第300話 大阪市東成区大今里南の黒醤油(麺大盛野菜男盛肉男盛ニンニク多め)

「さて、何か喰って帰るか」


 週末。台風が心配ではあるが、今のところ小康状態の天気が続いている。


 仕事を終えた私は、空腹を抱えたまま帰宅するのをよしとせず、寄り道をして帰ることにしたのだ。


「せっかくだから、久々のところへ行こう」


 という訳で、千日前線今里駅で下車し、南東側の出口から出て左に折れる。


 すぐに、目的の店は見えてくる。


「流石に開店直後は、列はないな」


 夜に通ると行列ができていることもしばしばだが、まだ早い時間なお陰で店内には空きがある。


 狭いながらも厨房を囲むカウンターと隙間にテーブルを幾つか並べた店内に足を踏み入れれば、


「空いているカウンター席にどうぞ」


 ということで、入ってすぐのカウンター席に着く。


「ここも味集中システム搭載か」


 ご時世とはいえ、カウンター席がパーティションで囲まれているとどうしてもそれを思い出してしまう。


 それはさておき、メニューだ。


「限定やらまぜそばも気になるが……やっぱり基本でいくか」


 という訳で、


「黒醤油の麺大盛、あと、肉男盛、野菜男盛、ニンニク多めで」


 と、注文を済ませる。麺は、大盛まで無料なのでそこで留めつつ、他のトッピング増量はすべて有料だが、それでも男盛にいかねばなんだか負けた気分なのだ。祭盛という更に上があるが、無理にそこまでいく必要はないだろう。


 そうして後は待つばかり。『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。今日から新しいイベント開始なので、情報を読んだりおでかけを仕込んだりしていると、結構時間を喰ってしまった。


 出撃しようかとストーリーを読んでいるところでタイムアップ。店員がやってきたので、出撃せずに終了する。


 そうしてやってきたのは。


「うむ、比較的大人しい、か」


 男盛といいながら、そこまで激しくはない。※個人の感想です。


 ドーム状に盛り上がった野菜はキャベツがメイン。もやしもあるが、キャベツが主役。艶やかな白と緑が美しい。その上を覆うように、薄切りの豚肉が大量に盛られている。


 麓に覗くスープは、褐色清湯で背脂がほどよく浮いている。


「いただきます」


 まずはキャベツを囓れば、シャキッとした歯応えと甘み。次にスープを啜れば、甘辛こってり。甘みが強めなのは関西風、といってよいかもしれない。豚は、それだけだと比較的あっさり目なので、スープに浸せばよい塩梅。


 そうしてほどよく上部を攻略したところで、麺を引っ張り出す。


「中太、か」


 見た目は山盛りのアレ系だが、味の組み立ては全く異なる。だからこそ、ゴワゴワ不揃いの太麺ではなく、中太のパスタのようなストレート麺。


「ああ、これはこれで、いい」


 ツルツルの麺肌にこってりを纏った麺を啜るのは、中々心地良い。


 あと。


「ん? ニンニクは、底に沈んでいる、のか」


 麺に絡んでニンニクがやってきた。多めにした割りに見えないと思ったら、そういうことらしい。


「これは、混ぜていこう」


 天地を返すようにして麺を引っ張り出せば、ついでにニンニクも混ざってくる。


「うんうん、やっぱり、ニンニクがあるといいねぇ」


 甘辛こってりにニンニクが合わないはずがないのだ。


 ズルズルと頂くが、そこで、味変を……


「あ、店員に言わないといけないのか」


 このご時世もあって、備え付けの調味料はなく、店員に持ってきて貰うシステムのようだ。


 タイミング良く隣席にやってきた店員に。


「ブラックペッパーと、一味と、酢をお願いします」


 と頼めば、すぐに持って来てくれた。


「おお、これは嬉しいな」


 ブラックペッパーは、ミルで挽くタイプだ。ゴリゴリと挽けば、それだけで胡椒の風味がして心地よい。


 胡椒を纏った麺と野菜と豚も、勿論、これまでとことなる様相を見せる。


 更に。


「一味も、いかないとな」


 バッサバッサと軽く表面を朱く染めて食せば、今度は唐辛子の風味。


 香辛料の効果で食欲は加速され、どんどん、箸が進んでいく。


「ええい、次は両方だ!」


 ゴリゴリ胡椒、バッサバッサ一味。


 赤と黒に染まる。捏造ではない確かな味わいが生まれる。


 だが、そこで気づく。


「ちょっと、薄まってきたな……」 


 天地を返して野菜を沈めたことで、水分が出てきたのだ。塩分が高い方へ、水分は流れる。自然の摂理だ。


 だが、勿論そこは織り込み済み。


「そろそろ、行くか」


 酢を回しかける。


 そうして、いただけば。


「ああ、サッパリする……」


 これまでのこってりとは異なる、酸味に彩られた旨味が口内に広がっていく。ほどよく薄まったところを、酢で補強。ときおり薫るニンニクもまたいい。


 再び食欲は加速され。


「もう、終わりか」


 背脂とニンニクが浮く、褐色のスープが残る。


 レンゲで追えば、麺と野菜の切れ端。


 どこまでも追い駆ける。


 サッパリしたスープは、最後までいけそうだが。


――汝、完飲すべからず。


 この一歩を踏みとどまる。


 最後に、お茶を呑む。ジャスミンティーの香りが〆に心地良い。


 一息吐いたところで。

 

「ごちそうさん」

 

 会計を済ませ、店を後にする。


「さて、せっかくだからスーパーに寄って明日の朝飯でも買って帰りますか」


 駅の西側のスーパーへと足を向ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る