第149話 東京都千代田区神田神保町の小ラーメン(ヤサイチョイマシ)
また、夏がやってきた。
ついでに台風もやってきているようなのが厳しいところだが、その影響で東京は曇り空。とても過ごしやすい気温だった。
ホテルに荷物を預ければ、ちょうど昼時。
食事がてら、神保町を目指すことにする。
神保町といえば、本の街。
そんな生活が似合う黒縁眼鏡の素敵眼鏡さんと出会うことはなかったが、それでも、
「存在するだけで癒やされる……」
どっちを向いても本屋、どこまでいっても書店。
空気中に漂う本の成分が書を愛し狂うモノには何者にも代え難い心の癒やしとなるのである。
だが、心が癒やされても、
「腹は、減ってるんだよなぁ……」
というわけで、食事だ。
目星は付けてある。
古書センターの対面を九段下方面に向かって少しいったところで右折。
そこに黄色いテントのその店はあった。
「お、そんなに待たずに済みそうだな」
待ちは一人だけ。
その待ちもすぐにはけ、数分で順番が回ってきた。
食券機の前に立つ。
そこには、以前と異なり、ラーメンの文字が。
リニューアルにより、奇しくも本日メニューを改定したところなのだ。
「ラーメン復活ッッ」
「ラーメン復活ッッ」
「ラーメン復活ッッ」
なぜか無意味に連呼してしまった。烈しく意味不明だ。
さておき、ラーメンのサイズは大中小。400g、300g、200gとある。
ここは、
「小で充分だな」
この店で無理は禁物だ。
美味しく食べられる量を選ぶのがクレバーと言えよう。
そうして食券を出せば、トッピングの量を尋ねられる。
強い意志でマシマシといいそうになる己を押さえ、
「ヤサイは……チョイマシで後は普通に」
とオーダーを通す。ここのマシマシは危険だ。
注文を通せば、後は待つばかり。
ちょうど給水器の目の前の席になったのを最大限に活用して冷水で喉を潤しつつ、『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』を起動する。
現在のイベントは半神達との邂逅の物語であり、時期的に登場した水着リリーはガチャが始まって30分以内に確保したので、心にゆとりをもって、おでかけを仕込み、アクティブポイントボーナスステージに出ているうちに、注文の品がやってきた。
「お、思ったよりは大人しいか」
以前の印象では、チョイマシでもマシマシぐらいはあったが、これは……
「マシぐらいはある、か」
山はそこまで高くないが丼がでかい。
底面積が広い分、同じ高さでも体積が大きいのは道理。
その広い面積のお陰で、最初からスープの導線が開けており、食べやすそうだ。
「いただきます」
といいつつ、最初にしたのは席に備え付けの刻みニンニク投入の儀。
ニンニクはセルフなのである。
それから、箸とレンゲを手にゴロゴロとした豚の肉塊をスープに沈め、返す箸で麺をスープの中から引っ張り上げて啜る。
「おお、豚だ、醤油だ」
ストレートな味わい。地元のものは、関西人の好む旨み甘みを含むタイプが多いが、これは文字通りに豚と醤油。関東風味だ。
飾り気のない無骨な味。
久々に食う味に、腹の虫は歓声を上げる。
野菜が比較的少なめなので、天地を返すのも容易。
麺を引っ張り上げて適宜野菜を喰ったり沈めたりしているだけで、胃の腑はどんどん満たされていく。
理屈はいらない。
今日は涼しいが、これからの夏の暑さを乗り越えるためのエネルギー充填がなされていくのを感じる。
ただただ、食を楽しんでいるが、野菜の水分で少しずつワイルドさがメトロポリタンになってくる。
「なら、胡椒と唐辛子、いってしまおう」
ゴリゴリ回すタイプの胡椒を振り掛け、一味唐辛子を振り回し、黒と赤の模様をぐちゃぐちゃと混ぜて馴染ませる。
ついでに、もう一匙のニンニクも追加。
「うん、再び野生に返ったな」
胡椒と唐辛子の方向性の違う辛味に、ニンニクの刺激臭。
心の獣が呼び起こされる。
これでいいのだ。
小難しいことは考えず。
勢いに任せてガッツリ喰う。
それだけのことが、幸せなのだ。
かくして、丼の中はすっかり寂しくなり。
残ったスープをレンゲで一口、二口、沢山口啜り。
名残を断ち切るように、水を飲み。
「ごちそうさん」
一息に店を出る。
「チョイマシでも充分だったな」
すっかりパンパンになった腹を抱え、水道橋駅へ向かう。
目的地は、神聖なる眼鏡の碑がある上野だ。
旅の安全を祈願すべく、上野公園を目指すのだ。
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