第3話:美人姉妹の同業者

 注文を頼もうとしたその時、彼らの鼻孔に酒場では異質な香りが届いた。香水の臭いだ。女性のものか、強く男性の理性を刺激するその香りに、二人はかれるように同時に視線を移す。その視線の先、席についている近く客の隙間から、こちらへ歩いてくる二人の女性の姿があった。

 現れたのは、どちらも黒の鮮やかな柳髪りゅうはつに灰色の目を持つ美貌だ。東洋系の染み一つない黄色気味の肌に、目も眉も形が整い、鼻筋も通り、唇は魅力的なほどに朱が差している。髪の長短以外は似たような顔立ちをしており、姉妹か親族かと想像される二人組だ。深めのスリットの入った白いドレスを身に纏っており、近くで彼女たちを見た者たちは、皆がその姿の虜になっているように視線を定めていた。


 彼女らは、アンガーたちの視線に気づくとニコリと笑う。最初から彼らが目的だったかのような視線と立ち振る舞いで、するすると彼らの席のすぐ側までやって来た。

 顔を上げる二人に、長髪の方の美女が声を発す。


「こんにちは。賞金稼ぎのアンガー・フレイマーさんと、グラシア・ハートレスさんですよね?」

「おう、そうだぞ。なんだアンタらは?」


 鈴のような声の問いに、アンガーは即答する。そこには、何の不審も警戒もなかった。

 気さくで闊達なその反応に、かえって相手側は少しばかり戸惑ったようだ。こうもあっさり肯定の返事が返ってくるとは想定していなかったのだろう。多少はかわされるか警戒されるかと思っていた様子で、笑みをぎこちなくさせていた。

 ただ、相手側のもう片方は違った。


「やっぱり! よかった、勘違いかと思ったわ」


 短髪の方のもう一人の美女は、手を合わせて喜色を浮かべていた。長髪の美女と比べると、少しだけ幼さを残した童顔である。


「いきなり声を掛けてごめんなさい。こっち界隈では有名人の二人が、たまたま同じ酒場にいるのにびっくりしちゃって」

「同業者か?」


 話の内容から、グラシアが鋭く情報を読み取って訊ねる。好意的なアンガーと違い、彼は平静な横目を向けていた。

 その反応に気を取り直したのか、長髪の美女が顎を退く。


「えぇ、そうよ。急に声を掛けて驚かせたかしら?」

「いや……。こいつの反応を見てみろ。どう見ても驚いていないぞ」


 そう言って、グラシアは目でアンガーを示す。その指示の先で、アンガーは美女二人の姿を上から下まで観察中であった。その目は、多少好色こうしょくを含み始めている。早くも相手をそういう対象として見始めているのだろう。まったく欲望に忠実な男である。

 グラシアの指摘とアンガーの反応に、美女たちは横目を合わせて笑みを溢す。


「そうみたいね。突然知らない人間が声を掛けても、あまり警戒しないタイプなのね、貴方たち」

「? なんで初対面の相手をいきなり警戒しなければならないんだ?」


 相手の言葉に、アンガーは不審そうにたずねる。この場合、女性の言い分がもっともなのだが、彼にはまるで意味が分からないといった様子であった。

 そんなアンガーの様子に、美女たちは笑みを微苦笑に変える。微苦笑であるが、その実なかなか楽しげだ。


「なかなか胆が据わっているのね。まぁそうでもなければ、この界隈かいわいじゃ名前も知られない、か」

「で、話しかけた用件はなんだ? ただ何となく言葉をかけてみた、というわけじゃないんだろう?」


 カップを傾けながら、グラシアは事務的に訊ねる。アンガーと違い、彼は色欲に意識を持っていかれていないようだ。

 彼の問いに、長髪の美女の方が顎を引く。


「えぇ、うん。そうね。私はれい。それでこっちは妹のせい。貴方たちに声をかけたのには、同業者として挨拶をしたかったのもあるんだけど……」


 そこまで言って、二人組は目を合わせる。そのやりとりに、アンガーは目を瞬かせ、グラシアは微かに目を細める。


「同じ世界に生きる者として、いくらか貴方たちに憧れていたの。だからその、一緒に話でもしない? この際、いろいろ聞いてみたい話があって」

「なんだそんなことか。いいぞ。おい店員さん、ここに椅子を二つ持ってきてくれ」


 相手の願い出に、アンガーは即座に快諾かいだくすると、早速準備を始める。その反応・判断に、グラシアは一瞬だけ彼へと目を向けたが、何も異論を挟むようなことはしなかった。

 そんな二人の反応に、美女二人は顔を合わせて笑みを浮かべ合う。それには、喜色とは微妙に違う含みがあったが、アンガーやグラシアはたまたまそれには気がつくことがなかった。

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