おそらくやつの皮膚の硬さを考えると触覚はあまり鋭敏ではないだろう。先ほども全力で腹で回転しているのだから、おそらく痛みにも鈍い。致命的でもなければ触ったとも感じないだろう。

 そこでソータは感覚の一番の判断材料である目をつぶしにかかった。鼻ももしかすれば危ないかもしれないが、許容範囲だと考えた。

 なので、足の速いウルガに目をつぶすよう、指示した。


 悲鳴を上げた巨獣はいまだなんとか見える左目で自分の右目をつぶしたやつを探そうとする。しかし、視界の半分が見えなくなり、手当たり次第に近くの木を踏みつぶす。先ほどまで食事のことしか考えてなかった彼もさすがにこれは頭にきた。


 (ドコダァ!ドコニイッタァァアアアアアア!!)


 右足に未だ残る傷よりもこの右目のダメージはさすがに巨獣にはこたえた。後々、治せるといっても痛いものは痛い。完全に巨獣はキれていた。



 しかし、そういった時こそ冷静にならないと思わぬところで足をすくわれるものだ。そう、未だ残っている左目が狙われる可能性を考慮すべきだったのだ。

 


 木々の隙間からウルガはソータの時と同様にこぶし大ほどの石を思いっきり投げつける。右目の時もウルガがやればよかったのだが、自分も怒っているんだよ、とソータの冷ややかな笑顔により、右目はソータが潰す流れとなった、ということだ。

 狙って投げたウルガの石はこれまたきれいに巨獣の左目をきれいに射抜く。


 「ガァァアアアァァァアァァアアアアアアア!!!!」


 両目が見えなくなり、痛みもひどくなり、二重苦となった巨獣は悲鳴を上げる。何も知覚できない状況下に追い込まれた巨獣は今まで感じたことのない痛みにただただ悲鳴を上げるのみであった。


 もし、この時巨獣がすぐに体を引っ込ませて完全なる防御態勢であったのなら、二人に打つ手はなかっただろう。だが、巨獣の圧倒的強者という立ち位置は彼の一番の弱点として作用してしまった。


 ただジタバタとするだけでもかなりの振動を及ぼす中、ソータは近くの一番高い木から巨獣の山の部分に一気に飛び移る。結構な高さと距離にもかかわらずソータは悠々と飛び移りに成功し、一気に上まで駆け上る。そして頂点まで上がったところから、巨獣の頭が生えている首のところまですぐに降り、再び首を伝って巨獣の頭まで近づく。


 いまだ痛みに悶えている巨獣は自分の頭に近寄る存在に気づかずにただうろたえているのみ。


 (くそ!なぜだ!なぜ私が!)


 強者のプライドが彼から冷静な判断能力を奪い去る…そして。


 


 ソータというただの人間弱者巨獣強者にそのこぶしを振り下ろす。


 「これが家族の力だあああああ!!!!!」




 巨獣が最後に聞こえた声は確かにそう聞こえた。

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