5.巨獣<sideイギー&シーア>

 時間は4人が二手に分かれるときにさかのぼる。

 二手に分かれる際、イギーはソウタが作戦を提案し終わったときに案を出した。


 「じゃあ、俺はシーアと右手に回る。ソウタとウルガは左手に回ってくれ」


 「?イギーと俺じゃないのか?」


 ソウタはこの提案に疑問を覚えた。ソウタはシーアの戦う姿を見たことはなく、能力的な強さの順番はイギー、ウルガ、シーア、ソウタだと思っていた。なので、バランスから考えれば、イギーとソウタ、ウルガとシーアを想定していた。イギーはこの質問に対し、


 「なぁに、単に速さの問題だ。俺の全力についてこれるのはシーアくらいだからな」


 と答え、ソウタは驚く。イギーの全力はソータではとても追いつかず、狩りの時にはいつも置いてけぼりをくらう。その速さについていくというのだから、シーアも能力が極めて高いのだと、ソウタは思った。


 しかし、そうだとしても結局戦力的にバランスが悪くなる。イギーの言う組み合わせであれば、確実にもう一方はとても弱くなる。

 そう思い、ソウタはイギーに戦力的なアンバランスさを伝えたのだが、


 「いいか、ソウタ。この作戦で重要なのは機動力だ。なので、相方が極端に早かったり、遅かったりすると必要な時にフォローに回れなくなる。そんでもって、この状況はソウタを除く俺たちにとっては冷静な判断力を欠いてしまうほどに異常な事態なわけだ」


 先ほどの振動で棒立ちになっていたので、その言葉の説得力は確かにある。イギーはいつもの軽い感じを完全に消し、真剣な顔でそう言った。


 「だが、この状況でも唯一冷静に判断しているのはソウタ、お前だ。もしかすれば、俺やシーアであっても場合によっては棒立ちになってウルガを守れないかもしれない。だから今、この状況において一番強いのはお前だ、ソウタ」


 4人が地面に伏せ、今もなお、地揺れが続いている中でソウタは考える。


 (イギーの言うことにも一理ある…今の自分の判断力を信じてみるか…)


 ソウタの落ち着きが何によるものかはわからないが、よほどのことでない限りは大丈夫だろう、とこの場においては信じざるを得なかった。なので、ソウタはイギーの案に乗ることにする。


 「わかった。じゃあ、その組み合わせで行こう」


 「それじゃあ、俺とシーアは右手に回る。ソウタとウルガは左手を頼むぞ。あと、巨獣が大きな動きを始めたらすぐに逃げろ集合場所は昨日の野営地点だ。いいな?」


 4人はうなずきあい、二手に分かれたのであった。








 「あなたもなんだかんだで親バカですね?」


 「何の事だかわからんな、シーア」


 2人の影は新幹線並みの速度で木がたくさん生えている森林を飛び回る。あちこちに長く生える雑草は彼らの足を引き留めようとするが、絡みついては一瞬で引きちぎられ彼らの全速力を邪魔するものはない。その結果、彼らは走りながらにして飛んでいる。そんな異常な速度の世界の中で、シーアがイギーに話しかける。

 すっとぼけた態度にシーアは、あらあら、と目を細めながら遠まわしに言うのをやめ、事の核心を告げる。


 「のに進んでいるなんて、あの子たちに伝えていないのですから親バカでしょう?」


 「なんだ、ばれてたのか」


 あっさりと自分の考えがばれたことに対し、イギーはまるでいたずらがばれた子供のように苦笑する。


 「あなたと伊達に長く過ごしていませんよ」


 と、シーアはそれに笑顔で返す。

 実際のところ、イギーとシーアには長く生きてきた虎人族の勘でソウタの言うこの巨大な何かが生物であることにも納得していたし、この生物がどちら向きかもわかっていた。そして、おそらくこの生物が4人に気づけば一瞬で追いつかれてつぶされるか、食われるかということも感じていた。

 もしかすれば、逃げる自分たちに気づかずにそのままどこかへ行く可能性もあるが、イギーとしてはソウタとウルガだけは少なくとも確実に生き残るようにしたかった。シーアも自分の夫がその考えに至るであろうことをよんでいた。だからこそ、イギーが話し合いの際に頭の方向を言わなかったことを指摘しなかった。


 

 そして、に気づいているシーアは何も言わずにその考えを手伝うことにした。



 イギーは恐らく自分の考えていることが全部筒抜けであろうことにも苦笑しながら、最愛の妻であるシーアに念のため質問する。


 「逃げる気は?」


 「ないわね」


 シーアは笑顔で即答する。イギーはこういう時のシーアに何を言っても考えを曲げないことを彼女と結ばれた時に思い知らされている。

 イギーは自分についてきてくれる嬉しさとこれから起こることの悲しみに、翻弄されやはり苦笑してしまう。だが、自分もやはりこれからすることを変える気はなかった。


 ただ…と、シーアは今更になって思ったことをイギーに感化されたのか苦笑しながら言う。


 「たぶんあの子たちの場合、結局こっちに来ちゃいそうだけどね」


 シーアの言葉にイギーも薄々そんな気はしていた、と返す。一応別れる際に、


 「何があっても後ろだとわかったら逃げろ!」


 と言っておいたのだが、果たして聞こえていたのか否かは定かではない。仮に聞こえていたとしても、ウルガ辺りが戻るといって、ソウタがそれに付き合うのだろうということはわかっていた。だからこそ、急がねばならない。イギーの考えに気づく前に。


 2人の獣は森林を彼らの持つ俊足で走り抜けていく———————。







 

 巨獣は目を覚ました。長い長い時を過ごしてきたその感覚は普通の生き物とはどこかずれていた。人であればその何千年は途方もない年月であるだろうが、その巨獣の寿命からすれば一瞬にも等しい時間だった。

 そんな彼だからこそ、自分の体の近くを早く動く虫がいったい何を考えているのか、そんなことに興味はなくただ、自分の腹を満たすために何かないかと考える。


 彼は雑食であった。だが、この巨体を維持するための食糧はそこらへんの動物を食べただけで膨れるものではない。その巨体に見合うだけの量を取らねばならない。そう、もともと自分が寝ていた地面に生えていた森林などはおやつくらいだ。

 どうしようか、と巨獣はゆったりとした思考で考える。ひとまず、周りに木を食うことは確定として、この小さな虫も食べてしまおうか、と。どうせ周りの木を食べるなら一緒に食うことになるだろうが、この虫は異常に早く動く。もしかすると食べるにも一苦労かもしれない。


 だが、彼が持っている生物、いや動物としての本能がそこで妥協することを許さなかった。彼自身、なぜこんなにも今の自分がこの虫に激しく執着するのか、まったくわからなかった。


 (…………まぁ………とりあえず……)


 巨獣の眼前に素早い速度で動いていた虫2匹が躍り出てくる。


 (…………)


 高速で動くならば、と巨獣は自分の右前脚をその2匹めがけて振り下ろす。食べるだけなら、つぶして殺してからやったほうが早い。





 巨獣にとっての蹂躙、イギーたちにとっての生存戦略が今、始まった。

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