第219話 神戸市中央区北長狭通のカレー油そば(ヤサイマシマシニンニクマシマシ魚粉マシ)

「三宮、か」


 学生時代の合唱団のOBOG会の会議が催される場所が、そこだった。


「時間は13:30から」


 昼時に家で食事をすると忙しない時間である。


 ならば。


「あの店に、行くか」


 かくして私は、12時には三宮の地に降り立っていた。いつも、それなりに並ぶので余裕を見たのである。


 が。


「お、列がない」


 と思って店内を覗けば、L時に厨房を囲むカウンターだけの小さな店内に1席だけ空きがあった。


 想定外だが、いい想定外だ。


 早速、食券機の前に立つ。


「徳島は前食べたところだし……」


 ということで、カレー油そばの食券を確保する。


 荷物を足下に置いて、狭いカウンター席に着き、食券を出す。


「ヤサイマシマシニンニクマシマシ魚粉マシで」


 詠唱をスムーズに済ませれば、後は待つばかり。『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。現在は五悪魔の応援イベント。勿論、リリーを応援中だ。だが、だからこそ既にAPがない。取りあえず、おでかけを仕込むだけに留める。


 そうして、学生アリスの短編集を読みながら待つことしばし。


 注文の品がやってきた。


「これは中々のジャンクぶり」


 山盛りのモヤシに、大きな薄切り豚が載せられ、頂上にはニンニクの山が出来ていて、そこに魚粉とカレーソースが掛かっている。


「いただきます」


 まずは、まぜ合わせる。レンゲと箸を使ってそこから麺を引っ張り出すようにすれば、褐色のカレースープが湧き上がる。野菜も豚もニンニクもないまぜにして、グチャグチャにしたところからが本番だ。


 手近な部分を掴んで口へ運べば。


「カレーだ……」


 当たり前だが、カレー味。だが、それがいい。ジャンク感がとても感じられる味だ。ジャンクは、言い返れば旨いとも言えるのだ。魚粉の風味でカレーうどん方向に寄った味わいも趣がある。


 腹の虫が一気にアップを終え、次を寄越せと騒ぎ出す。


 いいだろう。


 麺を野菜をごちゃ混ぜにして口に放り込む、モッシャモッシャと咀嚼して胃の腑に叩き込めば、腹の虫達の歓喜の声が響く。


 旨い。もう、理屈じゃない。


 油そばはまぜそばだ。まぜまぜまぜれば美味しくなるのだ。


 ガンガンくるこのカレー臭がたまらん。


 これなら、マシマシどころかそれ以上でももやしが喰えそうだ。


 ニンニクの刺激さえ包み込んだカレーの味わいは、食欲を加速させる。


 バキバキの硬く太い麺も野菜も豚も全てがモリモリと口に放り込まれて胃の腑に消えていく。


 余り頭が回らない。


 とにかく、喰いたい。


 喰いたい、のだ。


「え? もう、終わり?」


 気がつけば、丼の中にはカレーのタレが残るのみ。


 流石に飲み干すには濃い。


 名残を惜しむこともできない。


 切なさを、一杯のコップに水を注いで洗い流し。


 全てを付け台に戻し。


「ごちそうさん」


 店を後にした。


「思いの外時間があるな……イエローサブマリンにでも寄っていくか」


 進路をセンタープラザ西館を目指す。


 だが、このとき、私は未だ気づいていなかったのだ。


 数分後の散財に。

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