第388話 三重県伊勢市中之切町の目出鯛横丁そば

「おお、伊勢よ志摩よ……」


 冬休み明けに訪れる三連休を利用して、お伊勢参りにやってきていた。

 

 なにかとややこしいご時世だからこそ、総氏神たる天照大御神のおわす地をまいるのは、ええじゃないか。


 昨日は外宮を、今日は内宮をまいったのだが、なんと言うか神聖さを感じてしまうのは、日本人に根付くものがあるのか。


 ともあれ、一通り参って名物のてこね寿司を楽しんだりして、そのままフラりとおかげ横丁へ。


 赤福の本店のような老舗やらがならび、牛串や串とんやスペアリブやコロッケや食べ歩きを想定したあれこれを手にした人々が行き交っている。


「なにかくうか」


 ここは何かの串と麦酒なんかいっちゃってもいいか?


 そんな風にうきうきしていたのだが、


「ウボァァァ!」


 とんでもないものを持っている人とすれ違ったのだ、注意してみればちらほらとその細長い緑の植物(私はあれを食用とみとめていない)がまるごと刺さった串を持つものがおるではないか! だめだ、あれは『吸血●すぐ●ぬ』の●ナルドにとってのセロリと同等の破壊力を私に対して誇る。


 あかん、こんなところで食べ歩きはリスクが高すぎる。


 だが、なにもくわずに退散するのも悔しすぎる。


 周囲に対して最大限の警戒をしつつあれをさめて歩いていると、


「横丁そば?」


 路地裏にそんな代物があると看板が出ていた。


 裏路地に入れば店はすぐに見つかった。テイクアウトではなく店内で食えるようになっていた。


「これだ!」


 ここならやつに出くわす心配なく、ゆっくり食えるだろう。


 店頭で先に注文と精算を済ませるシステムらしい。


 早速、


「横丁そば」


 と注文するが、


「いまは、松阪牛骨と鯛出汁の目出鯛横丁そばになりますが、よろしいですか?」


 と確認される。どうやら新年を迎えての特別メニューのみになっているようだ。


「はい、それで」


 魅力的な出汁は是非もない。


 会計を済ませて、番号札を持って少し待つと、席へと案内された。


 あとは待つばかりとなれば、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!』を起動する。ゆるゆる新年のイベントを進めているが、時間が読めない。ここは、おでかけを仕込むだけにとどめよう。


 そうしてほどなく、注文の品がやってきた。


「なるほど、こういうのか」


 黒っぽい醤油ダレのスープに、細ちぢれ麺。具材は、レアチャーシューと刻みネギともやしか。オーソドックスな構えだ。


「いただきます」


 まずは、なによりスープだ。


「ふむふむ、こういう感じか」


 牛骨の獣臭さはなく鯛の魚介と合わさって重くないのがいい。その出汁をいい案配に醤油がまとめている。思ったより、ずっと食べやすい。


 ちぢれ麺にもいい感じに絡み、スタンダードなネギともやしとの相性が良い。


 その中にあって、


「これは単品でいいつまみになりそうだ」


 味が濃いめで生ハム的なレアチャーシューの存在感は半端ない。だがそれでも、麺とスープと会わせれば、それはそれでよき。


 座席におかれた黒胡椒をかけると、ピリリと全体の味がしまるのもまたよき。


 先ほどまでの地獄を忘れて麺をすする。ええじゃないか、ええじゃないか!


「もう、終わりか」


 そこまで重いものでなし、気がつけば食い尽くしていた。スープもごくりと最後まで松阪牛骨と鯛出汁を堪能する。


 最後に水を一杯飲んで一息いれ。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


「さぁ、この危険地帯とはおさらばだ!」


 緑色に最大の警戒をしつつおかげ横丁をあとにする。

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