第37話 東京都千代田区神田駿河台のヒーヒー麺
クリスマスが終わり、冬がやってきた。
ゆえに、私は上京していた。
ホテルに荷物を預けるや、ずっと食べ損ねているあるメニューを食すべく、御茶ノ水へと足を向けていた。
「結構並んでるな……」
ちょうど昼時に被ってしまっていたからか、店内と店外合わせて十人ほどの待ち。時間的に、昼休みのサラリーマン風の客もチラホラ見える。
「まぁ、待とう」
『ゴシックは魔法乙女~さっさと契約しなさい!』がイベントの谷間なのでレギュラーの新ステージである悪魔編を進めながら店の外で待つことしばし。
店内の列が空いたので喜び勇んで店の扉を潜り、券売機前に立ったのだが。
「カリカリ肉麺重、売り切れ……だと」
またも、喰えないのか。
夏からずっと渇望しているのに。
もしや、私はこのメニューを喰えないと運命付けられているのだろうか? 一度決まった運命は変更出来ない。実は、時間のループに巻き込まれて何度も何度も同じ時間をやり直しては売り切れに直面して嘆き続けてはいないだろうか?
新手のスタンド使いの攻撃を疑い始めた私の目に、食券機のとあるボタンが目に止まった。
「ん? 新メニュー、か」
以前訪れたときにはなかったメニューがあった。
「ヒーヒー麺……中々思わせぶりな名だな」
売り切れていたという運命はどうしようもない。
目的は果たせずとも、新たな味との出会いがあるのなら御の字だ。
かくして、ヒーヒー麺の食券を購入し、店内の列が捌けるのをゴ魔乙をプレイしながら待つ。
少し列が進んだところで、先に食券の回収となった。
新メニューで勝手が解らなかったのだが、店員に確認したところ、ヤサイとアブラと麺の量を選べるらしい。
「なら、麺は200g、ヤサイチョイマシ、後はノーマルで」
欲は出さない。ほどほどが大事なのだ。
というか、この店でマシマシは大事になるのは、見てよく知っている。
そこから、再びゴ魔乙のプレイへと戻る。
悪魔編はドラマパートでミュゼットが登場している点で中々ポイントが高いのだが、水属性はオールリリー編成なのが後ろめたかったりもする。ドラマパートの内容だと使い魔限定かと思ったのだが、そうではなかったので、ついつい、そうなってしまったのだ。
とはいえ、まずはクリアだ。使い慣れたリリーでサクサクとクリアしていると、遂に席に案内された。
先に食券が回収されていただけあって、そこからはさほど待たされることなく、注文の物がやってきた。
「これが、ヒーヒー麺、か」
ヤサイチョイマシは現実的な量だった。普通のマシぐらいの山になっている。
その上から、マシライスのルーと思われる肉そぼろと、ニラキムチ、そして、刻み玉葱が掛かっている。
更に、全体に赤い粉がまぶされているが、恐らく唐辛子だろう。
スープも、赤い。
「なるほど、辛くてヒーヒーさせるのカラムーチョ」
語尾がおかしくなってしまったが、そういうことなのだろう。
なら、望むところ。辛いものは、得意だ。
「どうせなら、しっかり混ぜて頂こう」
掛かっている唐辛子を馴染ませるように、必然的に天地を返す形でスープに混ぜ合わせる。
「では頂こう」
早速、麺から口に運んでみるのだが。
「おお、いいバランスの旨辛だ」
この手のものは、得てして辛味に走って旨みが解らなくなったりすることも多々あるが、これは違う。
端的には『辛味噌ラーメン』といった風味ながら、味がしっかりついたそぼろが乗っているからだろう、強烈な豚の旨みが中心となって、辛味もそれを引き立てるのに一役買っているような位置づけだ。
決して、そんなに辛くはヒー。
「そ、そうか、混ざり具合が、足りなかったか……」
恐らく、麺に唐辛子が纏わり付いていたのだろう。全体としては、大丈夫だが、流石にダイレクトはヒーヒー言わされる。店の思う壺だ。
「気を取り直して」
改めて混ぜ合わせてから、スープを啜ってみる。
「うん、やっぱり旨みが勝った辛味だ」
勿論、辛くないわけではないが、それでも『激辛』というような類でもない。どこまでも、『旨辛』の範疇なのだ。これはとてもいい味。
「薬味も、いい塩梅だ」
次の一口には、刻み玉葱の風味が合わさってきた。その次には、ニラ。
匂いの強い野菜の風味が、旨辛の中でいいアクセントになっている。
「では、野菜を食すか……」
天地を返して沈んでしまったもやしをごっそりと口に運んだのだが。
「おおう、最高だ、これ」
このスープ、特にもやしに合う。すげぇ。麺よりこっちのが旨いと感じられるぐらいだ。味の下克上。旨さはもやしにあり。
「そうか、これなら麺を豆腐もあり、というか豆腐にも絶対合うぞ、これ」
辛さでネタに走るのでなく、旨辛を追求された素晴らしい味だ。
そうか、この味と出会うために、カリカリ肉麺重は犠牲になったのだ。
ならば、こんな運命も悪くない。運命が回り出して出たトコ勝負で始まってる。受け取った
っと、思わず、思考がおかしな方向にぶれてしまった。
だが、まだだ。
まだ、このスープは本気を出していない。
「きっと、これが加わって完全体になるのだろう」
卓上に置かれている瓶の中身を見る。
そこに入っているのは、もちろんマシでもよく取り扱われるアレだ。
「マシマシなら、スプーン二杯ぐらいか?」
瓶の蓋を開け、備え付けのスプーン二杯のそれ、刻みニンニクをスープへ投入する。
「さぁ、馴染むがよい!」
行儀が悪いのは重々承知で箸でグルグルとかき回す。世界中の大好きを集めてもマシマシに届けたい思いに足りないぐらいの勢い。
「ふふ、これは、きっとやばいぞ」
思いながら、麺と野菜を適当に箸でつまみ上げ、口に運ぶ。
「おっふ」
どこかのクラスのマドンナを見てしまったようなおかしな反応をしてしまった。
だが、何というか、これは、期待通りというか期待以上の味過ぎた。グレートだ。
「そりゃ、唐辛子にニンニクが合わない訳がないわな」
それに尽きる。
パズルのピースがはまるように、旨辛が更なる高みへと昇華されている。磁石が自然と引き合うように、私ずるずる麺を啜っている。
「なんてものを出してくれたんだ……」
ポタ、ポタと目元から雫が垂れる。
電波が届いた訳ではない。相原瑞穂がアミバのトップを防ぐ力を秘めているということでもない。
単純に。
「汗が、汗が止まらない」
気がつけば、滲むというレベルではなく、筋トレでもした後のように顔中を汗が流れていた。
どうやら、カプサイシンが相当に代謝を上げてくれていたようだ。
ハンドタオルで汗をふきふき、麺、野菜、肉、薬味が渾然一体となった旨辛の享楽に耽る。
「終わり、か」
麺を200gに抑えたのもあり、思ったよりその時は早かった。
だが、目当てにありつけなかった故に巡り会ったこの食の体験は、素晴らしいものだった。上京してきて最初に食うメニューに相応しいものだった。
「ごちそうさん」
感謝を込めて述べ、店を出る。
「いい汗、かいたな」
そう、心から思える食の体験だった。
「さぁ、旅の安全祈願だ」
更なる汗を流すべく、上野恩賜公園のめがね之碑を目指し、私は歩みを踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます