第127話 神戸市中央区北長狭通のカレー油そば(ヤサイマシマシニンニクマシマシ)
「もう、桜も終わりか」
大阪から神戸へ向かう沿線には桜の名所が幾つかある。だが今、JR神戸線の車窓の風景からは、桜色はなりを顰め、葉の緑が支配的になっていた。四月は期の変わり目。それはそれで、花から葉へと新しい季節への橋渡しを象徴する風景とも言えて、悪くない。
そんなことを考えようと思えば考えられそうな風景は無視して『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』のイベントステージで投票権を獲得してはリリーに投票する作業をしていると、あっという間に目的地である三宮に到着していた。
今日は、昼から神戸元町で所用があるのだが、家で食事をするには半端な時間。であれば、その手前の三宮に早めに出て何かしら食すのが効率がいいだろう、という判断だ。
「でもまぁ、三宮だと、やっぱりあそこだな」
縁があって神戸方面には頻繁に出ることがあるが、タイミングが合わずに中々行けていない店がある。
まだ食べていないメニューもあるし、これは行くしかない。
JR三宮駅の一番元町側、阪急と連絡する西改札から出て山側、つまり北側に出て阪急電車の線路沿いに少し西へ。二十四時間営業の海産物豊富な居酒屋の角を北に折れたところに、目的の店はあった。
「うわ、並んでるなぁ……」
店の前には、十人弱の列があった。
とはいえ、早めに出たお陰で、まだ予定までは時間がある。
初志貫徹。
並ぼう。
かくして列に入り、再びゴ魔乙を起動して投票権を獲得してはリリーに投票する作業をしていると、思いのほか回転がよく、十五分足らずで列ははけ、店に入ることができた。
小さな厨房をL字型に囲むカウンター席だけの狭い店内に足を踏み入れ、入って右手にある食券機の前に。
魅力的なメニューが並んでいるのだが、
「さて、ここはもう、これしかないな」
迷わずカレー油そばの食券を購入して席へ着く。そう、今日はこれを食いに来たのだ。
早速食券を出せば、まずは麺の量の確認。中までは同料金。
普段のラーメンでは並か少し減らすぐらいなのだが、油そばとなれば話が違う。ラーメン大好きな女子高生の漫画によれば、ラーメンよりはヘルシーというではないか。
ならば。
「中で」
最大限の量を要求しても問題ないはずだ。
さて、ではいつもの……と思ったら、
「チーズ入れますか」
と普段とは異なる確認が次に来た。どうやら、このメニュー特有の確認のようだ。
「入れて下さい」
断る理由などない。入れてもらえるなら是非もない。
その後は、いつも通りの確認だったので、
「ヤサイマシマシニンニクマシマシで」
と返す。味加減が解らないのでカラメはなしだ。
さて、後は待つばかり。
ゴ魔乙で出撃してリリーに投票する作業はAP切れで打ち止めになり、元中二病の少年が中二病の少女と出会ってあれこれな劇場版も上映しているアニメの原作小説最終巻の続きを読む。
アニメとは全然異なる話というか、それを逆手に取ってアニメキャラを逆輸入したり中々フリーダムで楽しいのである。
もう少しで読み終わるというところで、注文の品がやってきた。
丼の上にはほぼもやしの山。
頂上には、大量のニンニク。
山の斜面に沿うように並ぶ、大きなチャーシュー。
「マシマシしちゃうと、ラーメンだか油そばだかよく解らんよな」
まぁ、そういう見た目だということだ。
とはいえ、確実に特徴を示すのは。
「カレー、だな」
しっかり薫るカレー臭は、野菜の山も隠し切れていない。
「頂きます」
箸とレンゲを取り、早速野菜の裾野から箸をツッコンで麺を引っ張り出す。
油そばは、別名『まぜそば』。
混ぜないことには始まらないのだ。
ニンニクが一箇所に固まらないように配分しつつ、野菜を底へ、麺を天へ。
その際、結構量のあるタレにからめるのも忘れない。
どんどん強くなるカレー臭に腹の虫が騒いで仕方ないが、まだだ。まだ早い。
これまで何度かまぜそばを食べて来たが、いつも最初は味が薄かったり、そうでなくても、最後の最後に底に残った麺と具材でタレをしっかり纏った場合の本当の味を知ったり、何かとやらかしてきた。
だから、これでもか、と混ぜてから喰うのだ。
「もう、いいだろう」
元より黄色い麺が、しっかりと茶を纏ったところで、一息。
野菜も豚も、しっかりタレを纏っている。
喰い時だ。
ドキドキしながら、いきなり麺を頂く。
「おお、これは、いいぞ」
スパイスとか本格的な味わい……とかそういうの抜きで、どちらかといえばカレーうどんなどに方向性が近い出汁の効いた甘辛味。濃厚に後をひくコクは、チーズの効果だろう。
端的に言えば、ジャンク・オブ・ジャンクなカレー味。
腹の虫を刺激して止まない、食欲を掻き立てる味だ。
「野菜も豚も、カレーだ」
とにかく、タレの味がしっかりしていて、大量の野菜の水分が出ても負けていないのが嬉しい。
腹の虫にせき立てられるまま、麺を、野菜を、豚を喰らう。
「中二して、もとい、中にして正解だったな」
太くて硬いカレー味の麺をガッツリ豪快に頂く幸せ。
心地良い疲れを感じながら、モリモリと麺を咀嚼して胃の腑へ叩き込んで腹の虫に与えていく。
食べても食べても減らない幸福の持続性は、中にしたからだろう。
だが、残念ながらこれは無尽蔵なダグダの大鍋ではない。
終わりはあるのだ。
「さっきまで、あんなに残っていると思ったのに……」
勢いが付いてどんどん加速していったから仕方ない。
丼の中身は、もう、タレが残るのみ。
この店に追い飯がないのが惜しまれる。
タレをレンゲで探り、底に残った野菜や豚の肉片や麺の切れ端をしつこくおいかけ。
それも終わりを告げたとき。
深呼吸を一つ。
水を一杯、ぐいと飲み干し。
食器を付け台に戻し。
テーブルを付近で拭きながら、幸せな時の終わりを受け入れ、
「ごちそうさん」
店を後にする。
「さて、まだ少し余裕があるな」
のんびりと進路を西、元町方面へと足を向ける。
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