第4話:色香の誘惑

「へぇ。じゃあ今日も仕事したばかりなのね」

「おう。といっても、相手が弱すぎて欲求不満になったけどなぁ!」


 手を合わせる美女の妹側・せいに、アンガーはビールを呷りながら告げる。豪快な飲みっぷりと言葉に、美女たちも目の前に小ぶりな酒を置きながら目と耳を傾けていた。

 姉妹二人がアンガーとグラシアに対して聞きたがる内容は、同業者としての仕事のやり方からこれまでの仕事の中での武勇伝などと多岐に渡っている。賞金稼ぎとしての公的な生き方からアンガーたちの私的な生き方まで、姉妹たちは強く興味を抱いているとのことだった。話は弾み、初対面であるにもかかわらず、歓談かんだんは実に小一時間にも及んでいる。

 あっという間に過ぎ去る時間の中で、美女姉妹の妹・静は短髪の合間から目を輝かせていた。


「でも、数十人もいる犯罪組織の構成員を皆倒しちゃうなんて、やっぱり凄いのね、貴方たち」

「まぁな! その程度なら全然余裕というか楽勝だな!」

「少しは謙遜しろ」


 胸を張って答えるアンガーに、グラシアが小さくぼやく。二杯目となるブランデーを飲みながら、彼は視線を伏せていた。その顔は、少し酔ってきたのかやや紅潮している。


「戦闘中に意味もなくはしゃぎやがって。貴様は雪の日の犬か」


 酔って少し饒舌じょうぜつになったのか、ぼそりとグラシアが悪態をつくと、むっとアンガーは振り向く。


「暴れて楽しんでいるのはグラシアぁ、お前も一緒だろ! この前、敵数名の内臓引きずり出して惨殺しておいて、その日の夕方に涼しい顔でホルモン料理食ってたくせにっ」

「ほざけ。その時二十人を虐殺したお前に言われたくない。敵の心臓抉って『ハートキャッチ!』とか訳の分からんことぬかしてただろうが」

「うるせぇ! カルト集団潰すのに、爆弾詰め込んだ車ごと突入して、脱出の数秒後に車爆発させるとか言う無茶な作戦立てた時は正気かと思ったぞ! どこのテロリストだ!」

「結局はお前も了承して最終的にはノリノリだっただろうが。俺の完璧な作戦に文句をつけるな」

「完璧なもんか。陽動とか言って機関銃五十挺の矢面に立たせやがったこともあるぞ!」

「その時に『この任務最高!』とか言ってただろうが」


 大声で怒鳴るアンガーに対し、グラシアは淡々と言葉を紡ぐ。もっとも、その内容は過激そのもので、聞く者が健常ならば気おくれして当然な話ばかりであった。

 が、そんな風に罵りあう二人に対し、妹の静は笑い、姉のれいは薄ら微笑んでいる。二人は飽きる様子なく、彼らの話に耳を傾けていた。


「あー楽しい。なんだか、いつまでも話を聞いてみたい気分ね」


 麗は、そう言って頬に手をやる。机に肘をつき小さく頭を傾けた彼女は、色香いろかを隠すことなく放ちながらアンガーとグラシアを交互に見た。


「そういえば、貴方たちって今夜はどこに滞在するの? 近場のホテルとか?」

「ん? 何でそんなことを聞くんだ?」


 急に変わった話題に、アンガーは不思議そうな顔をする。それに対して、麗は笑みを深める。


「そんなこと決まっているじゃない。もっと話を聞きたいからよ。夜通し、たっぷり楽しみながら、ね」


 そう言う彼女は、酷く艶やかな笑みを浮かべている。先ほどまではどこか慎ましかった女性の顔は、時間を経て、蠱惑こわく的な雌の顔へと変貌していた。

 その表情にアンガーが目を点にする一方、グラシアは目だけ横に動かす。妹の方を見ると、静の方も姉と同じような情欲を刺激する笑みを浮かべていた。違いがあるとすれば、姉の表情が逃げ出せなくなるような妖艶なものであるのに対し、妹のそれは吸い込まれそうな可憐さであるといったところだ。

 二人の表情、そして麗の言葉が意味することは一つである。

 それに気づかぬほど、二人は鈍い男性ではない。


「へぇ。つまり俺らと一緒に寝たいわけだな。そんで、いろいろやっちゃいたいと」


 何らはばかることない声量で、アンガーがそう言葉をついた。その大きさと図太さに、笑みを浮かべていた姉妹の顔が一瞬強張る。

 思いがけず周囲の客の視線も集まる中、グラシアが呆れた目で彼を見た。


「……お前、ホント欲望にストレートだな」

「ん? 何か問題でも?」

「人が多い場所で、まだこんな時間からそんなことを堂々と言うなと言っている」


 淡々と、慌てる様子なくグラシアは指摘する。その言葉に、アンガーは理解できていないのか眉根を寄せて首を傾げる。自分が何か変なことを言ったかといった様子で、彼のデリカシーのなさを露見させていた。

 そんな二人に、麗は小さく咳払いをついた。そして、再び微笑み直し、首を傾げる。


「ま、まぁそれでどう? 何か不満でもある?」

「――いや。でも、今は俺たち、そっちには興味ねぇから。残念ながら」


 あっけらかんと、アンガーは麗に言葉を返す。

 素気なさも感じられる返答に、その意味に姉妹が気づくには少し時間が掛かった。


「え……嫌なの?」


 軽く驚いた様子で、麗は聞き返す。そこには断れるとは想定していなかった様が見て取れた。


「うん。だって俺ら、今はアンタらと寝たいとかは思わないからなぁ」


 顎を引き、アンガーはそう断言する。

 彼に対し、グラシアも顔色を変えずに視線を手元のカップに向けていた。異論や制止を挟まない辺り、彼も同意見なのだろうことが窺がえる。

 普通であれば、この手の誘いは喜んで受けるところであろう。相手はかなりの美人で、しかも積極的にアプローチを受けたのだから、男性側からすれば嫌な気はしないはずだ。

 そのことは、誘った本人たちも自覚と自負があったのか、かなりいぶかしがった様に眉根を寄せる。


「ど、どうして? 私たちの何が不満なの?」

「いや。不満というのは別にないけど。ただ単に、一緒に寝たくはないというか――」

「あの、ひょっとしてだけど……」


 珍しく、快活な彼らしくなく言葉に迷うアンガーに、静が少しばかり強張った顔で口を挟む。


「貴方たち、私たちに興味がないって、つまりはそっち方面の人なの?」

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