第126話 大阪市浪速区日本橋のトマトラーメン(野菜マシマシニンニクマシマシ)

 四月一日は四月馬鹿エイプリルフールと呼ばれる他愛ない嘘で周囲をハッピーにさせる馬鹿騒ぎの日である。


 だが、毎月一日は映画の日に因んで映画が安く観れる日でもある。

 

 休日と映画の日が被ったなら、もう、観ないという選択肢はない。


 という訳で、映画を観るべく朝から難波へと出ていた。


 才能を開花させてバレリーナとして活躍するドミニカ。

 だが、舞台上の事故で足を壊され未来を閉ざされてしまう。

 このままでは、病気の母の治療を続けていくことはできない。

 そんな彼女に、ロシア情報局副長官の叔父イワンが言い渡した支援の条件とは……


 本日鑑賞したのは、バレリーナからロシアの女スパイ『スパロー』となることを余儀なくされた一人の女を描いた『レッド・スパロー』だ。スパイものらしい駆け引きと騙し合いの手に汗握る物語。


 上映時間が二時間半近い長丁場なのもあり色々と消耗したのか、見終わった時には、


「腹が、減った……」


 腹の虫が騒ぎ始めていた。


「まぁ、喰う場所には困らないから、ぶらっと歩いてみるか」


 劇場のあるなんばパークスを離れ、進路を東、オタロード方面へと向ける。


 メロンブックス付近に達したところで、角のまぜそばの店から豚骨系のガッツリした旨そうな匂いが漂ってきた。


 が。


「う~ん、まぜそばという気分では無いなぁ」


 空腹感マシマシになっただけで、今日のところはその店は外すことにする。


 ん? マシマシ?


 自然と浮かんだ単語。


 ふらふらと、少し先の角にあるマシマシができる店に足が向く。


「いや、流石にワンパターンだからなぁ」

 

 しかし、食券機に見慣れないものがあるのに気付く。


「トマト、だと……」


 習慣付いた衝動が知らない香りに吸い込まれるように、私の手はお金を入れ、トマトラーメンの食券を確保していた。


 勢いで買ってしまったが、丁度そこで客が出てきてすぐ入れるようだった。


 もう、後には退けない。


 ストレートのカウンターだけの狭い店内へ入り、奥の方の席に着く。


 店員に食券を出し、トッピングの量を確認されたところで、しばし躊躇する。


 勢いで来てしまったが、今の腹の虫はマシマシに耐えられるのか?


 まだまだマシマシ大丈夫。


 腹の虫が応答したので、もう止められそうにないな。


「ヤサイマシマシニンニクマシマシで」


 結局いつも通りにオーダーして、後は待つばかり。『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!~』をプレイして待つことにする。


 現在総選挙イベント開催中だが、今は五乙女のターン。リリーを直接応援できるステージが開放されるのはまだ先だ。


 だが、ステージクリアなどで手に入る投票権を使って応援することは可能だ。


 また、イベント合わせの各乙女の20連ガチャを回すことで 500 枚もの投票権を手に入れることができるが、やがてくるリリーのガチャに備えて意志を持って石を温存している。


 そうして、三回ほど出撃したところで、注文の品がやってきた。


「おお、トマト、だ」


 豚とにんにくが添えられた山盛りのモヤシの麓から僅かに覗くスープは真っ赤だ。


 モヤシの頂上にはネギが乗せられ、そちらにも赤いソースが掛かっている。疎らに掛かる緑の粉末はバジル、だろうか?


「頂きます」


 まずは何を置いてもスープだ。


 レンゲでひと掬い口に運べば。


「しっかりトマトだ」


 トマト風味とかいうのではなく、ペースト状のトマトがガッツリ感じられるスープ。そこにもやしを浸して食べれば、もやしに絡んだバジルの風味が加わってすっかりイタリアン。そのイタリアン的な味わいに、時々絡んでくる刻みネギの風味もまた面白い。


 とても新鮮な味わいだった。


 モリモリとモヤシが進み、スープへの太い導線が確保できたところでニンニクと豚を沈めて、麺を引っ張り出す。


「すげぇ旨いぞ、これ」


 しばらくトマトに浸かってしっかりと味を纏った麺は、いつもと全く異なる味わいで極太パスタを食べているように錯覚する。


 ガツンとくる豚骨風味はなく、どこまでトマトだ。


 更に、スープの中にあるトマトの塊らしきものを口に放り込むと、


「辛っ! って、これ、トマトの皮じゃなくて、唐辛子だったのか……」


 改めてよく見えるようになってきたスープを見る。


 乾燥した丸ごとの唐辛子がゴロゴロ入っている上に、スライスしたニンニク、後、鶏と思しきあっさりした挽肉まで入っていた。


 そのまま呑んでも十分旨い。単品として完成されたトマトスープだなぁ、これ。


「豚も、新たな一面を見せてくれるなぁ」


 沈めて置いた厚切りの豚も、トマトと仲良くなって今まで知らなかった味わいで楽しませてくれる。


 野菜麺豚野菜野菜野菜麺麺野菜豚麺麺野菜野菜……


 思うがままに箸とレンゲを動かして、食の喜びを堪能する。


「終わった、か」


 固形物はすっかり姿を消し、まったりしたトマトスープが残るのみだった。


 思ったよりもずっと軽く喰えたのは、初体験のトマト味にブーストされたからか……未だ口内には余韻が残っていた。


 一口、二口、レンゲで名残を惜しみ。


 水を一杯飲み。


 もう一口だけ、最後にトマトスープ。


 もう、いいだろう。


 水で口内をリセットして名残を断ち切り。


「ごちそうさん」


 店を後にする。


「さて、腹ごなしにぶらっとして帰るか」


 オタロードをあてどなく彷徨う。

 

 





 

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