第8話:サーチライトと二人の出自

『聞きましたよーん。とってもとっても美人な姉妹に襲われたんですってねぇ』


 パソコンの画面越しに、彼は楽しげな声で切りだしてきた。白い目出しの仮面を被り、素顔を隠したその人物は、しかし弧を描いた仮面のあなから微かな光を窺がわせる。

 カメラ通話で連絡を取った先の相手に、アンガーとグラシアは視線を向けた。


「情報が早いな。ということは、すでに用件は分かっているだろうな?」

『えぇ、モチのロンですとも。貴方がたを襲った者たちの正体、まずはそれが知りたいんでしょう?』


 白い手袋で覆った手を叩き合わせ、相手は陽気にそう告げる。わざとらしく、神経を逆撫でるような不快な動きで、並みの感性の持ち主ならすでにこれだけで苛立ちそうだ。

 画面に映るその人物の名は、サーチライト・エクスプロラトル――というこれまたふざけたものである。おそらく偽名ぎめいであろうと思われるその名の持ち主は、アンガーたちの御用達ごようたしの情報屋だった。性格には御覧の通り問題があるが、情報収集能力と情報鮮度に関しては凄まじいものを持つ情報界の凄腕の人物だ。


『では、早速お値段の交渉と行きましょう。三千からどうでしょう、か?』

「二千」

『じゃあ間をとって二千五百で』

「それでいい」

『分かりました。ではお伝えします。貴方がたを襲ったのは凛姉妹りんしまいという殺し屋です』


 グラシアと言葉を交わし、交渉が成立するや、サーチライトは求められた情報を語りだした。


『およそ五年前から世界各地で活動し、判明しているだけで四十八件の暗殺を行なっており、国際指名手配も受けている賞金首の姉妹ですねぇ。基本的には金さえ積めばどんな仕事を引き受けるようで、政府要人から組織の下っ端まで、数多あまたの標的に手を掛けてきたようです。姉はれい、妹はせいとそれぞれ名乗っているようですねぇ。齢は姉が二十二、妹が弱冠二十歳、まだまだ若いコンビでもあります』

「なんだ、二人とも俺らより年下なのか」

『そのようです――と、なんとここで驚きの情報が!』

「……なんだ?」


 わざとらしいサーチライトの言葉に、グラシアが話の先を促す。その求めに対し、相手は仮面の下で嗤う。


『なんと彼女たち、一説にはその出身地が、東洋にあった新人類養成施設だったということです。つまり、貴方がたコンビとは他国の兄弟に当たると言うわけですねぇ』


 その言葉に、アンガーは眉を振るわせ、グラシアはすっと目を細めた。一瞬、両者の周りにピリッとした刺々しい空気が流れる。


「へぇ……。施設の、ねぇ」

その通りThat's right! かつて極秘裏に研究や実験が繰り返され、七年前の事件で露見して社会問題となった、あの人体兵器製造機関からの脱走者――彼女らはどうやらその一味であるようだぁ!』


 指を鳴らした後でサーチライトが行なったわざとらしい説明口調は、二人の不快感を強く煽る言葉であった。彼との付き合いの長い二人であるが、これには流石にアンガーは渋面を作り、グラシアは鋭く双眸の温度を引き下げた。


 新人類養成施設――それは、サーチライトが口にしたような人体兵器製造機関の表立った別称である。世界各地に存在したその施設は、極秘裏に人体の改造・実験を行い、それによって人類を越えた人類を生みだそうとする計画を遂行しようとする機関であった。

 表社会では倫理的に受け入れられないとして裏世界で進められていたその計画とやらは、ある一定の成果を上げつつ、徐々にその理想の完成に近づきつつも、その過程において多くの犠牲者や悲劇を生みだしていた場所でもあった。


 そんな場所が世間の明るみに出たのは、サーチライトが告げたような七年前の事件が原因だ。ある者たちによって各国の施設が襲撃を受け、そこから大量の脱出者と共に施設の存在を世界に解き放ったのである。明らかにされた施設の存在は、当然社会問題となると共に、多くの施設の封鎖と計画の断念を生じさせた。

 何を隠そう、アンガーとグラシアも、元を言えばその一味である。今でこそ賞金稼ぎとして活動出来ている二人だが、かつては施設を脱走し、様々な種類の人間から追跡されて逃れてきたという過去を持っていた。


 その経歴は決して楽しいものではなく、その追憶を余儀なくされた二人は、珍しく苦い心境にひたらせられる。そんな心中から、いち早く立ち直ったのはグラシアだ。彼は冷然さを装うと、目の前に映る人物を見据える。

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