第4話

「排泄物、って、糞尿ってこと?」


「そう」


「誰がそれを垂れ流すの」


「みんな」


「みんな、って誰?」


「わたしも、室田くんも。美人もブスも、全員」


「老後の話をしてるの?」


「老後、じゃないよ。年をとったときの人生と今現在の人生を区別することは意味がないと思う」


「倉木さんは、何でそんなことを考えるの」


「!」


「何?」


「ううん。本名で呼ばれたの、10年ぶりくらいだったから」


「そうなの?」


「というか、何で室田くんはわたしのことを'ザン'って呼ばないの?」


「いや、だって。そう呼ばれるの、嫌かと思って」


「もしかして、室田くんは、いじめられたことがある?」


「・・・うん。ある」


「そう」


「倉木さんは、何か哲学を持ってるの?」


「哲学なんていらない。わたしが言ってるのは、'事実'」


「垂れ流しになる、っていうのが?」


「そう。だから、わたしに嫌なことをする人も、哀れ。わたしはその人がみじめに排泄物を漏らして、家族や介護施設の人たちに垂れ流した汚物を始末してもらっている様子がはっきりと見える」


「嫌なことをする人だけ?」


「ううん。たとえば、人助けをした人、人気のあるスポーツ選手、著名な作家、タレント、映画監督、美人女優。みんな。輝かしい人たちでも、寝込んで汚物を垂れ流して、起き上がることもできず、食事も宅配や、家を出た子供が作ってくれる。その段階も超えると施設に入る。どんなに立派な人でも、糞尿を漏らしていく人だと思うと、むなしいし、人間って別に大したことない、って思ってしまう」


「そう思ってるから、倉木さんはいじめにも耐えられるの?」


「耐えてなんかいないよ。事実だからそのまんま、ってだけ。わたし自身にも原因があるっていうのは小学生の頃から自覚してたし。心の持ちようなんかでも決してない。」


「倉木さんは悪くないよ」


僕は、若干の嘘をこめて、でもかなりの割合は本気でそう言った。


「ありがとう。でも、たとえば室田くんがわたしと付き合ってくれる、ってことはないでしょう」


「・・・」


僕は、無言。

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