第148話 大阪市浪速区日本橋の肉醤油ラーメン焼飯セット

「なんだか今日は巡り合わせが悪いなぁ」


 仕事帰り。

 オタロードのメロンブックスで新刊を購入した後。


「腹が、減った……」


 騒ぎ立てる腹の虫に突き動かされて、オタロードを南下して、めぼしい店を目指したのだが。


「今日はランチのみ、だと……いや、まだ他にも……」


 オタロードの果てにある店も。


「ここも、ランチのみ、なの、か……」


 次に訪れたシビ辛系の店も、閉まっていたのだ。


 夕方とはいえ残照は暴力的な熱を未だ発している。


 暑い。


 これは、このまま彷徨うのはヤバイかも知れない。


 とりあえず、北上しよう。


 そうして、オタロードと堺筋の間の細道を北上していくと。


「おお、そういや、この店があったな」


 目に付いたのは、ドロドロ鶏白系の店だ。


 しかし、暑さでやられた身には、ドロドロ系は今一。


 と、思ったのだが。


「肉醤油! そういうのもあるのか!」


 鶏専門家と思いきや、豚バラの乗った麺が始まっていた。


 スープは清湯系。これなら、今の胃袋にも適しているかもしれない。


「どのみち、これ以上歩き回ると冗談抜きで命に関わるしな」


 暑さに立ち向かう具は犯さず、店頭の食券機へ。


「お、焼飯セットもあるのか……手頃な値段だし、行ってしまえ」


 そうして、十席にも満たないカウンターのみの店内へと。


 食券を出して適当な席につき、セルフの水を一杯一気に飲み干せば。


「生き返る……」


 冷房もしっかり効いている。水分と冷気で吹き出し続ける汗によって失われたものを補う。


 落ち着いたところで、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。


 とはいえ、目の前の厨房では中華鍋が心地良い音を立てていた。それほど時間はなさそうだ。


 今回のイベントはリリーが関わってはこないので、のんびりしたもの。おでかけを仕込むに留めるか。


 そうしていると、予想通りすぐに焼飯がやってくる。


「う~ん、シンプルでいい」


 平皿に、丸く盛られた焼飯。ネギチャーシュー玉子と具材もオーソドックス。


「いただきます」


 熱々の内に一口頂けば、


「塩気が嬉しいなぁ」


 少々味は濃いめ。パラパラというほどでもなくふんわりした米の感触も残った食感もいい。


 だが、やはり麺と喰いたい。


 厨房では忙しなく調理の音が響いている。すぐに来るだろう。


 チビチビとやっていれば、さほど待つことなく麺のお出ましだ。


「なるほど、肉醤油、だな」


 褐色のスープに細ストレート麺。なんというかオーソドックスな中華そばを、ベースに豚バラと紅葉おろし、刻みネギが乗って個性を示す。


「いただきます」


 紅葉おろしをスープに溶かし、麺を啜れば。


「ん? こういう味か……」


 想像していたよりもずっとあっさりとした、出汁の風味。鶏ガラ醤油+豚、か?


「あ、鍋の〆……」


 そうだ。これは、寄せ鍋の出汁に麺をぶち込んだような味わい。


 紅葉おろしが乗っている辺り、狙ってこの味なのだろう。


 予想とは違ったが、これはいい。


 暑い夏に鍋という倒錯はともかく。


 熱々過ぎて再び汗が滲むのもおいておいて。


「旨い」


 このシンプルな麺と合わせると、焼飯の方がずっと味が濃い。


 焼飯の合間に麺を喰らう。


 〆というかメインの豚も入った鍋物と焼飯のコラボレーション。


 なんだか、贅沢な気分になってくる。


 太め固めの麺率が高い身には、この細麺の食感も楽しい。


 こうしてみれば、狙った店が閉まっていたのは、この麺に出会うための眼鏡の女神様の導きだったのかもしれないとさえ思えてくる。


 流れる汗もそのままに、欲望の赴くままに味わう。


「さて、ここで少し刺激を加えるか」


 麺に定番の調味料。


 白胡椒。


 席に備え付けのそれを、丼の上でフリフリと……


「あ、ちとやりすぎたか」


 丼の表面三分の一ぐらいが白く染まっていた。


「スパイシー!」


 これはこれで、悪くない。


 先ほどまでの優しい味わいにパンチが加わり、楽しさが増す。


 焼飯をかっこんで、ズルズル麺を啜って。


 炭水化物×炭水化物の分身攻め受けのような幸福。


「ありゃ、終わり、か」


 大丈夫。あっさりながらボリュームはあった。


 腹の虫はすっかり大人しくなっている。


 米粒一粒残らぬ平皿と、スープが残る丼。


「いや、まだ、だな」


 塩分を失っているのだ。


 補充しないと。


 ここは、完飲すべきところだ。


 理論武装バッチリ。


 レンゲで未だ熱々のスープをフーフーしながら口へ運ぶ。


 優しい塩分補給。


 大丈夫。


 飲むそばから汗が出てくるから、常に失ったものを補充しているだけ。


 ならば。


「いっちゃうか」


 丼を持ち上げ。


 火傷に気をつけながら、スープを少しずつ喉へと流し込む。


 熱い。


 だが、それがいい。


 そうして、空の丼をカウンターに戻すと。


 心地良い汗が流れ落ちる。


 それはもう、ダラダラと。


 ポケットタオルで拭い。


 水を一杯といわず、三杯ほど飲み干し。


 人心地ついたところで。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


「……地球の温度設定狂ってるなぁ」


 途端に身体に触れる熱気に辟易としながら。


「帰るか」


 くちくなった腹を抱え、駅を目指してオタロードを北上する。

 



 

 

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