第5話:美しき花の下心

「………………」


 せいの問いの意味がすぐには分からなかったのか、二人は固まる。ただやがて、徐々にその意味を解した様子で、アンガー側はピクピクと頬を引き攣らせた。

 そこへ、静は畳み掛ける。


「ねぇ……そうなの?」

「違う! そんなんじゃねぇ! 時々勘違いされるがそんなんじゃねぇっ!」

「えっ、時々勘違いされるの⁈」

「あらまぁ……そうなの?」

「いや、だからそういう趣味はねぇから! 本当勘違いしないでくれッ! こんな冷血眼鏡をそんな目で見たことは一度もねぇから!」


 大慌てで、アンガーは嫌疑を否定する。その必死さは、先ほどまでアルコールで紅潮していた顔を土気色つちけいろに戻すほどだった。

 他方、グラシアは平然としている。彼はカップを口の前で傾けたまま、目を据えて無表情を装っていた。その様を見て、静は目を細める。


「……相方さんはさっきから何も言ってないけど。これって肯定の意味?」

「違う! おいグラシア、頼むから否定の言葉を頼む!」

「解釈は自由にしろ。お前たちの思うようにな」

「そうそう……ってちょっと待てい! お前なんでそこでお茶を濁す発言してんだよおおお! 否定しろよ、頼むからっ!」


 思わず懇願する様子で怒鳴るアンガーに対し、美人姉妹は肩を寄せ合い、てのひらを口前に添えながら何やら小言を言い合い始める。そこには、多少なり引いた様子が窺がえた。


「待て! 違うからそんなひそひそ話すなぁ! 違うから!」

「そ、そう。あまりつついたら駄目な話題なのね。ごめんなさい」

「いや、謝るな! 認めた訳じゃないから!」

「――まぁ、はっきりと言えば」


 妙な方向で盛り上がる彼らの中で、グラシアがおもむろに口を開く。能面のままの彼が自ら開口したことに、三人の視線は集まる。

 グラシアは、姉妹を見ながら言った。


「お前たちとは寝たくないな。どこの誰が、自分たちの命を狙っている相手と一緒にベッドで横たわりたいか、という話だ」


 淡々と、グラシアは言葉を紡いだ。

 あまりに淡白で、一瞬耳を疑うような内容であるのも気づかぬほどで、三人はそれを流しかけようとする。

 しかし、それを結局聞き逃さなかった三人のうち、姉妹はその顔から表情を消した。


「……え。何の、話?」

とぼけるな。最初からずっと、どうやって俺たちを殺そうか考えていただろうに」


 目を瞬かせる相手に、グラシアは冷然と続ける。


「酒や料理に凶器や毒を潜ませるか、色目いろめを使ってベッドまで誘い込むか、あるいはこの場でどのように切りかかれば確実に仕留められるか――大体そんな感じのことばかりを思考しているんだろ。それくらい、アルコール依存症のコイツでも分かっている」


 彼の言葉に、姉妹はアンガーにも目を向ける。その視線の先では、活発だった彼が先ほどまでの騒々しさを消して、グラシアに対して呆れるような目を向けていた。


「おいグラシア。確かにそうだけどよぉ、そうはっきり言う必要あるのかぁ?」

「黙っていたところで何も変わらない。いずれにしろ、俺たちの命を狙っているんだからな」


 そう言って、グラシアはカップの中のブランデーを飲み干す。そして、空になったそれを机に置いて、横目で姉妹を覗く。


「それで、どうする? 不意打ちをする気ならもうすでに――」


 無駄に終わったが、そう言いかけたところで、グラシアは上体を勢いよく反らす。仰け反った彼の顔の前を冷たく鋭いものが貫いた。上体を反らした彼は、そのまま椅子から離れつつ空中を回転、コートをはためかして宙返りを決めながら着地する。

 突然の空中アクロバットに、周りの客は何事かといった様子で視線を向けてくる。そんな周囲の注目を他所に、グラシアは眼鏡を指先で持ち上げる。


「そうか。いきなり来るか」

「いい反射神経しているわね。せめて、一筋でも傷を入れたかったところだけど」


 そう言うと、腕を伸ばしたまま座っていたれいは立ち上がる。伸ばした腕には、今しがた突き出した白刃のナイフが握られている。

 席を立った麗は、グラシアを視界に収めたまま妹へ目を向ける。


「静。そっちは任せたわよ」

「えぇ、姉さん」


 頷くや、静はドレスのスリットの奥、ももの付け根に手を伸ばす。そしてそこから、黒く厳つい鉄の凶器、拳銃を取り出す。それを引き抜くや、彼女はアンガーにそれを照準した。

 発砲。

 銃声が成り響く中で、アンガーが座っていた椅子は砕け、彼自身は斜め横へと跳び退いていた。凄まじい反射神経と速度で移動した彼に銃弾は当たらず、空間を突き抜けて酒場の壁に掛けているワインボトルをかち割る。

 その甲高い音と銃声に、客は一瞬茫然とする。

 だがすぐに、彼らも事態を把握した。


 小さな悲鳴と怒号、動揺と狼狽ろうばいの叫び声を上げながら、周囲の、店内の客たちは慌てて立つ。そして四人の動向に目を向けつつも、大急ぎで店の出口、あるいは奥のバーカウンターの向こう側へと逃げ込もうとする。

 周囲と背景が忙しく動き出す中で、アンガーが口元の酒の残滓ざんしを指で弾く。


「おいグラシア! こいつら、殺しても問題ないよな?」

「あぁ。先に仕掛けたのは向こうだ。これなら、正当防衛が成り立つ」

「そんなこと心配しなくていいわよ。これから死ぬのだから」

「そうよ。だから、あまり抵抗しないで頂戴ね」


 逃げ惑う客の中で言葉を交わすと、アンガーには静が、グラシアには麗が向かい出す。ゆったりと滑る様な足取りで近づいてくる彼女たちに、二人は泰然と待ち受ける。

 やがて、逃げる客や店員たちの声が響く中で、姉妹が仕掛けた。

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