第2話:熱き男と冷たき人とアルコールと
木製のテーブルに、ドンとビール入りのジョッキが叩きつけられる。
場所は、アルコールと料理の香辛料の臭いが充満した酒場だ。成人した多くの利用客で溢れるその一角にて、仕事を終えたその二人組の姿はあった。
ジョッキを手に、その半分を一気に飲み干しているのはアンガー・フレイマーだ。一口に中身を飲み干した証拠に口の周りに泡を付かせた彼は、ルビーの目を光らせながら叫ぶ。
「うんめえええ! 仕事後のビール滅茶苦茶うめえええ!」
「はいはい。そうですか」
感激の喜色を漏らすアンガーへ、空返事を返したのはグラシア・ハートレスだ。彼は横向きに座りながら、札束が顔を覗かせる封筒を手にしている。周りの視線は気にならないのか、大金の入ったそれを手にした彼は、指で紙幣を弾きながら計算を行なう。
「……三万か。あの程度の戦力の組織なら報酬として妥当か」
封筒内の紙幣を数えると、グラシアは目を細める。そして、顔を出していたそれを封筒内に押し込んで封を閉め、手持ちである鞄の中へ仕舞い込んだ。
横向きに座っていた体勢を整え、彼は机と正対しながら、視線を対面の青年へと向ける。
「アンガー。今日潰した犯罪組織に対する報酬だが、依頼通りの額が払われた。いつも通り口座に貯金するが、異論はないな?」
「ないない、まったく。それにしても酒うめえええ!」
「分かった。では、次の仕事についてだが、今度は手ごろな賞金首を探す方向でいいか?」
「あぁ、それでいいぞ。酒うめ……って、もう無くなりやがったあああ!」
一気に飲み干し、空になったジョッキを見てアンガーは唸る。そして、その飲みっぷりと
一方で、グラシアはそんな彼に平然とした様子だった。普通ならば、彼の横暴な受け答えの態度に憤りや苛立ちを覚えるところである。にもかかわらずまったく顔色を変えないのは、彼が沈着なのもあるが、ただ単にこの扱いに慣れているからといったところだろう。その証左に、彼の反応はただ吐息を一つつく程度の微細なものだった。
「毎度思う事だが、お前は基本俺に仕事関係は全部投げっぱなしだな」
眼鏡の位置を整えながら、グラシアは呟く。
二人は、賞金稼ぎを生業として活動しているコンビである。賞金稼ぎは、国際指名手配された犯罪者や、国ごとに懸賞金の懸った者たちを捕らえたり仕留めたりすることで報酬を受け取る者たちのことだ。掃除屋、とも呼ばれる彼らは、得た賞金で自ら生計を立て、国境を越えて活動できるなどの点から、国際社会ではそこそこ有用とみなされていた。
そんな仕事を行なう二人だが、受注する仕事に関してはすべてグラシアが担当している。標的とする犯罪者から組織の選定、そこに至るまでの調査や計画もすべて彼が立てており、対するアンガーといえば、彼の計画に沿って行動し、いざ戦闘の際に相方以上に暴れる程度の役割であった。
そんな役割分担をしている彼らだが、標的がすべて片方によって選ばれている事は不満の種にもなりそうなものだ。試しに一度、グラシアは「俺が受けてくる仕事に不満はないのか」と問うたことがある。それに対する返答は、「ないな。まったく」というあっさりとしたもので、それ以上の返事は、一切なかった。その返事から分かるようにアンガーのグラシアに対する不平不満は微塵もない。
もっとも、アンガーは元々そう言う計画を立てるという行動が壊滅的に駄目であるため、当然といえば当然ともいえる反応であるともいえるが。
そんな過去のやりとりもあったが、改めてグラシアが口にした呟きに対し、酒が来るのを待ちながら、アンガーは首を傾げる。
「なんだ。何か問題でも?」
「いいや、ない。ただの確認だ」
首を小さく振ると、グラシアは自分の前に置かれたカップを口にする。アンガーと違い、カップの中身はブランデーだ。
ブランデーでグラシアが喉を潤していると、ちょうどアンガーの前にもジョッキが運ばれてくる。店員からそれを受け取ると、アンガーは目を輝かせてそれを飲み始める。
「うめえええ! やっぱり仕事の後のアルコールはうめえええ!」
「……お前、本当にそればっかだな」
感情を表面に出す事が少ない能面のグラシアだが、今回は流石に呆れの色を浮かべた。
そして言う。
「そうか。酒の飲み過ぎで脳細胞が死んでいるんだな。いつもタガが外れているのはそのせいか」
「――おい。今、俺を馬鹿にしただろ?」
相方の言葉に、アンガーはいきなりジョッキを机に置いて身を乗り出した。先ほどまでのハイテンションはどこへやら、急に邪険になった彼をグラシアは冷たい横目で見据える。酔って来てスイッチが入った可能性を、彼は敏く感じ取っていた。
「別に。それはともかく、そろそろ料理を頼むぞ。お前は……まぁ肉類があれば充分か」
「俺は、肉食獣か何かか?」
「似たようなもんだろ。ん、ここの酒場はピザが安いな」
「無視すんな、冷血眼鏡」
ジョッキは手放さずに持ったまま睨みつけてくるアンガーに、グラシアは顔の筋一つ動かさない。アンガーの安い挑発に乗るほど、彼は安っぽい人間ではない。注文する品を決めると、店員を探して視線を巡らせた。
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