マッドネス・カプリチオ

嘉月青史

第1話:【イカれた二人組】のプロローグ

「退屈だああああああああああ!」


 燃え盛るような赤髪に紅玉色ルビーの瞳をもつ青年、アンガー・フレイマーの叫びが響く。憤激、失望が込められた咆哮ほうこうは、屋内で騒々しく反響する。頬と身にまとう黒のコートに返り血をこびりつかせ、また手にめたグローブからは血が滴り落ちる中、両手を勢いよく振り下ろしながら頭を縦に揺らす。その様は、パンクロックを唄う歌手のようだ。


「こんな簡単な仕事だとか聞いてねぇぞ! ふざけんな、ふざけんなよおおお!」


 彼の憤りと落胆の原因は、その周囲にある。彼の足下にはそこらかしこに人の群れが転がっていた。黒いスーツを身に纏い、手元やその周囲には拳銃を手にした者たちが、みな頭部をひと思いに粉砕されて散乱している。

 そう、粉砕だ。骨格を変え、歪に形を歪めながら、撲殺ぼくさつされたなれの果てが、アスファルトの足下に血を溢しながら寝ころんでいた。


 ここは、地元では名の知れた犯罪組織のアジトだった場所である。それが今、完膚なきまでに、容赦なく潰されていた。

 それを為したのは、この青年たちである。彼らは、数十人いたアジトの構成員を一網打尽にし、そのことごとくを足下の如く討ち取ったのだ。とても常人では成し遂げられぬことであり、達成したのであれば、なかなかの爽快さが伴うことのはずだ。

 しかし、大仕事を成し遂げたはずの彼は、痛く不満そうであった。


「もっと頑張れよ! 踏ん張れよ! この程度の殴り合いで沈んでくれるなよ畜生ちくしょおおお!」


 唾が飛びだす勢いで、アンガーは怒鳴り続ける。

 それもそのはず、この青年の望みは一方的な虐殺ではない。所望しょもうするのは、熱く激しい殴り合いであった。

 拳を武器にしている以上、たった一撃では仕留め切れない強敵もいる。そんな相手との戦いを、熱い一戦を彼は希求していたのだ。

 そのはずが、彼の周りに転がっている雑魚は、全員が彼の一撃によって沈んでいた。そのことが、彼にとってははなはだ不満であった。


「なんだよ、なんだよおおお! こんなの全然面白くねぇじゃねぇか! くそったれえええ!」

「はいはい。分かったからとっとと引き上げるぞ」


 咆哮を続けるアンガーに、冷めた声がかかる。少ししわがれた渋い声は、彼の背後で響く。声の主は、凍るような青い髪に青玉サファイアの双眸を持つ眼鏡をかけた青年だ。紺のコートを羽織り、肩に鞘へ納まった刀を担いだ彼は、アンガーの背中を通過していく。


「後始末は警察どもの仕事だ。報酬もつつがなく払われるだろう。もうこんな辛気な場所に用はない」

「おい、グラシアぁー」


 事務的に告げる青年に、アンガーが振り向く。その呼び掛けに、相手は足を止めると、一瞬嫌そうな顔をしてから顔だけ振り向く。


「なんだ?」

「話と違うじゃねぇかぁ! こいつら、ここでは名の知れた組織じゃなかったのかよぉ!」

「そうだな。確かに、この地域じゃもっとも強大な犯罪勢力だ。だが、所詮は弱者から金を巻き上げるしか能がない連中でもあった。ただそれだけの話だ」


 眼鏡を持ち上げながら、冷然とした口調で、青年ことグラシア・ハートレスと言う名のこの青年は告げる。そこに感慨はない。ただ事実の確認だけを行なう口調だった。


「そういうわけだ。いいから、とっとと帰るぞ。長居は、身体に血の臭いを染みつける」

「……この欲求不満、どこにぶつければいいんだよぉ?」

「いつも通り、アルコールにでもぶつけていろ」


 ひたすら冷たく言い放つと、グラシアは撤収作業に移る。あくまで淡々と行動を告げる彼を見て、アンガーは更に何か言いかけるものの、やがて言葉を呑みこんで肩を落とすのだった。



 犯罪組織を潰しておいてその戦いに不満を訴えるという、文字通り熱血漢のアンガー。

 一方それに対して、一切の昂揚も感慨も見せない冷血漢であるグラシア。

 正反対の性格を持ち、しかし凄腕のタッグとして知られている彼らのことを、多くの者はこう呼んでいる。

イカれた二人組マッド・ペア】、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る