もりこ
「キモイ」
僕の詞を呼んで、森子はそう言い捨て、手に持った紙を破り捨てた。
「この世から消してくださいって……ここまで思われる【彼女】が不憫だわ」
森子は、苦虫をかみつぶしたような顔で吐き捨てるように呟くと、破り捨てた紙を丹念に踏みつぶして、踵を返す。僕は返す言葉もなく、踏みつぶされて茶色く変色したその紙片を必死でかき集めた。
「眞鍋の書く詞って、マジキモイ。誰のこと思ってんのかしらないけど、現実にいる女の子にそんな感情向けてあげるの、やめなね」
まるでゴミでも見るかのような視線を僕に投げかけ、小さく舌打ちをすると、ふんわりとウェーブのかかった柔らかい茶色い髪の毛をさらりとかき上げ、森子はそのまま、階段を降りて屋上から出て行ってしまった。
「……あ、も、森永さん……まって……」
もりこ。
なんて、心の中であだ名で呼んでいるけど……高校に入学してこの二年間、僕は森永愛さんをクラスの女の子達が呼ぶように、「森子」なんて呼べたとは、まだ一度もない。
……僕は、入学式の日。十五歳の彼女に恋をした。
入学式で、新入生代表で登壇した彼女は……誰が見ても、息をのむほどに美しかった。
ふんわりとウェーブのかかった、柔らかで艶やかな髪の毛。くるんと上に向いた、ふさふさの睫毛を讃えた大きくて丸い目。小さな鼻にぷくっと丸い頬、軽くピンクのグロスを塗って、ぷるんと輝く唇。掌に乗りそうなほどに小柄で、華奢な女の子。たくさんの新入生や在校生に見つめられ、緊張しているのか、顔色は陶器のように透き通るほど白く、無表情で、それはまるでアンティークのフランス人形のような美しさだった。
クラスの男達は、壇上の彼女の美しさを口々に褒め称える。僕も……そんな一人だった。
僕の名前は「
彼女の名前は「
「も」と「ま」で、偶然、席が隣同士になった。
「……眞鍋ってさ……作文コンクールとか、よく出してるよね」
彼女に見とれたまま、何を話して良いのか分からない僕に、彼女の方から声をかけてくれた。
「……出してるというか、先生が勝手に……」
「……あたしもそうなんだけど、あんたがいるから金賞取れたことないの」
「え、あ、そうだったんだ。ごめんなさい」
僕が思わず言った「ごめんなさい」が気に障ったようで、彼女は呆れたように顔をしかめる。
「なんで謝るの。あんたの詩、好きよ。会ってみたかったのよね、眞鍋節也。これから、よろしくね」
そう言って、彼女は僕に手を差し出した。慌てて、僕はその小さな手を両手で握り返す。彼女がにこりと微笑んでくれた。
……ただ、それだけ。それだけで、彼女は僕の心をわしづかみにしてしまった。
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