第2話
彼女は'倉木さん'。けれども、この高校の中で彼女のことを本名で呼ぶ生徒はいない。
みんな、'ザン'と呼ぶ。正確には'ザン'と彼女に面と向かって話しかける人間もいない。
陰口をたたくときに間接的に、単なる物でも指し示すように、あるいは、何か彼女をいたぶっているときに、目を合わせずに、呼称する。男女問わず。
'ザン'の語源は諸説あるが、一番有力なのは、'残飯'の'ザン'だ。小学校の頃、給食を、シチューから何から、彼女の机の中に毎日ぶちまけられたことからついたあだ名らしい。以来、小学校のクラス替え、中学校進学、高校進学の度に彼女と同じクラス・学校だった生徒が、律儀にも伝承してきた。彼女のポジションは、小学校の時から全く変わらず今に至っている。
僕は、彼女を見るのが辛かった。決して彼女に憐憫を抱くといった内容の感情ではない。いつ自分が彼女のような境遇に陥るか、恐怖を感じるからだ。そして、もっと辛いのは、彼女のいい所を何か見出そうと時折観察してみることはあるのだけれども、何も見当たらないことだ。僕だって人のことを言えるような大層な人間ではない。けれども、彼女の態度、境遇、雰囲気、と言ったものを何度見ても、暗く、沈み込んでいくような気分になる。そして、彼女は痩せているのだが、その顔や全体の姿・形は、なぜか不快感を与えるもののように感じられる。
けれども、一週間ほど前の休み時間、僕はできれば関わりたく無い彼女に、強烈に興味を持ってしまった。
いつものように、いたぶられた彼女が顔を俯け、ほぼ視線を床に垂直に落とし、足を引きずるように自席に戻るとき、僕の机の横を通った。そして、聞き間違いでなければ、彼女はこうつぶやいたのだ。
「どうせみんな、垂れ流しになるから」
僕は、彼女の顔を見ることはできなかったけれども、なんだか、自分の全てを否定されるような戦慄を覚えた。
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