第6話:手合せ・前編

 麗は手にしたナイフを投擲し、静は拳銃を構え直して銃撃を試みる。ひた走る死の脅威に、二人の賞金稼ぎはそれを素早く躱した。

 ナイフを横に躱したグラシアは、それと同時に腰に下げていた得物へと手を伸ばす。愛刀の柄を掴んだ彼は、ナイフの投擲後、躱す方向を読んで接近しようとしてくる麗に対し、逆に一歩踏み込む。その反応にきょを突かれた彼女に対し、グラシアは刀を鞘の内からはしらせた。居合で発せられた一撃――超速で伸びる斬撃に、麗は咄嗟に近く似合った椅子を掴み取ると、それを盾にするように前へ出す。それを遮蔽物しゃへいぶつに、斬撃を防ごうとする。が、鋭利な斬撃は、木製の椅子をまるで紙細工のように易々と切り裂いた。斬撃を阻害しようとした椅子があっさり引き裂かれたことに麗は瞠目すると、斬撃を振り切ったグラシアが刃を翻すのを視認して後ろへ跳ぶ。そんな彼女を追尾する斬撃が斜めに奔る。低めに振り抜かれた斬撃は、麗の腹部あたりを切断、切っ先は彼女の服を裂き、僅かに肌を抉って血の糸を弾かせた。


 グラシアとの距離を置いた麗は、近くの机に置いてあった食事用ナイフを掴み取る。そしてそれを、こちらに駆け出そうとしているグラシアめがけて投擲した。一直線に疾走するナイフの切っ先に、グラシアは首を傾げてそれを躱す。顔のすぐ横を通過したナイフはそのまま宙を裂き、背後の壁にダーツのように突き刺さった。


 ナイフを躱したグラシアは、そこから一足飛びで麗へ迫りゆく。低空を滑空かっくうするように迫ったグラシアは、そこから身を跳ねあげて横薙ぎを麗の首筋めがけて奔らせる。光線のように鋭い斬撃を、麗はひやりと悪寒を感じつつも身を沈めて回避。髪の数本が切断される中で、刃を掻い潜ると、スリットの中から得物を掴んでグラシアにカウンターを仕掛ける。掴んで出されたのは両刃の短剣・ダガーだ。腿に巻いたベルトから引き抜いたそれの切っ先を、麗はグラシアの胸めがけて突きだそうとする。だが、それが伸びるよりも早く、麗の側頭部をグラシアの膝が肉迫する。斬撃を躱されることを見越していたのか、彼は刃を潜った麗の頭に、タイミングと角度も完璧な蹴りを叩きこむ。それに不意を衝かれた麗は、もろにそれを喰らって横へ吹き飛ばされる。近くの机に叩きつけられた彼女がうめく中、グラシアは躱された斬撃を流れるような動きで再び振るってくる。縦に振られたそれに、麗は混濁する意識の中で奇跡的に反応し、髪を巻き込まれながらも前へ躱す。グルンと前転した麗は背中を裂かれるも、軽く肉を裂かれた程度のダメージで致命傷を避けた。


 再び距離を置き、しかし麗はすぐさま振り返りグラシアを視界に捉える。斬撃・膝・斬撃の三連撃を繰り出したグラシアはそこで一旦動きを小休止させていたが、麗が振り返り、彼女が脳へのダメージから僅かに身体を横にぐらつかせたのを見ると、すぐさま床を蹴って迫っていく。相手がふらついている好機を逃す気はないのか、彼は攻撃の手を緩めない。


 そんな彼へ、麗はスリットから別の得物を取り出す。拳銃だ。揺れる視界の中でそれでも銃口を照準すると、迫りくる敵へ対して発砲を敢行する。連続で吐き出される弾丸に、一瞬前に気づいたグラシアは横へ跳び、机と机の間に身を転がして弾丸を躱す。弾丸は空を切って壁に吸い込まれ、真新しい弾痕だんこんを空けていく。

 机の陰に身を潜めたグラシアは、麗が蹴られた部位に手をやりながら立ち上がろうとするのを密かに覗きつつ、次の攻撃に備えた。


 そんな中で、銃声は続く。

 麗が放ったものではない。別の戦局で行われる戦いにより発生したものだ。

 グラシアと麗がせめぎあう一方、アンガーと静も戦いを繰り広げていた。

 拳銃から銃弾を吐き出す静に、アンガーは床を蹴って横に移動して弾丸を躱す。次々と進んでくる弾を背後に、アンガーは高速で駆け抜けつつ、同時に少しずつ駆ける軌道を直線から弧に変えて静へと迫る構えを見せる。それを悟った静は、銃を構えながら近くの机に置いてあった皿を、乗っけられた料理ごと投擲する。空中で料理を散じさせながら迫る皿をアンガーは躱すと、それで鈍った彼の動きを見て静は銃撃する。料理を目晦ましにして仕留める算段だったのか、静はアンガーを狙撃した。


 だがその瞬間、アンガーは突如として走行速度を加速、一気に静へと迫ってくる。銃を撃ちながら、弾丸を掻い潜って迫ってきた彼に、静は瞠目しつつも後ろへ退き、姉同様にスリットからダガーを引き抜いて近距離戦に備える。次々と走る弾丸を避けながら迫るアンガーは、瞬く間に静の間合いへと踏み入ってきた。彼が刃圏に入った瞬間、静はダガーを振り抜く。アンガーの首筋めがけて放たれた斬撃は、不発。彼は静の横手へ回り込むと、拳を握ってモーションに入った。その動きを見た静は、銃とダガーを持つ両腕をガードの回し、攻撃に備える。

 直後、鈍痛と衝撃が彼女を襲った。


 ガードに突き刺さったアンガーの拳は、防御したにもかかわらずその衝撃を彼女の身へと伝播させる。凄まじい破壊力で、防御のために掲げた両腕は痺れると共に痛みを伝え、同時に彼女の華奢な身体を吹き飛ばす。静の背は後方の机に激突し、そのままバウンドして彼女を前のめりに床へ叩きつける。衝撃に彼女は苦痛の呻きを漏らしつつ、すぐさまアンガーの接近を警戒して顔を上げた。

 反応鋭い彼女へ、アンガーは近くの机の上に置いてあるビールジョッキを掴んでから、悠然と近づいていく。他の客が残していったそれに口をつけて嚥下えんかしつつ、彼は静へと歩み寄っていた。

 その余裕に満ちた態度に、静は憤激で刮目かつもくしながら跳ね起き、銃弾をアンガーに向けて叩きこむ。至近距離から発射されたそれに、アンガーは身を翻して近くの席の陰に身を隠し、銃弾を躱し遮らせる。机の裏に隠れた彼は、ジョッキの中身を飲みつつ、視線を横へ向けた。


 そちらでは、無音の凶刃が姉妹の片割れに襲い掛かっているところだった。

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